スピード感と揺らがない価値観を両立させるメルカリの「アジャイルな人事」
2022年11月30日開催のグロービス「CMP(コーポレート・メンターシップ・プログラム)年次総会」というイベントで聞いた、メルカリ CHRO 木下達夫氏の話が面白かった。
メルカリの人事システムについては、すでにいろんなところで語られているけど、じっさいに取り組んでいる立場の人から話を聞くと、その勢いや意気込みの部分も感じることができるのがいい。
印象に残ったのは、「アジャイルな人事」、そして「悪い人に合わせて制度をつくることはしない」という言葉だった。
組織全体の「空気」をつくる
メルカリといえば、その企業文化を明文化したCulture Doc。
NetflixのCulture Deckを念頭に置いてつくられたCulture Docは、**「メルカリ(会社)とメンバー(社員)が大事にする、共通の価値観」**をまとめた社内向けのドキュメント」だ。
人事システムを構築するにあたっては、つねにこのCulture Docに照らすかたちでいろんな制度や仕組みがつくられている。Culture Docの制作過程については、メルカリでPR/広報/ブランディングを担当するRyo SAIMARUさんのnote記事にくわしく書かれている。
この、「特定の誰かによるものではなく、いろいろな人の想いが込められ、完成したドキュメント」の制作がはじまったのは2019年の7月。
2020年夏には、「内容自体を構造化し、本質を失わないままに現状のメルカリへフィットさせる」ためのアップデートが行われた。
「意識的であることによって発揮されるValueに対し、Foundationsは特定の一人ではなく組織全体で育み、大切にする空気のようなもの」として、これまで大事にしてきた「Trust & Openness」に加えて、「Sustainability」「Diversity & Inclusion」そして「Well-being for Performance」の項目が追加されることになったとのこと。
戦略に連動する、スピード感のある「アジャイルな人事」
このイベントでの木下氏の話は、4つのfoundationsの中でも「Diversity & Inclusion」にフォーカスしたものだった。
メルカリのD&Iの取り組みで印象に残ったのは、ダイバーシティの推進が「お題目」に終わるものではなく、というか差し迫った必要性から生まれてきていること。
2018年ごろにはじまったインドをはじめとする海外ソフトウェアエンジニアの採用教化も、「メルカリのサービスではソフトウェア開発が命。しかしソフトウェアエンジニアの採用を日本人に限定すると大量採用がむずかしい。だから海外から人材を採用する」という戦略の一環だ。
「メルペイ」のリリースが、新たなビジネスモデルが広がったので、言語や国籍に加えて、専門性やスキルのダイバーシティを推進したし、メルカリのユーザーは女性が多いから、女性のソフトウェアエンジニアの採用拡大も必要になる。
話が単純明快。
ダイバーシティ推進の取り組みは、すべてが差し迫った必要性から。人事システムの構築と事業戦略がしっかり結びついているところがすばらしいなと思った。
だから、つねに激しく環境が変化するIT業界にあって、戦略と人事がしっかり結びつけるためには、「アジャイルな人事」が必要になってくる。
ソフトウェア開発で使われることの多い「アジャイル」とは、時間をかけてしっかりとした完成形をつくりあげるのではなく、短いサイクルでトライアル&エラーを繰りかえしながら、環境に適応したソフトウェアをつくり上げる開発手法のこと。
木下氏によれば、急拡大をつづけるメルカリの変化のスピードに追いつくためには、人事のシステムについても、(一度にしっかりした完成形をつくり込むのではなく)細かいサイクルでトライアル&エラーを繰りかえす、「アジャイルな」やり方が必要なのではないかとのこと(すごく納得できる!)。
「悪い人に合わせた制度はつくらない」
制度って、じっくりしっかり検討したうえで、完璧な形をつくり上げるイメージがある。
だから、スピード感を持った「アジャイルな人事」制度を実現するためには、制度とは、何のためのもので、どういう形にしなければならないのかについての認識を大きく変えなきゃいけない。
それを象徴しているのが、「悪い人に合わせて制度をつくることはしない」という木下氏の言葉だと思う。
「悪い人に合わせて制度をつくる」というのは、ルールに反する人が出た場合、そうした違反ができないように制度をつくり変えること。
これをやると、どんどんルールが増え、やらないといけないことが増える。その結果、ルール通りに行動する大多数の人の動きが滞って、組織のスピード感が落ちるし、それ以上にモチベーションが低下する。
というわけで、制度をつくるときは、Trust & Opnenness、つまり性善説に立脚する。しかしルールに反する人が見つかった場合には、がっつりペナルティを課す。
それが人事システムのスピード感をアップさせているんだなと思った。
もちろん、スピード感を持ったアジャイルな制度づくりが、トライアル&エラーの過程でどんどんズレていく状況はまずい。だから、Culture Docのような羅針盤につねに照らし合わせる形で変更や修正を積み重ねる必要がある。
そういう意味で、いろんな取り組みにしっかりとした一貫性が保たれているところがすばらしい(そうしたところから、木下氏が強調していたメンバーの「納得感」が生まれてくるのだろう)。
日本の文化・社会のブランド力
もう1つ印象に残った木下氏の言葉はこれ。
たしかにそんな気がする。
2年ほど前に、グローバル展開する日本のアパレル企業で海外のマネジャー候補者を対象にした、日本の企業文化の理解促進&リーダーシップ開発を目的とした研修を行ったことがある。
そのときに受講者の方々と話をすると、「日本が好き」「日本に住んでみたい」感がひしひしと伝わってきたから。
急激な円安を契機に、「安い国」としての日本の(経済的)地位低下を嘆く声が高まっているけど、日本が「経済的な脅威」として受け止められることがなくなったいま、むしろ日本の文化や社会のブランド力がピュアな形であらわれてきている証拠なのかもしれない。
メルカリのダイバーシティ戦略は、単なる「お題目」ではなく、差し迫った戦略的な必要性から生まれてきていると書いたけど、それに加えて、日本のブランド力という追い風にも支えられているような気がする。
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急拡大をつづけるメルカリの組織づくり・システムづくりには、美しく描かれる絵姿には収まりきれないゴタゴタした部分もあるに違いないと思う。
でも、そうした混乱を制度でむりやり抑えこもうとするのではなく、揺らぐことのない組織文化の基盤をつくり、つねに立ちあらわれる不安定をしっかり包みこんでいこうとする姿勢がとても印象的だった。
シンドさと楽しさが一体となった組織開発、というか、むしろ最初のシンドさの分だけ、それが後から楽しさに変わるような取り組みを楽しんでいるような、若い会社の勢いを感じた。
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