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【JICA Volunteer’s Next Stage】「あるものを生かす」ケニアの教えを胸に営農―地域の味と食文化を守る

☆本コーナーでは日本で活躍するJICA海外協力隊経験者のその後の進路や現在の仕事について紹介します

加藤 マリさん
●出身地 : 秋田県仙北市
●隊 次 : 2010年度1次隊
●任 国 : ケニア
●職 種 : エイズ対策
●現在の職業 :農家、三吉農園 園主


安くて手軽な道端の野草で栄養指導
 「あるものを生かす農業」。秋田県仙北市で就農した加藤マリさんのテーマだ。「人・文化・もの、ここにあるものを最大限生かしたい」と加藤さんは熱く語る。例えば、多くの農家が当たり前に行う除草だが、加藤さんは雑草さえも生かそうと、粉砕して土壌の肥料として利用している。加藤さんが、このような農業を始めようと思ったのは、13年前に参加した国際協力機構(JICA)のJICA海外協力隊の経験がきっかけだ。
 協力隊ではエイズ対策という医療分野の職種で、ケニアのシアヤ県に赴任した。エイズ予防を伝えるための視覚教材づくりの他、HIV感染は免疫低下する病気であり、地域全体においても栄養のとれた食生活が重要な課題だったため、学校を中心に栄養指導や性教育などの活動を行っていた。ある時、村人から「金がない自分たちでもできることを教えてくれ」と言われた。そこで、加藤さんは、誰もが簡単に手に入れられるもので、栄養改善の指導ができないか考えた。「“安くて手軽”なものを考えていたら野草に目が留まった」と加藤さん。周囲の人に聞くと、今の若者はあまり食べなくなったが、昔は野草を摘んで食事に取り入れていたこと、中には健康にいいものもあることが分かった。それからは歩いて野草を探し、見つけたものを近所の農家やおじいさん、おばあさんなどの詳しい人に聞きながら、どんな栄養があるのか、調理方法などをノートにまとめていった。グァバやワラビ、豆類の葉などさまざまな野草を発見したという。野草をミキサーにかけて、普段からよく食べられているマンダジという菓子の中に混ぜるなどアイデアを紹介した。加藤さんは「日本の知識を基にアドバイスをしても現地には根付かなかったが、現地にあるものを使うことで持続性が高まると実感した」と話す。
 野草の研究を通して農家の知り合いが増え、食・農業に興味を持った加藤さんは自らも野菜を育て始めた。「ある農家さんが『もし自分が死んでも、このバナナがあれば家族は10年くらい生きていける』と話していて農業にはロマンが詰まっていると感じた。さらに、植物のたくましさに勇気をもらえた」と農業の魅力を語る。その思いは強く、帰国後も生に直結する農業をしようと決意した。


協力隊では現地住民に手作りの教材を用いてエイズの予防方法などを伝えた=写真は全て加藤さん提供


法改正の危機を救うシェア加工場
 協力隊から帰国後、農業の基礎を学ぶため、農業を通した地域おこしを行っていた淡路島町で修業を積む。農業ビジネスや商品開発、パッケージデザインなど基礎知識を身につけた。その後、地元の秋田県に戻り、「三吉農園」を立ち上げ、本格的に農業を始める。秋田を生かす農業を考えたときに着目したのが、特産品である大根を燻して漬けた漬物の“いぶりがっこ”だ。「場所を生かし、大根を生かし、人を生かすことが、これまでお世話になった人たちへの恩返しにもなれば良いという思いがあった」。
 加藤さんは、自ら大根を育てていぶりがっこを作るだけでなく、いぶりがっこなどを作る加工場を近所の農家も共同で使えるように整備している。その背景には、食品衛生法の改正があった。これまで各家で行うことができた味付けの段階から、営業許可を持つ加工場で行なうことが義務となった。「法改正によって、長年、伝統を守ってきたおばあちゃんたちが引退してしまうのはもったいない。自分の加工場を使って漬物をつけてもらうことを提案した。いぶりがっこは漬ける人、タイミングによって味が全く異なる。その違いを楽しむ面白さも守りたかった」と語る。現在は数名の農家と加工場をシェアしている。より加工品の販売を増やしていくため、現在新たな加工場を建設中だ。
 三吉農園のもう一つの特徴は家族の連携だ。「元々料理人だった父が加工品の調理を、話し上手な母と姉が販売を、営業職経験のある弟が、県外の百貨店やマルシェで売り出すマーケティングを担当している。自分はみんなをまとめたり、大根を育てたり、商品を作ったりしている」と家族それぞれの得意分野を生かして製造・販売を行っているという。姉の文乃さんは「(加藤さんは)周りの人を巻き込むのが上手。自分も成り行きで始めたが、今は楽しくやっている。(加藤さんが)突拍子もないことを言い心配するが、それもあり周りの人が助けてくれている」と話す。
 笑顔を絶やさずに生き生きと語る加藤さんの様子から、周囲の人がとりこになってしまう理由が分かった気がした。自分の性格をも生かし、仲間・応援してくれる人をどんどん増やしていく加藤さんにすっかり魅了されてしまった。

(編集部・吉田 実祝)

いぶりがっこを作るために大根をつるし、燻し作業を行う
大根を収穫する加藤さん。毎年秋ごろに収穫時期を迎える

本記事掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2023年9月号に掲載されています。
(電子版はこちらから)


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