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チャラくて真面目で、とっても不器用

「大学時代はダンスをしていました」と言うと、「社交ダンス?」と聞かれる。「いえ、ストリートダンスです」と言うと、「えっ、意外! 真面目そうなのに」と言われる。私はそんな人。
 ちなみに、社交ダンスを踊れるような優雅な人に見えるわけではない。しかしながら、ストリートダンスを踊るような派手な人にはもっと見えないから、消去法で社交ダンスが選ばれる。

 ストリートダンスには、チャラい、派手というイメージが付いてくる。「ストリート」と名の付くものだから、そういうイメージは強いし、間違ってもいないとも思う。
 もちろん、ダンスを通して知り合った人の中には、寡黙な人から気さくな人までいろいろな人がいた。でも、どうしても派手派手な人やチャラチャラした人の方が印象が強い。これはきっと、人見知りの防衛本能が働いたせいなので仕方ない。

 私が通っていたのは、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気の大学だった。真面目な大学のダンスサークル。抜けきらない真面目さと憧れの派手さが混ざり合う、混沌とした場所。この場所でともに大学生活を過ごした友人は、そんなごちゃ混ぜの不器用さを象徴するような人だ。

 大学の入学式の翌日。授業が終わると、私は雨の中、傘をさしながら体育館へと向かった。今日はダンスサークルの体験会が開かれるらしい。
 講義室から体育館へ向かう道には人の数も少なくて、やっぱり昨日は異常だったのだなと思う。雨が降っているせいもあるのかもしれない。昨日は入学式の後、スーツ姿で学内をうろうろしていると、至る所でサークル勧誘の声をかけられた。「連絡先教えて」とLINEを交換させられたり、たくさんの先輩たちと一緒に写真を撮られたり。これは法律で裁けないものかと、わいわいしている大学生に腹が立った。
 そんな中、「もし良かったら」とチラシを渡された。受け取ってしまったからには、また長々と話を聞かなければならないのかと身構えたが、それ以上の勧誘はなかった。チラシを見ると、ダンスサークルと書かれている。あっさりしている感じが好印象で、こんな人たちのサークルなら楽しそうと興味が湧いた。もともと軽音かダンスのサークルに入りたいと思っていたから、ちょうど良いし。ちなみに、軽音サークルは勧誘がしつこいから行かなかった。

 体育館に到着して扉の前に立つと、中から軽快な音楽と話し声が聞こえてくる。よし、場所は間違ってなさそうだ。そっと扉を開けると、先輩たちが体験会の準備をしていた。
「体験会に来ました。よろしくお願いします」
「おっ、早いね。どうぞ、入って入って」
 体育館の時計を見ると、体験会開始の時間より30分も早かった。やる気を見せようと早く来たが、それが一般的には迷惑になる行為だと、この時の私は分かっていなかった。若気の至りだと許してもらいたい。
 というわけで、今日の体験会の参加者で1番乗り。先輩たちは「ちょっと待っててね」とパイプ椅子を用意してくれた。優しい人たちでよかったと、ほっとする。のも束の間、早々に準備を終えた先輩が1人、同じく椅子に座って話し相手になってくれた。もちろん、これは他の1年生が来るまで退屈させないようにという、ありがたい配慮なのだが、人見知りにとってはとても緊張する時間だ。
 そもそも先輩しかいない場所で1年生1人というのは、完全にアウェーだ。じゃあなんでアウェーになったかと言えば、かっこつけて早く来すぎたせい。自分が悪い。なので、上手いかは別として、先輩からの質問に丁寧に答えていく。
「名前は?」「学部は?」「好きな食べ物は?」「どんな音楽聴くの?」「ダンス好き?」

 あれ、このまま一人とかないよね?

