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ある詩人の旅 10

ある詩人の旅  10

重い雲に覆われた西の空が
薄らと茜色に染まる頃
茫洋とした意識の中に
目覚める

薄暗い小部屋の中で
灯りもともさず
カオスの海に揺蕩いながら
不可思議な目覚めに戸惑う

狭まった気道から漏れる
微かなる
呼吸の音

朽ち果てそうな血脈を流る
体液の虚弱な
循環の音

老いに乾いた肌が
醜く剥落する
崩落の音

脳の細胞を蝕む
高周波の音

他者に届かぬ虚音(うつろね)の空間が
望んで辿り着いた彼地であるのか
はたまた迷い路を彷徨っているのか

記憶は薄れ
来し方の闇夜に何を成したのかも忘れ
困惑の地に打ち伏す

前も後ろも在ろう筈も無く
もう思い巡らすこともあるまい

引き返すことの叶わぬ
旅に踏み出したという
人知れぬ事実だけがあった

2020 à Tokyo 一陽 ichiyoh

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