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Diversity&Inclusion for Japan ⑥〜ジェンダーステレオタイプについて考える(後編)

なぜ書くか

Diversity&Inclusion(ダイバーシティ・インクルージョン ※以下D&I)というコンセプトがビジネスの世界において重要になる中、日本に住む約1億人には細心の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。https://every-co.com/

はじめに

ステレオタイプというのは、ネガティブなものだけでなく、ポジティブなものも存在します。例えば、男性は頼りがいがあり、女性は優しく穏やかである、といったジェンダーステレオタイプです。これらのステレオタイプは特定グループにいい印象を与える「ポジティブ」なものに思えますが、一方で、それには暗に人々に特定の役割を押し付ける可能性があるということを知ってもらえたらと思います。


●●らしさがあるから、●●らしさが生まれる

以前の記事でジェンダーステレオタイプについて紹介しました。男性はagentic(競争的、自信がある、主張が強いなど)、女性はcommunal (暖かい、友好的、世話好きなど)というステレオタイプです。

Stereotype Content Modelによれば、このagenticな性質とcommunalな性質は一方の性質によって、もう一方の性質も連想されるという補完的な関係性であると言われています(男らしさがあるから女らしさが連想される)。その一方で、この二つの性質は相容れない性質として認識されます。
例えば、女性は友好的ではあるが、競争的ではない、男性は競争的ではあるが、友好的ではない、と認識されるということです。

その結果、ポジティブなステレオタイプが使われると、同時にネガティブなステレオタイプも起動されます。例えば、女性が暖かく、友好的であるというポジティブなステレオタイプに関する直接・間接的な言及は、同時に女性は競争力がない、能力が低いというメッセージを暗に伝えている可能性があるのです。

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Kahalonら(2018)は、ポジティブなステレオタイプが男性、女性のパフォーマンス、特にジェンダーステレオタイプから男性、女性が苦手とされる領域におけるパフォーマンス(例 数学、女性が苦手とされる分野)にどのように影響するかを調べました。

実験で女性にcommunal(暖かい、友好的)というポジティブなジェンダーステレオタイプを間接的に伝えた結果、数学のテスト(女性が苦手であるという固定観念のある分野)におけるパフォーマンスが下がったことが分かりました。

また、同様に男性にagentic(主張が強い、リーダーシップがある)というポジティブなジェンダーステレオタイプを間接的に伝えた結果、socio- emotional intelligence(他者の感情を理解する能力、男性が苦手であるという固定観念のある分野)におけるパフォーマンスが下がったことが分かりました。

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つまり、「あなたは●●だよね」という刷り込みはパフォーマンスへの影響を及ぼす可能性があるという事であり、実験参加者がポジティブなステレオタイプに関する刷り込みをされると、彼らは暗にもう一方のネガティブな情報も取り入れ、それがパフォーマンスに影響することが分かっています。


「あなたには助けが必要だろう」というbenevolent sexism(好意的性差別)

女性のcommunalという性質に関するポジティブなステレオタイプに言及することはbenevolent sexism(好意的性差別)と呼ばれています。

Glickら(1996)はbenevolent sexismを以下のように定義しています。

 benevolent sexism(好意的性差別):女性をステレオタイプに当てはめて捉える、または特定の役割に縛られた存在として見る性差別的な態度である一方、受け手側には一見ポジティブに思われる態度。

benevolent sexismを表す態度の例として以下のものが挙げられます。

1 女性は、男性が守るべき存在である
2 女性は、男性より家事が得意である
3 女性は、男性より養育者に向いている
4 女性は、見た目の良さで価値をはかられる


一見、benevolent sexismには問題がないように思われるかもしれませんが、ジェンダー間の役割や、関係性に言及することで、男性が女性より優位であることを示す態度であるとされています。女性に対する好意的な態度に思える一方で、女性を弱い、または能力が低い、男性の助けや支えが必要な存在として捉えていると言っても良いのではないでしょうか。

benevolent sexism(好意的性差別)は女性の認知能力パフォーマンスを下げる?

benevolent sexismの問題性に関して、Dardenneら(2007)が複数の実験をもとに説明しています。

Dardenneら(2007)は擬似面接を使った実験を行い、面接官がbenevolent sexismを表す発言をした結果、女性の認知能力パフォーマンスが下がったことが分かりました。


面接官は以下のような一見ポジティブに思える女性に対する発言をしました。

「この業界は今、能力のレベルが同じ場合男性より、女性を採用しています。あなたは男性と働くことになるでしょう、でも心配しなくて大丈夫です。彼らはあなたが仕事に慣れることができるよう、協力してくれます。彼らは新しい社員が女性だと知っています、そして彼らはあなたのために時間を割いてくれると同意してくれました。」
(女性には男性の助けが必要だというメッセージ)
「男性より洗練されている女性のあなたがこの会社で働くことで、男性だけが働いている会社にはない、より高いモラルが築かれる、と社員全員が思っていますよ。」
(女性のポジティブなステレオタイプに関する言及)

これらの発言の結果、実験参加者の女性は、問題解決能力テストまたworking memoryを測るテスト(ある情報を記憶に留めたまま、別の情報を処理する能力を測るもの)で、benevolent sexismを表す発言を受けなかった女性に比べ、より低い点数を取ったことが分かっています。つまりbenevolent sexismを表す発言で、女性の認知能力パフォーマンスが下がったのです。