 10分ほどすると、新しく1年生が1人、体育館に入ってきた。
「こんにちはー! 体験に来ましたー!」
 ムダに明るく元気で、いかにもコミュ力(コミュニケーション能力)の高そうな人だ。たぶん苦手なタイプ。でもこれで、先輩からの質問攻めは一旦終了。しばらくは黙って2人の会話を聞いていればいいと、安心した。私と話していた先輩が、「こっちこっち」と呼ぶ。その人は私と目が合うと、「よっ!」と言って椅子に座った。私は「どうも」と返事をしたが、初めましてで「よっ!」はないだろ、と心の中でツッコんだ。
 その様子を見た先輩が、「2人は友達?」と聞いてきた。まあ、そうなるよね。いいえ、こんな人知りません、という意味を込めて私が首を横に振ったと同時に、「はいっ!」と返事が聞こえた。・・・・・・えーっと、どういうこと? 先輩を含む3人の頭上にはてなが浮かび、気まずい空気が流れる。やばい、誰だこの人? 人違いかな? いや、こんなにハッキリ言うんだから、友達なのだろう。確かに人の顔を覚えるのは苦手だが、友達の顔を忘れるのは流石に言い訳できない。高校時代の友達ではないし、中学校か小学校が一緒だったのかもしれない。急いで思い出そうと、脳内で相手の顔を画像検索にかけている時だった、
「昨日会ったの覚えてない?」
 その人は、むすっとした顔で言った。まずい、覚えていないのがバレて怒らせてしまっただろうか? 早く思い出さないと、うん? 昨日?
「昨日?」
 思ったことがそのまま口から出た。
「通学証明書をもらった時」
 通学証明書って・・・・・・あ、
「もしかして、事務室の前で会いました?」
「そうそうそう!」
 その人は満足そうに笑顔になった。
 さて、ここからはしっかりと言い訳をさせてほしい。入学式の後、私は通学定期を買うための通学証明書をもらいに、大学の事務室に向かった。無事に手続きを済ませて証明書をもらって事務室から出たら、そこで声をかけられた。ビクッとして声の方を向くと、髪をバキバキに固めた、スーツ姿の人が立っていた。一瞬、絡まれたのかと思った。「それってここでもらえました?」と私の手にある通学証明書を指さして尋ねられたので、「もらえましたよ」と答えた。以上、会話終了。
 どうやら、この人は「ここでもらえました?」の人らしい。いや、確かに会ってはいますし、話してもいますよ。でもそんなの覚えていないし、覚えていたとしても友達ではないだろ。人類みんなと友達になれると思っているのか。やっぱり苦手なタイプだ。
 状況を理解した上で、改めて目の前の人を警戒する。見た目からチャラさが滲み出ている。外は雨だというのにキャップ被っているし、耳にはピアスが付いている。ラッパーか、お前は。初めましてでもブラザーになるのか。
 後々友人となるこの人の第一印象は、しっかりチャラかった。だから私は、その友人のことを、心の中で「チャラい友人」と呼ぶことにした。

(その後の自己紹介で分かったことだけれど、私とチャラい友人は同じ学科だった。だから事務室の前でも、入学式で見かけた人だと思って声をかけたそう。入学式は人見知りが発動していて、周りの人の顔とか全然見ていませんでした、ごめんなさい。でも、それでいきなり友達判定になります???)

 チャラい友人は、普段からチャラい。授業の前は同じ学科の人たちと楽しそうに話している。隅っこの席に座って、先生が来るのをぼーっと待つ自分とはえらい違い。それでも、なぜか彼は私にも話しかけてくる。一人でつまらなさそうにしているのを気遣ってくれているのかもしれない。私と話しても楽しくないし、気を遣わなくていいよ。きみが話したい人は他にいるでしょ。

 入学して1ヵ月ほどたった日のこと。その日は午前中の授業が終わる少し前からそわそわしていた。去年から行われていた、大学図書館の改装が終わったとのこと。図書館が好きというわけではないが、大学の図書館には少し憧れがあった。オシャレでかっこいいイメージがある。
 授業が終わると、すぐに筆記用具や教科書などを鞄に入れて、図書館へ向かう。すると、チャラい友人が後ろから付いて来た。いつもなら、授業後も他の人と楽しそうに話しているのに。
「どこ行くの?」
「図書館」
「調べ物でもするの?」
「いや、新しくなったみたいだから、どんなのだろうと思って」
「なるほどねぇ。付いて行こっかな」
「図書館に興味あるの?」
「ううん、暇だから」
「そっか」
 別に自分とつるまなくても、他にもいるでしょ。漫画やアニメなら、今思ったことを正直に言ってしまえるのかもしれない。でも、それは相手を拒絶する言葉だと分かっているから、心の中にしまっておく。ただ知り合いと一緒に図書館に行くだけのこと。断る理由もなかったから、2人で図書館に向かった。

