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パン屋日記 #9 隠しきれない隠語

サービス業では、
たびたび隠語が使われます。

「トイレ掃除」や「休憩」など
お客さまに聞こえると好ましくない内容を、
別の言葉や番号に置き換えて連絡します。

パンの製造室に、ネズミが出ました。

「部長のマリアさんに、電話しなければ!」

坂下先生が、
あわてて本社に内線をかけます。

目の前のレジでは、
お客さまがパンのお会計中。

「ネズミ」という単語を
口に出すわけにはいきません。

「もしもし、部長」

坂下先生は言いました。

坂下先生
「製造室が、ディズニーランドです」

部長
「ディズニーランド?」

坂下先生
「ミッキーです、一番人気の!」

なぜ「一番人気の」と言う必要があるのか、
まったくわかりません。

レジ対応中のわたしは、

お客さまの前で笑いをこらえるのに
必死でした。

部長
「ネズミ捕りにネズミがかかってるってこと?」

坂下先生
「いえ、違います」

ネズミはまだ罠にかかっておらず、
製造室の中を走り回っていると伝えたい
坂下先生は、何と言ったか。

坂下「フリー・ランです」

部長「フリー・ラン」

私 (フリー・ラン……)


製造室がディズニーランドで、
ミッキーマウスがフリーラン。

最後に坂下先生は、
苦しげな表情でこうおっしゃいました。

「早くマウスハンターを呼んでください」

隠せているのか隠せていないのか、
よくわからない隠語を駆使して

必死に状況を伝えようと奮闘する、
坂下先生なのでした。

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