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【完全初心者、挫折へ】日本語教師1年目のリアル①

私は、高校生のころから言語学習が好きでした。
いろいろな言語を知っていくと(どれも中途半端ですが)、自分の母語である日本語により興味を持ちました。

生まれた時から自然に習得した日本語。外国語を学ぶまで思いもしませんでしたが、よく考えれば日本語にも文法があり、私が外国語を学ぶのと同じように、日本語を学ぶ人がいると気が付きました。
そして、日本語という言語に関わることができる職業として、日本語教師の存在を知り、いつしかそれを目指すようになりました。

大学でも日本語を専攻し、「日本語教育能力検定試験」を取り、やっと始めた教師生活。しかし、それは憧れとは程遠いつらい経験の幕開けでした。

日本語教師1年目の体験を、リアルに書き記します。
教師としてどん底を味わった私が、日本語教師を天職と思うまでの記録。


初日~3ヶ月

授業の仕方を知らない私

面接した学校は、幸いにも採用となりました。
きれいな学校で、先生方も親切な方ばかり、ブラックな職場が多いと噂に聞いていた日本語学校とは全く印象が違いました。
勤務が正式に決まったあと、最初に校舎へ行ったのは、教員向けの説明のためでした。先生からカリキュラムや事務的な説明を受け、情報量の多さに頭はパンクしそうに。
今でも覚えているのは、その説明があった空き教室に入ったとき、机の上に私のネームプレートがあったことです。「日本語教員」とあり、その下に私の名前がありました。勤務中は首からかけるようにと言われ、本当に日本語教師になったのだと、非常に嬉しかった記憶があります。

私が担当することになったのは、初級と中級の授業でした。一クラスは約20人、一日3時間半を週2回。留学生を受け入れる法務省告示校としては一般的なスケジュールです。日本語教育能力検定試験に合格しただけで、実際の授業を見たこともなかった私は、まず先生の授業を見学することを勧められました。私が来週から教える学生たちへの授業が始まります。そして、いざ見てみると。

先生の問いかけに大きな声で応じる学生。問題は真剣に解き、発言は積極的。笑顔で双方が楽しそうな雰囲気。

あれ、意外と教えるのって楽だな
こんな感じでいいなら、初心者の私でもできそう

緊張と不安が大きかった私ですが、先生の授業にこう思い、いくらか肩の荷が下りました。帰宅後は、さっそく授業準備に取り掛かりました。

準備と一言に言っても、慣れない作業に莫大な時間がかかります。スライド作り、学生の注意を引く文法の導入や、どのような練習をするのか、配布するプリント作成など、作業を終えるのに何日も使い、気付けば6時間以上と費やしていました。

でも、学生はみんな良い人そうだし、簡単に授業できるはず

完璧に仕上げた自信があった資料を持ち、クラスへ入った初日。教師用のネームプレートをかけると、思わず笑みがこぼれました。

教室のドアを開けると、すぐに学生全員の目が私に向きました。
それまで人前で長時間話したことがなかった私ですが、なぜかそれほど緊張もせず、3時間半の授業が終了しました。
個人的な授業の評価は、まあ良し。かなり時間が余ってしまい、最後のほうは自己紹介などで時間を潰しましたが、初回にしては良いほうだと思っていました。

この授業後、私の中で「授業は簡単」という意識が固まっていきます。

クラスの違和感

準備、授業、準備、授業…
このサイクルに疲れてきたころ、何時間も要する準備に嫌気がさしました。
丁度そのときは卒業論文の執筆が佳境に差し掛かっており、学業との両立が困難になっていた証拠でした。

準備の手を抜いても、なんとかなるだろう

学生は真面目に話を聞いていましたし、授業の時間配分もできるようになってきたという自負がありました。まだ初めて数か月の日本語教師も、だんだん慣れてきた、そう思っていました。
私は、徐々に中途半端な用意で授業に臨むようになります。