 入った瞬間から、図書館は想像とは大きく異なっていた。もっとハリーポッターみたいな雰囲気を想像していたのに、かなり現代的な内装だ。それに本ももっと小説とか漫画とか、面白そうなものがたくさんあると思っていた。実際は、ザ・大学の図書館といった感じ。研究や論文で使う専門書ばかり。入学したての大学生が読むようなものはほとんどなかった。
 何か面白いものはないかと、館内をぐるっと一周する。友人も私の後ろを付いて歩く。きっとつまらないと思っているのだろうなぁ。うん、このチャラさだ、絶対思っている。でももしかしたら、意外とこういう専門書に興味があるかも。振り返って、表情を確認する。無心で本のタイトルを目で追っているだけの顔。ダメだ、絶対に興味ない。いつものチャラさも3割減といった様子。ちょっと申し訳ないことをしているなぁ。いやいや、別に相手が勝手に付いて来たわけで、楽しませる必要なんてないはずなんだ。
 それでも彼は、途中で「飽きた」とか「帰りたい」とか言わずに、図書館を見て回るのに付き合ってくれた。一周して図書館の出入り口まで戻ってきた。
「難しそうな本ばっかりだったな」
「つまらない本」ではなく「難しそうな本」と言ったのは、連れてきた私への彼なりの配慮だったのかもしれない。いや、きみが勝手に付いて来ただけだからね。
「この後はどうするの?」
 彼が聞いてきた。
「どうしよっかな。図書館で時間を潰す予定だったから、何も考えてない」
「それなら、体育館前に行かない?」
「体育館前? 何しに?」
「ダンスの練習」
「あー、なるほどね」

 サークルの本来の練習時間は、週2回、火曜日と金曜日。大学の授業が全て終わった時間から始まる。けれど、授業のない時間に体育館前のスペースで自主練をする人も多かった。しかし、空き時間の自主練は先輩たちが多く、まだ入部したばかりの1年生からすると少し行きにくかった。今思えば、できないからこそ行くべきなんだけれど。
「昼間の自主練って行きにくくない?」
「先輩たちもおいでって言ってたし」
「まあ、そうだけど」
 そうだった、この人はチャラチャラのいけいけどんどんなんだ。先輩たちとのコミュニケーションもお手のもの。でも、ここで断っても行くところもないし。一応、図書館に付き合ってもらったわけだし。
「よしわかった、行こう」

 体育館前に行くと、数人の先輩がイヤホンをしながらダンスの練習をしていた。2人で近づいていくと、先輩が気づいてくれたので、「おはようございます」と挨拶をする。緊張で「こんにちは」を言い間違えたわけではなく、なぜかどの時間でも「おはようございます」と言う。証拠として、先輩からも「おはよう」と返ってくる。
 それから先輩たちの邪魔にならないように空いたスペースを見つけ、荷物を置いたら自分たちもダンスの練習を始める。イヤホンから流れる音楽を聴きながら周りを見渡す。みんな自分の練習に真剣な様子。もちろん、チャラい友人ももう自分だけの世界に入っている。もっと先輩たちが集まってきてあれこれ教わるのかと思ったが、良い意味で放っておいてくれる。だから、練習でできなかったことを復習したり、音楽に合わせて思うままに踊ったりできた。
 ダンスは週2回の練習で十分だと思っていたが、空き時間の練習というのも悪くない。これからも何も予定がなければ、たまには自主練に来ても良いかもしれないな。

 くらいの感覚だった、最初は。チャラい友人は、私よりも空き時間の自主練にハマったらしい。それからというもの、彼は空き時間の度に体育館前に向かった。おそらく、サークルの誰よりもそこにいた。さっきまで同じ授業を受けていたと思ったら、もう自主練をしている。ははーん、さては瞬間移動を身に付けたなと、初めは彼が練習する姿を見てはおかしなことを考えていた。しかし、そんな空想も申し訳ないと思うほど、彼は熱心に練習した。真面目だなぁ。当然、ダンスのスキルも上がっていく。前は同じところでつまずいていたのに。ちょっとジェラシー。
 私もダンスは好きだが、そこまで必死に努力できない。だって、自分には他にやることが・・・・・・ないか。 課題に追われているわけでも、一緒に過ごす相手がいるわけでもないでしょ? でもでも、私は優雅な大学生活を送りたいんだ。 じゃあ、優雅な大学生活って具体的には? うーん、分からん。 負けたくないんでしょ? ・・・・・・うん。
 自問自答の末、いつしか私も、時間ができれば自主練に向かうようになった。練習しているうちに、いつも体育館前にいる2人だと、大学内でちょっと有名になった。よく一緒に練習しているから、仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。見た目は相変わらずチャラいけど、いいやつだな。真面目な姿を知って、友人のチャラさが嫌なものではなくなっていた。

 仲良くなるにつれて、ダンスの練習以外でも一緒に過ごすことが多くなった。同じ学科だから、授業も並んで受けることが多くなる。隣で授業を受けて、隣でダンスの練習をする。
 入学してすぐの頃は、彼はいろいろな人との交友関係を広げていた。けれど気づいたら、いつも隣には私がいるようになった。私はもちろん友達が多いタイプではないから、一緒にいてくれるのはうれしい。でも、それでいいのだろうか。何だか悪いなぁ。もしかしたら、放っておいたらいつも一人でいる私を、気遣ってくれているのかもしれない。むむっ、それは心外だ。きみが別の人と仲良くしていたって、私にも他に仲の良い人が・・・・・・、まぁいないけど。人間関係が不器用なもので。でも、サークルに行けば、チャラい友人を含め楽しく話せる友人がいる。だから、安心してもっとわいわいできる人と関わって欲しい。何となく、ドラえもんに安心して未来に帰ってもらいたい、のび太くんの気持ちと重なる部分があった。でも、その申し訳なさを言葉で伝えらず、ずるずると引き延ばしてしまった。ちょっと卑怯だった。

