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パン屋日記 #21 信じてくれたから

今日もパン屋は、とんちんかん。

「買ったはずのパンがどこにもない。
 渡し忘れではないか」

と言って、
お客さまが再来店されました。

たしかに渡しました、と言うスタッフ。

どこにもない、と言って譲らないお客さま。

「さっきは車で来たけんええけどね」

お客さまは言いました。

「今度は車が無かったけん、
 わざわざ自転車で来たんじゃけん」

わたしたちは、
必ずしも正しい方を選びません。

購入したパンと同じものを、
無料でお渡ししました。

監視カメラを確認するとやはり、
お客さまは商品を受け取って
お帰りになられています。

でも、無いものは無いのです。


「ちょっと」という枕詞で呼ばれると、
ろくなことがありません。

「iccaさん、ちょっと」

『何ですか』

「すみません、ちょっと……」

無銭飲食でした。

そのおじいちゃんは

お財布はあるけど、
お金が入っていなかった。

家が遠方で、取りに帰れない。

キャッシュカードを、持ち歩いていない。

この近くに、家族や友人もいない。

さすがに少し迷ったのですが、

連絡先を聞いて、
そのままお帰りいただきました。

おじいちゃんは、
電話番号が本物かどうかを確かめるために
目の前で携帯を鳴らしてみなくていいのか、
と尋ねました。

わたしは、「結構です」と言って
お断りしました。

人と人との関わりで、
そんなことはするもんじゃないと

わたし個人としてはそう思います。


午後3時から、
社長や部長を交えて
定例会議が行われました。

テーマは、
新しい「週替わりランチ」の施策について。

噂によると、
立派なところからやってきた
立派なコックさんが

パン屋のカフェレストランを
改革するのだそうです。

当店は、年々高齢化が進む住宅地の
旧道沿いにあり

レストランといっても、
メニューの内容は大衆食堂系。

カレーにとんかつ、
チキン南蛮などをお出ししています。

新しいメニューを見て、
度肝を抜かれました。

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何とかのポワレと何とかのフリット
パイナップルマスタードソース
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何とかのローストと何とかのソテー
赤ワインビネガーソース
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ガチのフレンチでした。

週替わりのパスタは

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何とかと何とかと
プティトマトのアーリオオーリオ
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(プティトマト?)

わたしは当店のお客さまに

「今週のパスタには、
 プティトマトが入っております」

と言える自信がありません。

今日の日替わりランチは、
「豚肉の生姜焼き」でした。

来週から突然、
赤ワインビネガーソース味になられても
困るのです。


会議を終えてお店に戻ると、

「iccaさん、これ、お客さまに
 いただいたんですけど……」と言って

パートさんが、箱入りの
「しいたけ茶」を持ってきました。

「例のおじいちゃんが、
『信じてくれたから』って。

『僕も毎朝飲んでるんだ』って言って、
 先週のお食事代と一緒に
 置いていかれました」

お茶の種類はさておき

「信じてくれたから」というのは、
なかなかに心に残る、良い言葉でした。

そうこうしていたら

「ごめんごめん、
 車の足元に落ちとったんよ。
 さっきもらった分、お金払うね」

と言って

無いものは無い、のお客さまが
いらっしゃいました。

「わー、良かったです」
と言いながら気づいたことは

同じパンがうっかり、
2セット売れたということなのでした。

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