更に、この実験では一般に人々が性差別発言と捉えるような女性に対する敵対的な発言(hostile sexism と呼ばれる)、例えば「女性は男性より劣っている」、というような発言の認知能力パフォーマンスへの影響も調べています。

興味深いことに、hostile sexismを表す発言に対して女性はその発言は偏見である、と認識しましたが、認知能力パフォーマンスにおけるテストの結果は、発言を受けなかった参加者とあまり変わりませんでした。
一方で、benevolent sexismを表す発言を女性は偏見の意識上ではそれを偏見と認識しなかった一方で、認知能力パフォーマンスの低下がみられたのです

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研究者は、benevolent sexismを表す発言で、女性の自分自身の能力への疑い、自尊心の低下が起こり、テストに関係のない思考の影響の結果、テストでのパフォーマンスが下がったと分析しています。

この結果から、benevolent sexismを表す発言は一見ポジティブに見える一方で、女性を特定の役割に固定し、男女間の上下関係を保つこと、またはポジティブなステレオタイプと同時にネガティブなステレオタイプを起動させることで、女性が能力を発揮することを阻んでいる可能性があるということが分かります。

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また、benevolent sexismを表す発言、態度は認識されにくく、そのため指摘されづらいので、男女間の不平等な関係を保ち続ける手段になっていると言われます。

ステレオタイプとパフォーマンスの関係

ステレオタイプに関するネガティブな発言を受けた本人ですら気が付かないようなステレオタイプの刷り込みが本当に女性の認知能力パフォーマンスに影響するのか、と考える人もいるかもしれません。

実は、ジェンダー以外の領域でも、ステレオタイプに関する刷り込みがステレオタイプを受けたグループのパフォーマンスを下げること多くの研究で分かっており、その効果はStereotype Theratと呼ばれています。

Stereotype Threat: When members of a stigmatized group find themselves in a situation where negative stereotypes provide a possible framework for interpreting their behavior, the risk of being judged in light of those stereotypes can elicit a disruptive state that undermines performance and aspirations in that domain.
 (偏見や差別を受けているグループ(stigmatized group)のメンバーが、ネガティブなステレオタイプをもとで自身の行動をジャッジされる危険性を感じたとき、その領域でパフォーマンスを下げるような不安定な心理状態が引き起こされること) (Spencer et al., 2016)

マネージャー、面接官など、権力を持つ人がが何気なく口にする◯◯はどうあるべきという、物事やグループにフレームワークを与えるような発言は、社員や組織の行動規範の基となるだけでなく、周囲の人間のパフォーマンスに影響を与える可能性があります。

ジェンダーステレオタイプとどう付き合っていくべきか

以前ステレオタイプに関する記事で、ステレオタイプを通じて人を見ることは、その人を深く理解する妨げになるかもしれない、ということについて述べました。

今回は、そのステレオタイプが、たとえポジティブなものであっても、相手に暗に特定の役割を期待するという点でネガティブな影響があることについてまとめました。

一方で、ジェンダーステレオタイプは男なら・女ならこう振る舞うべき、という指針を与えてくれる、男性にとっても、女性にとっても大変便利なものでもあります。

私たちの脳はステレオタイプを使って情報処理の効率化することが必要な一方、ステレオタイプで情報を一般化しすぎると多くのものを見落とすという点で、大変複雑な概念です。

読者の皆さんはジェンダーステレオタイプとどう付き合っていくべきだと考えますか?

最後まで読んで頂き有り難うございました。
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参考文献

Dardenne, B., Dumont, M., & Bollier, T. (2007). Insidious dangers of benevolent sexism: consequences for women's performance. Journal of personality and social psychology, 93(5), 764.

Glick, P., & Fiske, S. T. (1996). The ambivalent sexism inventory: Differentiating hostile and benevolent sexism. Journal of personality and social psychology, 70(3), 491.

Kahalon, R., Shnabel, N., & Becker, J. C. (2018). Positive stereotypes, negative outcomes: Reminders of the positive components of complementary gender stereotypes impair performance in counter‐stereotypical tasks. British Journal of Social Psychology, 57(2), 482-502.

Mishra, S (2021). Benevolent Sexism: When Sexism Sounds Friendly. EPOWERed Newsletters. https://berkeley.qualtrics.com/jfe/form/SV_6m3MFdJYaChkZIF

Spencer, S. J., Logel, C., & Davies, P. G. (2016). Stereotype threat. Annual review of psychology, 67, 415-437.

著者紹介:松澤 勝充(Masamitsu Matsuzawa)

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神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供するBerkeley Hass Global Access ProgramにJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。採用や人材育成、評価制度など、企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発した3カ月プログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座を展開している。

(お仕事の依頼はこちらから)
https://www.linkedin.com/in/masamitsu-matsuzawa-funwithhr/

著者紹介:池田 梨帆 (Riho Ikeda)

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株式会社EVERY インターン

2021年5月、世界トップクラスの心理学部、University of California, Berkeley(以下UCバークレー)心理学部を卒業。在学中、UCバークレーのビジネススクール、Haas School of Businessのダイバーシティー・ジェンダー研究室で研究助手を務める。心理学を使うことで、人の思考や、グループ内のダイナミズムなど目に見えない要因を可視化し、効果的な問題解決をすることができると考え、特に心理学を使ってビジネスの効率性を上げることに興味がある。2021年8月より、George Mason University大学院で、Industrial Organizational Psychology(産業組織心理学)を学ぶ。
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