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えみりあ/emilia
2024年7月23日 15:21
救急車で運ばれた先の病院で、ひと通りの検査と、足のかすり傷の処置、目の洗浄をしてもらうと、もう空が白み始めていた。搬送される直前からずっと、真がそばについて離れようとしなかった。「入院するほどではないので帰って大丈夫ですよ。ただ、怪我の様子とか、体調の急変がないかとか、様子見させてもらいたいので、1週間後にまた来てください」真が、心の底からホッとしたように「ありがとうございました。良かったね
2024年7月23日 00:11
険しく歪んだ信子の顔が、急に菩薩のように穏やかになった。「マコちゃんはいいところにお勤めだから、あなた何もしなくて良くて、楽でしょうがないでしょう?」「子育てと2人分の介護で働きたくても働けません」瑠璃は淡々と答えた。「うらやましいわぁ。私も、そんなお嫁さんになるはずだったのに」信子の耳には何も聞こえていないようだった。(なんで、うらやましいわけ?)今、真と離婚したら、生活能力がない
2024年7月22日 20:27
(もしも、真さんや真珠が誰かのせいでアレルギー症状を引き起こしていたら)そう考えると、だんだん腹が立ってきた。意図的にそんなことをやるとしたら、行方がわからなくなっている義人や、意識のない状態で発見された幸代と最後に会っていただろう、あの人しか考えられない。瑠璃の頭の中で、真っ赤な口紅を塗った信子の唇がニヤリと動く。(あのくそババア、許さない)瑠璃はタブレットの電源を入れると、メモ帳を立
2024年7月21日 10:36
駅から家まで、いつもとは違う道を足早に突き進んだ。いつも歩く緩やかな坂に比べて急な坂を早歩きしているので、息が上がってきた。マンションが近づくにつれ、入居者用入り口の前にイヤホンを耳に挿してスマホのようなものを凝視している男が見えた。白いワイシャツに黒色のズボン姿の見覚えのある姿。四角いビジネスリュックを背負ってる。(この人、この前もいた人だ)瑠璃は顔を隠すようにして男の横を小走りして通
2024年7月21日 00:14
家を留守にするのは気が引けた。盗聴器をつけた犯人が信子なら、合鍵を使って家に入る可能性がある。(でも、真珠に会いたい)瑠璃は裁縫箱から黒い糸を取り出すと、玄関の扉の前にしゃがんで、自分のくるぶしの高さに1本、膝の高さに1本、糸を張った。これで家への侵入を撃退できるわけではないのは、わかっている。相手がかえって逆上するかもしれないことも、わかっている。ただ、『おとなしくやられっぱなしでい
2024年7月19日 15:53
「親父に訊いてみたけど、『小川』に戻ったのは知らないって」真珠の面会を終えて遅くに帰ってきた真は、真っ先に信子の名前の話題を口にした。「認知症の症状で、信子さんから聞いたのに忘れてる、っていうことはない?」真は「そういう可能性もないわけじゃないけど……」と、言いかけて、激しく咳をした。瑠璃は冷蔵庫で冷やしていたお茶をグラスに入れて、真の手元に置いた。「信子さんに会って確認する、って。手紙
2024年7月18日 23:37
(そうだ、私も証拠を押さえておかないと)瑠璃はテーブルに置いていたスマホを片手に、コンセントの前でしゃがんだ。配線が剥き出しになったコンセントの内部に、異物感のある黒い物体が隠れている。瑠璃は、シャッター音の出ないカメラアプリを立ち上げると、黒い物体の画像を何枚か撮った。玄関が騒がしくなった。電気屋さんと警察官の3人が、鍵をかけずにいた玄関扉を開けて、家に入ってきたらしい。リビングの扉が
2024年7月17日 23:24
ネットで調べて連絡した電気工事の業者は、「漏電しているかもしれない」と、飛んできた。父親くらいの年齢に見える男性は洗面所にあるブレーカーを手際よく操作した後、問題のコンセントの前にしゃがみ込んだ。(いよいよだわ)持ってきた工具がコンセントカバーに押し当てられた。瑠璃は両手を胸の前で祈るように組んだ。カバーは瑠璃の想像よりも簡単に外れた。「なんだ、これは」男性が恐る恐るコンセントカバー
2024年7月16日 23:02
真の咳が聞こえた気がして目が覚めた。真はクリニックに行ってから咳がおさまって、金曜日と週末には真珠の面会にも行けたというのに、咳がぶり返しているのだろうか。寝室はうっすらと明るくて、隣に真はいなかった。「おはよう。早起きだね」真はリビングでプラごみの袋の口を結んでいる最中だった。(そうか、月曜日か)瑠璃はあくびをして、目頭を指先で押さえた。「ごめん、起こした」「5時? 真さん、何時
2024年7月15日 18:53
真珠は日当たりの良い窓際のベッドで気持ちよさそうに寝ていた。今日の担当だという若い女性の看護師が「午前中は色々と検査をして、頑張っていましたよ」と、そっと真珠の頭を撫でた。真珠の寝顔を無音で撮影のできるカメラアプリで撮影する。真珠が起きた時にそばにいられるように、瑠璃はベッドサイドにパイプ椅子を置いて、座った。(そうだ、あの会社を調べよう)瑠璃はマンションを出る直前に撮った画像を確認して
2024年7月14日 22:51
どこかの家の物音で目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む光は弱い。隣に寝ているはずの真の咳が遠くで聞こえた。リビングに向かうと、真が身支度を済ませて出勤しようというところだった。「おはよう。ごめん、起こした」真は激しく咳込んだ。「今、何時?」瑠璃は目を凝らして時計を見た。「5時10分」真は話すたびに苦しそうに顔を歪めた。「5時? 真さん、一体何時から起きてるの?」「4時くらい
2024年7月13日 16:09
連休後半の4日間は真と真珠の体調をうかがいながらの日々だった。真も真珠も寝ている時間が長く、瑠璃は1人リビングで盗聴電波について調べたり、時々小蝿退治に奮闘したり、誰かに付きまとわれないだろうかと神経を尖らせながら食料品の買い物に出かけたりして過ごしていた。体を休めているというのに、真と真珠の2人は回復するどころか、時々、咳をするようになった。退院から2週間後の診察を連休明けに予約しているの
2024年7月11日 22:41
夕方の子供向けの番組を見ずに、真珠はリビングで寝てしまった。まさか、また体調不良だろうかと熱を測っても36.7度しかない。(このまま様子を見るしかないのかしら)玄関から、金属がこすれ合うような甲高い音がした。廊下に出てみると、真が今にも崩れそうな足取りで「ただいま」と、リビングに向かってきた。「早かったね」真は何も言わず、ただ小さく頷くだけだった。仕事の疲れもあるのかもしれないが、だ
2024年7月10日 23:58
土を掘るような音は明け方近くまで続いた。雨は朝を迎えても強く降り続けて、空は重い灰色の雲に覆われている。瑠璃は大きなあくびを手で覆った。眠れなかった。音はお隣のベランダの方から聞こえてきたけれど、わざわざベランダに出て、お隣のベランダを覗き込むわけにもいかず、もやもやした気持ちを抱えながら音を聞いていた。時計の針が6時を指そうとしている。寝室から、真が目覚まし時計代わりに使っているスマ