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パン屋日記 #7 つま先立ちでは、遠くまで歩けないから。

新人は、どうして育たないのでしょうか。

パンの学校を出た期待のホープ・バタ子さんが
入社したのは、もう去年の春のことです。

ところがバタ子さん、いつまでたっても
仕事ができるようになりません。

(バタ子さんには、
 パンを焼く才能がないのではないか?)

みんながそう思ってイライラしたり
諦めモードになったりしている、
今日このごろ。

あっさりと答えを出したのは、
用務員の木村さんでした。

「ああ、あれはねぇ」
木村さんは言いました。

「指示の出し方と、
 指示の受け方の相性が悪いんよ」

(指示の出し方と、指示の受け方の相性?)

ジャムおじさんは、

「相手に自分で考えてほしい」
「意味や気持ちを察してほしい」

というタイプの人です。

いつも最後まで説明せず、
ヒントとなる単語だけを投げてよこします。

一方バタ子さんは、
「なにもかも確認する」タイプの女の子です。

1のやり方から2のやり方を
想像できないというよりは、

1のやり方を説明された後に
1.1のことをやる時にも、
必ず人に確認するようなタイプです。

木村さんは、パン屋の中でただ一人

ジャムおじさんが悪いとも、
バタ子さんが無能だとも言わず

「指示の出し方と受け方の相性が悪い」
と言ったのでした。

「あとはあの子、もういっぱいいっぱいで」

木村さんはさらに続けました。

「つま先立ちで、
 前のめりになって仕事をしとるでしょう。

 つま先立ちではね、
 遠くまで歩かれんのんですよ。

 仕事いうんは、地に足をつけてやらんと。
 そのためには、安心させないと。

 パン作りには
 手の離せん作業も多いじゃろうが、

 手が離せないなりに
 時計を見て『大丈夫か』と。

 わしは手が離せんけど、
 あれはもうやったんか、と
 声をかけ続けてやらないと」


ほいじゃあね、
と言って用務員の木村さんは

今日も電球を取り替え、
新聞を麻ひもで結び
パンの配達へと出かけていくのでした。

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