悪魔は私の晩飯をすする

何かを見るということは、頭の中にそのものを読み込むということである。それを認識した情報が、記憶として脳の中に生成される。そのもののイデアのようなものがシナプスの発火による神経トンネルの形成によって脳のタンパク質に物理的に書き込まれる。何かを見ると、そのもの自身の物理的な姿の他にもう一つ、記憶回路としてシナプスに刻まれた構造という物理的な姿を脳に生み出すということだ。りんごをみればりんごを認識した記憶の構造が、女優をみれば女優を認識した記憶の構造が。悪魔をみれば悪魔を認識した記憶の構造が頭の中に掘られる。また認識の違いとはその構造の形の違いのことだと思う。

この世界の大半のことは頭の中に物理的に書き込まれてしまうということは恐ろしいことだ。決して関わりたくないものであっても一度見てしまうと自分の体内の脳に取り込んでしまう。悪魔も幽霊も恐怖も脳の中の神経の一つの形として構成され、シワの奥に棲みつき、私と共に居続ける。さっき食べた晩御飯の養分をすすって生き残り続ける。

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