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山手の家【第51話】

真珠は日当たりの良い窓際のベッドで気持ちよさそうに寝ていた。
今日の担当だという若い女性の看護師が「午前中は色々と検査をして、頑張っていましたよ」と、そっと真珠の頭を撫でた。
真珠の寝顔を無音で撮影のできるカメラアプリで撮影する。
真珠が起きた時にそばにいられるように、瑠璃はベッドサイドにパイプ椅子を置いて、座った。
(そうだ、あの会社を調べよう)
瑠璃はマンションを出る直前に撮った画像を確認して、所有者名に記されていた会社の名前を検索した。
検索結果の1番上に表示されたリンク先に飛ぶと、画面に『どんな不動産でも買取します』というメッセージが踊った。
(南山手4丁目? うちのすぐ近くだ)
会社概要のページをスクロールして、瑠璃は思わず「あれ?」と、漏らした。
(関連会社のこの会社って、リフォームの施工業者だよね?)
もう1度、工事計画書の画像を呼び出す。所有者名の1段上にある施工業者の名前と、601号室を所有している不動産会社の関連会社の名前が一致した。
(不動産会社が物件を買ってリフォームかけて、販売するのはよくある話か)
ページの1番下にあるページ一覧の中から『サービス』の項目を見つけてタップする。
表示されたページを眺めていた目が、『提携先 西内行政書士事務所』の文字をとらえた。
(西内行政書士事務所って、お義父さんの友達の西内さんのところ?)
瑠璃は画面のスクリーンショットを撮ると、真にマンションの1階に張り出されていた工事計画書の画像と、今撮ったばかりのスクリーンショットをセットにして送った。
しばらくして真から返信が届いた。
<そんなことより、真珠の体調は?>
瑠璃は真珠の寝顔の画像に「検査でお疲れのようです」と、メッセージを添えた。



面会を終えて、前日と同じく待ち合わせ場所の電車の改札前に行ったが、真の姿はなかった。
メッセージアプリを立ち上げると、いつの間にか真からメッセージが届いていた。
<クリニックのお会計に時間がかかった>
瑠璃は、文章で返事を返す代わりに、親指を立てたマークを送信した。
10分ほど経過して、真が改札の向こうに現れた。
「お疲れさまです」
「瑠璃さんもお疲れ。クリニックで吸入したら楽になったよ」
「晩御飯、どうする?」
「今日は食べて帰ろう。うちの手前の、あのラーメン屋で、塩ラーメン食べたい」
「そうしよう。じゃあ、行こうか」
2人は家の駅の中央口から出て、家の方向に向かって歩き出した。
歩き出してすぐ、大きな通りにかかる歩行者用信号でつかまった。
いつもなら駅から向こうに渡る人も、向こうから駅の方へ渡る人も、結構な人数がいるというのに、閑散としていた。
2人1組のペアで歩いている人がいると思いきや、それは巡回中の警官で、よく見れば交差点付近に何組もの巡回中の警官がいた。
目の前の大通りを、赤色灯をつけたパトカーが瑠璃たちの左手から右手側へ通過していく。
またすぐにパトカーが、今度は瑠璃たちの右手側から左手側へ走り抜けていく。
「やたら警察が多いな」
「パトカーも多いけど、2人1組のお巡りさんも多くない?」
「何か、あったのかな」
人の出も少ないけれど、大通りを走る車の台数も少なすぎる。いつもなら多くの車が走っているのに、パトカーが通ったきり、車を見ていない。
「そういえば、お昼に703号室の人っぽい人と、すれ違ったよ」
「本当? 挨拶した?」
「いや、してない。601号室の工事の張り紙に気を取られてたから」
真は真っ直ぐを見たまま、「そう」とだけ発した。
歩行者用の信号が青に切り替わる。
「ねぇ、昨日も同じくらいの時間に歩いているけど、人も車もこんなに少なかった?」
「ていうか、人も車もいなくて、パトカーと警官ばかりって、何だか気持ち悪いよな……」
夜になると、緩い坂にいつも無数に立つ、客引きと思しき人たちも今夜はいない。
街は不気味な静けさに包まれている。
真が食べたいと言っていたラーメンの店は、いつも通り店を開けていた。
店内に客はおらず、暇を持て余していたらしい店のスタッフは大慌てで厨房に立った。
いつものように食べ終わるまでに他の客が来るだろうと思っていたのに、瑠璃たちが店を出る頃になっても他の客が来ることはなかった。
「やっぱり、なんか変だよな」
店を出て、真が首をかしげた。
(誰にもすれ違わないなんて、なんかおかしい)
マンションの外壁が見えてきた。同時に、ちょうどマンションの正面のあたりに、うなだれている男がいた。男の横顔が光って見えるのは、どうやらスマホの画面を見ているかららしい。
マンションの入り口まであと少し、というところまで来て、男が白いワイシャツと濃いグレー色のスラックスを着ていることがわかった。
薄く、黒いリュックを背負って、耳にはワイヤレスのイヤホンを差していた。
男はスマホに夢中なのか、瑠璃たちが近くを通りかかっても顔を上げることはなかった。
(なんでよりによって、うちの前なんだろう?)
気味の悪さを感じて、思わず真のシャツの裾を掴んだ。
エレベーターに乗り込む間際まで真の影から男の様子を注視していたが、男の視線も表情も全く変化がなかった。
7階の自宅に帰って、荷物を下ろしてひと息ついていると、洗面所で手洗いとうがいをしていた真が「小バエを1匹やっつけた」と、戻ってきた。
「この家、やたら小バエ見るよね」
「どこから入ってくるんだろうな、こいつら」
真がリビングをぐるりと見回したその時、どこからともなく女性の悲鳴が聞こえた。
「外か?」
真がリビングのカーテンに手を伸ばす。
「いやぁぁぁ」
女性の悲鳴が再び上がった。悲鳴がおさまると、今度は走り回っているような音が上から降ってきた。
真と視線が重なる。
瑠璃が真に視線を向けたまま天井を指差して首を傾げると、真は頷いた。
















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