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#掌編小説

ラジオマン

ラジオマン

通勤電車の車内は思い思いに過ごす人であふれている。
目の前のビジネスマン風の男性は膝に鞄を乗せて、ビジネス書を開いている。その隣の女性はスマートフォンに指を滑らしている。私の隣の女性もAmazonプライムでも視聴しているのであろう。画面を横にしてクスクスと口元に手を当てている。

通勤時間の平均所要時間は1時間ほどで、都心に向けてみなそれぐらいの時間を電車で過ごすことになる。
その一時間は可処分時

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掌編小説 | 永い息継ぎ

掌編小説 | 永い息継ぎ

 雨の日のランチタイムは、やはり売上が芳しくない。PC画面に浮かぶ本部への報告シートに並んだ苦い数字は何度見返したところで桁が増えることはなく、溜息を細長く吐き出していると店の奥から冴木先生の賑やかな声が段々と近付いてくるのが聴こえた。

 ・・・おはよざいまぁす、はよざぁっす、あ、上がり?おつーまたねぇ、おはよーす、シフト合うの久々じゃぁん。

 キッチンからホールまで流れるように一通りの挨拶と

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寺が燃える

寺が燃える

寺が燃えている。
炎が寺の全てを包み込む、大きな火柱となっている。

一報を帰宅途中に、妻からの電話、車中で聞く。自宅近くの寺が火事。自宅方向を見ると大きな煙が立ち昇っている。電話越しにサイレンが響く。車の周りにも現場に向かう消防車が。

アクセルを踏み込みたいが、帰宅ラッシュでそれはかなわない。

地方の小さな街にある自宅は寺町と言われる地域にある。向いも左隣もお寺さん。この辺のお寺は住民と緩く

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アイオカさん

アイオカさん

何を捨てているんだろう。
何で捨てるふりしてるんだろう。
何で、こっちに気づかないんだろう。

そういう人なのだ。アイオカさんは。
コーヒーマシーンから出来上がりを知らせる音がして、コンビニの外に出た。
信号待ちをしていると、アイオカさんもコンビニから出てきて私の後ろで立ち止まった。コーヒーが熱い。持ち手を替えたいのに、どうしてか我慢する。右手が熱い。熱すぎる。
信号が青に変わる。人々に巻かれるよ

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