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パン屋日記 #13 見えないおじぎ

後輩社員のこうめちゃんが、
レストランのラテマシンを
すりすりと撫でています。

「えっ、何? ラテマシン撫でてるの?」
と尋ねると、

「はいー、この子最近、調子悪くて」
と、こうめちゃんが言いました。


「この前OLが主人公のマンガを読んだんですけど、会社のコピー機の調子が悪い時、『このポンコツ!』って、みんながコピー機を罵るんです。
 
 そしたらそのコピー機、もっと調子が悪くなって。

 そんな時に別の人が、コピー機を撫でながら『よしよし、おまえはいい子だよ。いつもありがとう』って言うと、コピー機が直るんです!」


こうめちゃんはそう言って、
いつまでもいつまでも

ラテマシンをさすったり、
ぽんぽんしたりしていました。

根拠が頼りないわりに
その魔法はよく効いたようで、

ラテマシンは再び元気よく豆を挽き

ミルクをあたため、
ふわふわに泡立てるのでした。


あるとき、電話対応中のこうめちゃんが

「はいっ。かしこまりました!
 ありがとうございます」と言って

電話機に、深々と頭を下げていました。

また次の電話のときには、
お客さまのお話を

うんうん、うんうんと
ものすごくうなずきながら聞いています。

「こうめちゃん、
 電話なのにめっちゃおじぎするね」
と声をかけると、

本に書いてあったんです、と
こうめちゃんは言いました。

「電話口でもおじぎをすると、目には見えないけど、気持ちはちゃんと相手に伝わるんだそうです。だから、うなずいたりおじぎをしたりしています」


その深いおじぎは、
お客さまの目には見えないのだけど

きっと言葉がおじぎをしたり
声がおじぎをしたりして、
気持ちが伝わるのでしょう。

わたしも、相手に見えないところでも
頭を下げられる人になろうと

後輩から多くを学ぶパン屋なのでした。

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