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絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜押し潰されそうな空の下で〜 #2

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「ゼグさまのダイスのめは2ですわね。1、2……えーと『おとしあなにはまってくびのほねをおる。いっかいやすみ』ですわー」
「首の骨折れたのに一回休みだけで済むのかよ!?」
 ゼグがシアラにもっともなツッコミを入れるのをアーカロトは微苦笑しながら眺めていた。ちなみに今アーカロトは『車爆弾が爆発し』一回休み中だ。
 何をやっているかというと、すごろくである。シアラが説明したこの遊びを、子供たちはやってみたいとはしゃいだが、当然現物などあるわけがないので皆で自作したのだ。そうして出来上がったすごろくは酷い出来だった。『最初に戻る』や『一回休み』がやたら多いのだ。その上書いてある内容がどれも物騒である。『機動牢獄に撃たれる』『メタルセルユニット崩落事故発生』『クソオトナに見つかる』『ナノマシンパンデミック』etc。情操教育の必要性というものを、アーカロトは真剣に検討し始めている。
「ていうかこれで全員『一回休み』になっちまったじゃねえか! どんなクソゲーだよ!」
「わたくしにいわれましても……」
「ゼグ、シアラを困らせるな」
「ゼグにいちゃんがシアラちゃんなかしたー」
「なかしたー」
「この流れで悪いの俺!?」
「な、ないてないですわー!」
 きゃっきゃと戯れる子供たち。仕事が無い期間、束の間だがこうやって安穏と過ごす余裕もあった。〈組合〉の酒場で〈法務院〉が繰り出した機動牢獄や恐るべき〈原罪兵〉ジアドに襲撃を受けてから、シアラが子供達と仲良くなる程度の時が経っていた。概ね平和な期間だったと言える。だがいつもこういった平穏は唐突に打ち切られる。
「おいお前たち、お遊戯の時間は終わりだよ。仕事だ。とっとと片付けてブリーフィングの準備をしな」
 スケルツォのようにハキハキとした美声。後ろ手にまとめた美しい白髪を鬣の様に揺らしながら、洗練された無造作さとも言うべき所作で入室してきたのは、このアジトの嫗主人、ギドだ。
「「はーい」」
 子供達はグズる事もなくごく自然に〝仕事〟モードに入る。彼らの〝仕事〟、それは〈原罪兵〉狩り。狩り殺し、罪業変換器官を含めてその身体から根刮ぎ収奪する――非常に血腥いタスクだが、子供達は躊躇はしない。
「或いは、させない、か――」
「あん? ジジイなんか言ったか?」
 訝しむゼグに対してアーカロトは曖昧に首を振ると、卓についた。
「今回の標的は、肥育サイコパスにしては珍しいが完全に単独だ。まあ狩り易いが、一匹狼は概ねろくでなしの中でもとびきりのろくでなしさね」
 ギドが端末を差し出すと皆が画面を覗き込んだ。
 そして、例外なく全員困惑した。何故なら、そこに写っていたのは、
「おいクソババア、舐めてんのか? それともついにボケたのか? コイツはどう見てもガキじゃねえか」
 ゼグが代表して抗議の声を挙げる。
 そう、それは子供達の中で最年少のトトとそう変わらぬ――もしかしたら下かもしれない幼女だったからだ。
「ママと呼びなって言ってるだろ殺すぞ。ガキの〈原罪兵〉なんていくらでもいるだろうが。今まで何見てきたんだいお前」
「そうだけどよ! 限度ってもんがあんだろ! 俺が見てきた〈原罪兵〉の中じゃ最低でも7〜8歳はいってたぞ」
 そもそもそれくらいの年齢にならないと善悪の分別というものが余り身についておらず――また、小さすぎる子供に対する人間の本能的保護欲によってろくに罪業が発生しないという事態になりかねない。
「――カッ。カカカカッカ!」
 唐突にギドが横隔膜を震わせるような笑いを上げ、ゼグは勢いを削がれ口を噤んだ。
「いいかい? このズベタ――ヒュートリア・ゼロゼアゼプターは、最年少の〈原罪兵〉なんかじゃあ、ない」
 ナイフの様な切断的瞳を嘲謔の形に歪ませ、ギドは愉快極まると言った調子で続けた。
「御年95歳――アタシなんかよりよっぽどのババアなのさ」
  ギドはちらりと、アーカロトを見ながら言った。その視線の意味は分かる。アーカロトも見た目と実年齢がまるで一致していないから。
「……若作りにも程があんだろ」
 ゼグが呻くように言う。
「……そんなに老齢なら、罪業変換器官も相応に古いんじゃないのか」
 アーカロトの意見に、ギドは鼻を鳴らして嗤笑を深める。
「あ? 肉団子は別に一度つけたら外せないって訳じゃない。こいつはたっぷり殺してる筋金入りのサイコ野郎だからねぇ、サイバネ含めて最新のやつにアップデートしてあるのは確認済みだよ」
 いつもの事だが、一体どこから情報を仕入れてきているのだろうか。
「さあ狩場ももう決まってるんだ、さっさと準備しなお前たち」
 ギドが手を叩くと子供達はめいめい己の武装をチェックしにかかる。アーカロトはそれを横目に見ながら、更に質問をした。
「それで、この〈原罪兵〉の罪業場の性質は?」
「こいつは、ボケてる」
「……は?」
 唐突にギドが言ったその情報を頭の中で転がす。ボケ……認知機能障害ということか。
「それが、なにか」
「罪業場ってのはそいつの罪の質によって変化を起こすってのは知ってるね? このサイコビッチはボケの毒が頭に来てから罪業場が変質した」
「つまり現状どんな能力か判然としないと?」
「結論を急くんじゃないよ。こいつの能力はハッキリしてる。理屈はゴチャゴチャとしてるんだが、アズールブルーの罪業場で『包んだ対象を消し去る』って単純なものだ。以前の罪業場は濃い群青色で性質も『部分的引き寄せ(アポート)』だった」
「単純な強化、という訳でもないのか」
「厄介さでいえば前の罪業場の方が数段上だね。その能力のお陰でソロ〈原罪兵〉って矛盾を体現していたんだから。こいつは15の時に〈原罪兵〉になっているが、その時の能力が今と同じだった」
「変質というよりは回帰したのか――認知機能の衰えによる幼児退行がまさか罪業場にまで適応されるとは知らなかった。……ところで」
「しつこいねぇ。質問はまとめてしな」
「ああ、これで最後だ。そして一番大事な質問だ。
 ――何故、〈法務院〉は彼女を機動牢獄に搭乗させない?」
 80年も〈原罪兵〉を続けているならば、殺した数は三桁は下るまい。四桁にも手が届いているかもしれない大罪人だ。〈原罪兵〉という存在自体が機動牢獄に載せる罪人の草刈り場であり、選び抜かれた悪徳の塊達が機動牢獄に入所する栄誉に預かるのだ。
 アーカロトのその質問を聞いたギドの顔に、一瞬凄惨な何かが走った。
「はッ! 〈法務院〉が手を出さない理由なんて一つに決まってんだろ」
 嘲弄と愚弄と侮蔑と心火とが、アーカロトには推し量れすらしない割合で混淆された冷笑を浮かべる。
「こいつには『〈原罪〉の欠片』が埋まってるのさ」

続く

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