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漫画に救われる人生『いくえみ綾と小畑友紀』

 昨年テレビドラマ化した『G線上のあなたと私』の原作漫画を読んでいたら、『僕等がいた』の小畑友紀先生が作品を手伝っているという記載があった。

 絶叫した。私は小畑先生の大ファンである。『僕等がいた』最終巻の発売にあわせてサイン会にも行った。大好きないくえみ先生のところに大好きな小畑先生がいて一緒に漫画を作っているなんて……! あまりにも尊い事実にクラクラと眩暈がした。

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 『僕等がいた』は高校生のときに始まった漫画だ。当時一世を風靡していた『NANA』(矢沢あい)と揃って2大大ヒット少女漫画という感じだった。『NANA』はバンドや芸能界、ドラッグといった読者とは遠い世界の話が展開していくのに対して、『僕等がいた』は、とにかく身近な恋愛。自分にも起こり得そうな恋愛が美しい詩のような台詞と共に丁寧に描かれていた。

あらすじ
高校生になったばかりの主人公・高橋七美は、クラスの女子が1度は好きにるという人気者・矢野元晴が、自分をからかって楽しんでいる事に腹を立てていた。しかし自分のピンチをいつも救ってくれる矢野に徐々に惹かれはじめ、矢野も他人には決して見せないような顔を七美にだけ見せるようになっていく。両想いになった二人は付き合う事になるのだが、七美には一つ大きな気がかりがあった。矢野は、亡き恋人への想いをふっきれずにいたのだ。

 あらすじだけ見るととてつもない盛り上がりがあるストーリーには見えないが、この亡き恋人(山本奈々)の妹(山本有里)が同じクラスにいて矢野のことを好きであるとか、とにかく高校生だったら「絶対に嫌だ!!」というような状況が次々と襲ってくる。一見普通の少女漫画のように始まったのに、いつの間にか全然王道ではない展開にめちゃくちゃに惹きつけられたことを覚えている。
 そして前述の通り、美しい詩のような台詞の数々。名言と見せ場がめちゃくちゃ多い少女漫画である。

 中でも矢野のこのセリフは私の恋愛観を支えてくれたといっても過言ではない。

『なんだかんだ言って恋愛なんてタイミングがすべてなんだ 肝心な時に肝心なこと伝えられなきゃ どんな運命的な出会いだってパーなんだ 後悔したって遅いんだ』矢野元晴

 恋愛でうまくいかないとき、何度も本作を読み返して「タイミングが合わなかったんだなぁ」と思った。そう思うと、意外と失恋は乗り越えられるものへと変わっていった。

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 さて、この頃私は2ちゃんねるの「少女漫画板」にいつも張り付いていた。今でこそ『LINEマンガ』や『マンガMee』のコメント欄などで作品の感想をシェアできるようになったが、当時最速で読んだ漫画の感想をシェアできる場所はそこしかなかったのだ。そしてここで読んだ衝撃的な書き込みを今でも覚えている。

 山本有里というキャラクターは少女漫画板内で「山芋」と呼ばれ嫌われていた。それもそのはず、主人公・高橋七美の邪魔ばかりするのだ。七美の彼氏である矢野のことをずっと思い続けている、陰気な女である。しかも、矢野の元恋人である山本姉が死んだ際、自宅で矢野とセックスしているのだ。当てつけと称して自分の欲望のままに矢野を操っている。明るくカラッとした恋敵ならまだしも、あまりにも陰気な動きばかりするので苛立ちが止まらない。今、文字を打っているだけなのに無理すぎて泣ける。
 そして、矢野と七美は親の都合で離れ離れになった。その後矢野は理由も告げずに消息を絶ってしまう。なんとそれを、山本妹は執念で追いかけた。矢野の精神が病んでいることに付け込んで、同棲にまで持ち込むのだ(僕等がいた12巻)。

 なんでなんで? そんなことにならなくない? と思った方は『僕等がいた』を読んでみてほしい。実に納得できる形でそんなことになってしまうのだ。しかも、矢野の家にいる山本、矢野の洗濯物畳んでた……。たった1コマで涙が止まらなくなった。生活感を出してくるな。

 2ちゃんねるでの衝撃の書き込みは、その回である。「もう嫌だ、山芋しつこすぎ!!でも、山芋むかつくってずっと思っていたけど、もしかしたら山芋から見た七美ってうちらが山芋むかつくって思うのと同じくらい七美が邪魔でむかつくのかも。そう思うともうどっちの味方もできなくて苦しい」。
 これにはハッとした。長年嫌いだと思っていた山芋にも苦しみはあるのだという当たり前のことに気づかされたのだ。誰かはわからないが、書き込みをしてくれた名無しさんには感謝である。あれから13年、今でも山本のことは大嫌いだが、少しだけ譲歩の気持ちも沸いている。

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 小畑先生のサイン会は、2012年3月に池袋の本屋で行われた。確かジュンク堂だったと思う。新刊と共に整理券が配布されて、先着順でサインをもらえるというものだった。実は私はこの整理券を持っていなかった。当時離婚調停の真っ最中で精神的に身軽に動けるような状態ではなかったのだ。しかしその当時池袋の近くに住んでいた友人が並んでくれて、一人一枚の整理券を私にくれた。「え、いいよそんなの、悪いよ」と、断ると「これはあなたのために貰ったものだから。小畑先生に会ったら元気になれるよ。あなたが行くべき」と言って、手渡してくれた。
 めちゃくちゃ泣いた。そして友人の言う通り小畑先生に会うと、元気になれるエネルギーを貰った気がした。きれいで優しい声の方だった。その時うまく作品の感想を伝えられたか定かではないが、ほんの少しの会話の後「新連載もどうぞよろしくお願いしますね」と言われた。
 もちろんである。小畑先生の漫画は一生追いかけていくし一生買い続ける。それは整理券を譲ってくれた友人への仁義でもある。
 その後始まった新連載『春巡る』は2巻まで出たところで休載となってしまった。2014年のことである。実は『僕等がいた』の連載中も長期休載があり、何かよくないことが小畑先生の身に起こっていないといいけど、などと勝手に心配していた。休載以降、小畑先生の漫画が新しく世に出ることはなくなった。

 ここで話は冒頭に戻る。小畑先生は、いくえみ先生の元で漫画を描いていた。『G線上のあなたと私』は2013年から2018年まで連載されていた作品なので今はどうなのかわからないが、小畑先生が意外とはやくに漫画に触れていたことが知れてとても嬉しい。

 小畑先生、元気でいますか。

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 余談だが、『G線上のあなたと私』を読んだ後、17歳年上の友人かあここさんに「私が中学生の時は、みんなしていくえみ綾。毎日毎日いくえみ綾」と話したら、「あら、私が中学生のときも毎日みんないくえみ綾よ。キラキラしたクズを描かせれば右に出るものはいないいくえみ綾」と言われた。
 これはつまり、いくえみ先生が少なくとも17年間は常に恋愛漫画の最前線にいるという事実を証明している。そして私が中学生のときから既に20年が経過しているが、いまだに私はいくえみ漫画を読んでいる。きっと今の中学生も読んでいるに違いない。ということは少なくとも37年である。37年最前線。創造性はもちろんのこと、精神力と体力、流行を取り入れる力、全てがすごすぎる。いくえみ先生と一緒にいたら気持ちも明るくなれそうだ。素敵な繋がりがあってよかった。
 てか、どの時代でもみんなキラキラしたクズが好きなんだな……笑。

 漫画という文化を心から愛している。

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『窮鼠はチーズの夢を見る』鑑賞日記。こちらも少女漫画原作作品。

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