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本気で好きになってしまった人

ある職場で出会った人だった。
第一印象は
「この人、当たりだな」

前の職場の上司とは全く馬が合わなかった。
何をするにしても小言を言われて、
そんなに真面目に取り合わなくていいのに、
言われる全てを真に受けて、
毎朝何かに脅されるように起き、鏡に向き合えば吐き気がし、お腹が痛くなった。
たぶん私が新参者のくせに、上司ができないことをこれならできます、と言ったことが気に食わなかったんだと思う。
とはいえ、そんなにすぐに辞めるわけにもいかなくて、職場には行くだけ行った。
心を殺した。何を言われてもいいように。ただ、言われたことを淡々とこなす。あまりにリモコン人間なので、グループ長が陰で上司に、Iさんの働き方はまずい、お前がちゃんと指導しろと言っているのが聞こえた。
何も感じないように振り切っていたら、何にも興味がなくなってしまって、大好きな美術館もチラシを見るだけでうざったくなり、食べ物も味がしない。
心がないなら毎日向き合っているパソコンとなんら変わらんよな、いや、パソコンの方が正確やし、私より有能ちゃうか…?と思ったりした。


そんな中での転職だった。
その人は所謂体育会系の、野球が大好きな30半ばの人だった。
はじめは普通に好印象な、背筋が伸びてスーツが似合うなんでもできる優秀な人だと思っていた。
というか、その人が部署を回していた。
なのに、その人には役職がないと後で知った。

感情の高まりはなかった。
好きでも嫌いでもなかった。
なんなら私は野球部より断然サッカー部派だった。
だから私は化粧もろくにせず、洗顔後の顔に直接、眉毛だけ描いていた。


3ヶ月が経った。


人手が足りなくて、初めて休日出勤した。
課長がはちゃめちゃなことを言うせいで、私はある業務の判断をし兼ねていた。
こんなん、無理やわ!どうするん!
そう思って、その人に相談した。

「確かにこの段取りやと厳しいかもしれんけど、多分なんとかなるわ!」

その人に言われて安心した。
そして、

「うまく折り合いつけて、決めるところは決めていく。それが仕事やで。結果が良ければええんや」

みたいなことを言われた。

で、私はその人を好きになってしまった。
え?それだけ?
そう、それだけ。
あの時の、その人の言葉さえも朧げで、記憶が20%ぐらいになって感動が薄まってしまっているけれど、
あの瞬間の「好き」な感情は異常だった。

仕事経験豊かで、何でも知っていて、人間関係をうまく取りまとめながら、決めるべきところは押さえていく。困った時には的確なアドバイスや指示をくれるし、ちょっとした笑わせるような雑談だってしてくれる。みんなの前に立って堂々と指示を出す姿はとても輝いていた。体力だってもちろんある。私が持っていないものを全て持っていた。

もう、完璧だった。
ただ、既婚者で子どもがいた。
好きになっても、最初から叶わなかった。
告白なんてしない。ましてや、不倫する気は全くない。そんな無駄で無謀で損しかしない茨の道は絶対に歩まない。
既婚で子持ちじゃなかったら、距離を縮めるのにな。
現実は無理だけど。
でも、どうしてもどうしても好きだった。

好き、が突っ走ると、毎日がキラキラ輝き出した。
ちょっとだけ早起きして、ナチュラルフルメイクで出勤した。笑顔が多くなって、声にも張りが出た。
職場では私の突然の変わり様に
「Iちゃん、どうしたん?好きな人でもできたか?」
とか聞かれるし、今まで誘われなかったのに
「ご飯行こうや!」
とか誘われるし、しまいには
「Iちゃん、やっぱ化粧した方が映えるわ。きれいやわ。」
とか直球で褒められた。

でも、当の本人からは何にも言われなかった。

言われなかったけど、私が好きオーラを発していることには一瞬で気づいた。
おっ。//
ってなった瞬間を私は見逃さなかった。

斜め前のその人の席から、普段は顔が見えることなんて全くなかったのに、わずか3cmぐらいしかない隙間に絶妙に顔が見えることが増えた。
反対に、声をかけると目を合わせてくれることが減った。
その人の近くを通るとフェロモンを感じた。こんなの初めてだった。

私は好きが押さえられなくて、まぁ告白しないし、プライベートでデートに誘うこともないんだから迷惑をかけなければ無害と思って、事あるごとに「凄いですね」「流石です」と言い出した。

任期満了の間近になって、ショートメールで業務のやり取りしている最後に、多分その人がちょっとしたノリで
「褒めてよ!」
って言ってきたので、間髪入れずに
「最高にかっこいいKさんが上司で毎日楽しいです。Kさんが上司で本当に幸せです。明日もよろしくお願いします。」と送ったら、一瞬で既読になったけど返事がなかった。

翌日、いつものように
「なんでそんなに仕事できるんですか?憧れます。私もKさんみたいになりたいです」とキラキラした目で言ったら
「あかん!」
と言われた。

「俺、みんなと同じ平社員やで。働きすぎなんよ」

絶句した。

え?うそやん…。
毎日毎日早出して残業して、子どもの顔はいつも寝顔しか見とらんって…。
それでいて、与えられた業務を「仕事なので」で割り切り、愚痴ひとつ漏らさずとことんやり込む。
膨大な量。
さらに凄すぎる…。超越や…。


けれど、その人にとってもどうにもならないメンタルの時があった。
トップの鶴の一声で、既に大量の業務に追加でさらにしんどくなる…。限界だったんだろう。
普段、弱音ひとつ吐かないその人が、デスクでパソコンに向かっていた状態を起こして、ひどく椅子の背もたれに寄り掛かって
「Iさん、これどう思う?褒めてや!」と言ってきた。
「いや、本当に凄いです。Kさんしかできないから頼まれるんですよ。Kさんがやらなかったら、とっくに契約破棄で終わってます。」
ふーむ。
その人が気を取り直して送ったトップへの返事は
「頑張ります」の一言だったが、翌日には完璧なる業務完了報告がされていた。

弱音を吐いてくれてものすごく嬉しかった。
弱いところは気を許した人にしか見せないし、言わないと思うから。特にあのタイプの人間は…。


全く淡く無い、確固たる好きな気持ちは
会えば会うほど、話せば話すほど、強くなってしまう。
けれど、どうしようもない。
行き場を失った思いは時間に身を任せて泳がせて、
新しい経験を積んで、私は私で強くなろう。
良いことがあったら、成長したら、笑顔で報告しよう。

私もよくがんばったね、って言われたいのに
そんな甘いことは言ってくれないくせに、
褒めてや!って言ってくる矛盾。

けど、それでいいんだ。

与えて与えて与えまくる。
見返りなんていらない。
いてくれるだけで、嬉しい。


遠い存在になってしまった今も
あの幻のような日々はたまにふと思い出す。


なんとも言えない、言葉にならない感情に
私をさせてくれてありがとう。

そして、あんなに霞んでいてしんどかった日常をとんでもなく輝かせてくれてありがとう。


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