大きなミスはなく、順調に見えました。
ただ、そんな矢先。クラスでちらほら、変化が起きました。

あるとき、私はプリントを配りました。その日に教えた文法を使って文を作るというもので、それほど難しくはありません、
しかし、配り終えても学生の手は動きません。チラチラと、隣同士で彼らの言語で話し出す声が聞こえます。「書いてくださいね」という私に、学生は苦笑い。なんとか答えさせても、文法的に間違ったものが連続。しかし、それがなぜ非文法的かをわかりやすく説明することもできない。
ひいては、一番前の席でもスマホを見る人が出る始末。

何かおかしい、そう思いました。
簡単だと思っていた、順調だったはずの授業なのに、最近は学生の様子が変わっています。私の話も頭に入っていないような、気が逸れているような学生が増えてきました。

そんな違和感を抱えながら、授業を終えて職員室へ帰ると、すでに戻っていた先生方の話が聞こえます。

スマホを見ていた学生がいて、強く注意しました。
私語が多かったので、やめるように何度も言いましたよ。

部屋に入ってきた私に、先生のクラスはどうですか、と話題が振られます。






私のクラスはそんな人ばっかりです

そう言えませんでした。
プライドが邪魔したからです。

日本語教師として、いくら新人でも仕事を任されている。そんな私が、きちんとクラスをコントロールできていないなんて。
最初に先輩の先生の授業を見学した時には、学生は授業に集中していました。しかし、私が担当する時にはそんな空気にはなっていません。同じクラスなのに、どうしてこんなに変わってしまったんだろう。

そしてようやく、思い知りました。

学生の態度が悪いのは、私のせい

準備不足、そして経験不足でした。

日本語がネイティブだからって、いくら大学で日本語を学んでいたって、きちんと準備しなければ、学生の身になる授業をすることはできません。
私のことを、新しい先生として興味を持ってくれていた期間が過ぎれば、もう私はただの教員。
振り返れば、私の授業がなんとなく成功していたのは、このおかげでした。それまでいなかった私という新人を珍しがり、新鮮な気持ちがあったころは、クラスも良い雰囲気を保っていたのです。しかし、私が学生にとって目新しくなくなれば、教師の本質が見えます。面白い授業をしなければ、楽しいと思える授業をしなければ、学生はついてきません。これが真理でした。

それに気がついたとき、私は授業のやり方を変えて、クラスコントロールに重きを置くべきでした。乱れた空気を一新すべきでした。しかし、それに足踏みしてしまったのもまた、この気づきが原因でした。

面白くない授業をするから、クラスコントロールができなくなります。では、そんな先生が厳しく注意したらどうなるでしょうか。そもそも、そんな先生の言うことを真面目に聞くでしょうか。
私なら聞かない、そう思いました。

頭の中で、負のループができたのです。

授業がわからないから、学生は聞かなくなる
それは私の責任だから、自分のことを棚に上げて、学生を注意しにくい
そして、注意しないユルい先生だから、もっと集中しなくなる

全部自分のせいだ、と責めました。

学生の態度一つで、どうしてそんなに悩むのか、疑問に感じられるかもしれません。私も、学生時代は居眠りしたり、先生の話に身が入らなかったりしたこともありました。ですが、教壇に立つと、そんな些細な仕草が結構なストレスになるのです。
今なら、眠そうな学生を見ると、アルバイトが忙しいなら対処するように言おうとか、発言量を増やそうとか、いくつか解決策が浮かびます。アルバイトのように、「教師の責任ではない」原因も考えられるようになります。
しかし、そのころの私はそうではありませんでした。

きちんと準備すればいい、という単純な話です。でも、気合を入れて準備しても、一度緩んだ空気は初日のようには戻りませんでした。

始まったばかりの日本語教師生活は、3ヶ月で破綻寸前。

そんなとき、学期が変わり、私は新しいクラスを担当することになります。心機一転、うまくやる。授業が下手というコンプレックスを持ちながらも、そう意気込んでいました。


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