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〈短編小説〉 私の中学生日記

授業のチャイムが鳴った。
もう先生は教室に入ったかな、と頭の隅で考えつつ、今は目の前の昼食を選ぶことが私の優先事項だった。

パンが好き。
メロンパン、いちごクリームパン、牛乳パン、チーズパン、‥ああ。目移りしてしまう。けれどやっぱり大きなハム入りのサンドイッチだな。

売店のおばちゃんが「そろそろ授業始まるんじゃないの」というような目で私を見たけれど、私は知らんぷりした。

どうして大人の言うことを(この場合は時間を守り教室に入ること)を聞かなければならないの?そう思いながら、頭の中で、(確か次は国語だったなぁ)とぼんやり考えた。
国語なんて、日本語ができればいいじゃないか。

「おばちゃん、ハムサンドイッチ」

五百円玉を渡すと、もう無性に食べたくなって、食べ終えてから教室に入ろうと思った。

サンドイッチをぶら下げ、どこか落ち着く按配の廊下を探す。
古びた机や椅子が何十っ個と片隅に寄せられた、ちょうどいい場所を見つけた(道具の廃棄場所…)。

私は廃棄机の上に腰掛け、サンドイッチの包みを広げて大口開けて頬張った。(美味しい!何個でも食べられるなぁ、幸せ)


しばらくしてどこからともなく友人がやってきた。
同じくサボり組かな。

友人のアイちゃんは徐に私の隣に座り、恋愛相談を始めた。
「ケンくんが私と写真撮りたがらないの」

私を探しに来たんじゃ無いのね、と思いつつ「うんうん」と頷き話を聞く。サンドイッチを優先しながら、耳だけ彼女に預ける。

「もう・・・ケンくん諦めようかな」
とため息まじりに話す。

「どうして?写真を撮られるのが嫌なだけかもよ?魂がカメラから吸い取られるのを恐れているとか」
そういうと、彼女はプッと笑った。
思いついたことをそのままに話しただけなんだけど。

他人の悩みは、第3者から見ると本当に些細なことに見えるものだ。自分のことになると全く見えなくなるのに。

しばらく取り止めのない話をした後、彼女はフッと立ち上がり、「ありがとうね」と一言、手を振り去っていった。

私の適当な(失礼!)回答で彼女の悩みが少しでも軽くなるのならお安いご用だ。


サンドイッチを食べ終わって一息着くと、そろそろ戻ろうかしら・・と思った。やっぱりなんと無く、自分だけ自由な時間を過ごしているという後ろめたさはある。

私は自分の教室へ歩き出した。

楽しい道のりではない。
背中に義務を背負って歩いている。



自分の教室に着くと、そっと教室内を覗いた。
国語の先生が教壇で文字を書きながら喋っている。

先生は眼鏡をかけていて濃紺の背広を着、ネクタイはいつも緩みが無くピシッと垂直に垂れている。その表情は、誰より自分は文学に長じているのだという無言のメッセージを常に発しているようだった。

教室の最後方を、なんとなく背を屈んで静かに入る。

こういう時は授業を真面目に受けている他の生徒に迷惑がかからないよう、できるだけ静かにするものだという自分なりのルールだ。

自分の机の場所までたどり着いたら、自分の机が無い、ということに気づいた。隣の席のクラスメートが小声で、「先生が移動したんだ」と教えてくれた。

机が、無い。

少し戸惑ったが、すぐに冷静に考えた。
床でノートを取ればいい。

私は床に屈んで隣の人からノートの切れ端と鉛筆を貸してもらい、板書し始めた。元々背が低いので、背を丸めてもそんなにキツくない。

先生は私に気づいたのか気づかないのか、はっきりとわからない。

いつものように生徒たちに質問を浴びせては、間違った回答をした生徒に(宿題をして来なかったのか)と舌打ちし、蔑むような目で机の間を通り過ぎてゆく。

だけど先生は、私だけは指名しなかった。

机を排除したということは「いないもの(存在しない人間)」ということなのだろう。

やがて終わりのチャイムが鳴り、私は片付けられていた自分の机を元の位置に運んだ。先生は教室を出る間際、私をチラと睨みつつ、無言で出ていった。


なぜだか私は今、自分の胸が熱くなっていることに気づいた。

私は確かに授業をサボって廊下でパンを食べ、授業の途中でやっとノートを取り始めたしょうもない人間なのだが。
先生から見たら怒る気にもならない無視すべき存在だ。

だけど、これは自己正当化というようなわがままなものではなく、私自身の中にある「正義」と言っていいものなのだろうか、そういうものがチャッカマンのように私自身を点火した。

生徒は時間になったら先生の授業を受けなければならないし、先生に当てられたら正い答えを回答しなければならない。間違った回答をしたら怒られるか嫌味を言われるか。それに対して反論してもいけないし黙って先生の話を聞くことが求められる。

だって…なんてつい言いたくなる性分の私は言い訳がましい生徒で面倒だ、と思われているのかもしれない。実際にそうかもしれない。

だけどそれらに対しての言葉にならない炎(怒り)が、私の全細胞に「戦え」と訴えかける。自分の中の燃え盛る「自分の正義」というものを強く抱きしめて、私は自分の人生を歩んでいくのだ、と強く思った。


illustration by sato



誰かが決めたルール、誰かが決めた道徳というものを守ることで自分が壊されていくのならば、私は喜んでそれらを破っていこう。

破る勇気が、必要なんだ。


私は、板書し終えた紙を丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。





















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