 梅雨も終わり、そろそろ夏本番となってきた日のこと。私はいつものようにチャラい友人の隣に座り、同じ授業を受けた。そして、授業が終わって、2人で話しながら次の講義室へと向かっていた。次も同じ授業を受ける予定。すると、前からサークルの先輩が歩いてきた。
「おはようございます。お疲れ様です」
 どの場所でも、先輩に会ったら「おはようございます」と挨拶する。
「お疲れさまー。2人とも一緒に授業受けてたん?」
 え、何の確認? 質問の意図が分からなかった。サークルのルール違反とかあったっけ?
「あっ、はい。そうです」
「いっつも一緒やし、ほんとに仲良いなぁ」
 仲良い? 仲良いかぁ。そっか仲良いんだな、私たち。その瞬間、得体の知れないものが血液に乗って、体中を流れるのを感じた。次第に体が熱くなっていく。まずい、頭が回らない、何て返せばいいのか分からない。あ、それはいつものことか。仕方ない、ここは隣のコミュ力お化けが上手く返してくれるだろう。頼んだ。
「そう、ですか」
 お前もその感じかい。いつものコミュ力はどこにいった。こんな様子で、2人して先輩の一言に動揺していると、
「それじゃあ、また練習で」
 と、先輩は行ってしまった。その後、ほんの少しの間、その場で固まった。友人の方を見たわけではないが、きっと同じように固まっていたと思う。
 同じ学科で、同じサークル。だから、いつも一緒にいると認識されるのも当然のことだ。それに、仲が良いのも事実で、別に悪いことではない。はずなのに、それを言葉にされると、急に何も言えなくなってしまう。「そうなんです! 自分たち仲良いんです!」と返せたらよかったのだけれど。「仲良いなぁ」と言われて、「そんなことないわ!」と否定したくなる。思春期のようなこじらせを、まだ2人とも持っているみたいだ。お互いに相手に何と話しかけていいか分からない、そんな微妙な空気が漂っていた。

 2人してとぼとぼ歩いて行く。さて困った。次も一緒の授業なんですが、どうするよこの空気。さっきの先輩の言葉、きみも気にしてるよね? 次は隣に座らない方がいい? 隣は仲良すぎるか。いやでも、変に気にしていると思われるのも恥ずかしいし。うーん。
 ごちゃごちゃ考えても答えは出ず、講義室に到着した。そして、私にとっては幸運なことに、彼にとっては不幸なことに、講義室には私が先に入った。何となく位置的に。私が先に入るということは、私が先に席に座るわけで。つまり、隣に座るか、離れて座るかは、チャラい友人に任されたということ。よしっ! と心の中でガッツポーズをする。人は危機的状況で本性が出るというが、私の本性はしっかり悪かった。
 講義室全体を見渡して、空いている席に座る。大丈夫、きみがどちらを選んでも、私はそれを受け入れるよ。心の広さで性格の悪さをカバーする。できてる?
 すると、友人は私の席のすぐ近くに狙いを定めて、座る体勢に入る。おっ、隣にするのね。そうだ、そうだ、いつも通りでいいんだ。先輩の言葉なんていちいち気にするな。心の中で彼を応援する。他人事となると態度が大きくなるのは、やっぱり性格が悪い。
 と、思ったのだけれど、彼は私のすぐ隣ではなく、席を1つ空けて座った。あっ、なるほどね。いつもより仲良くなく、それでいて離れていない場所。

 この人も、とっても不器用なんだ。

 仲が良いと言われて、恥ずかしいから離れたい。けれど、離れたら相手を傷つけてしまうかもしれない。だから、1つ席を空けて座った。うん、見事なまでに不器用だ。この空いた1席に彼の不器用さが詰まっているように思えた。
 軽く相手の領域に飛び込もうとするチャラいところがあって。1つのことに真摯に向き合える真面目なところがあって。でも、そういうの全部含めて、ごちゃ混ぜな彼の本質は、とても人間らしい不器用さなんだと思った。だから、この人とはこれからもずっと友達でいられる。そんな気がした。

 もうあれから何年も経つ。今もチャラい友人と友達でいられるのは、お互いが相手の不器用さを理解しているからだと思う。


#創作大賞2024
#エッセイ部門


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