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碓氷峠廃線ウォーク~鉄路と歴史と工学と…~

「碓氷峠廃線ウォーク」というイベントに参加しました。

ここで言う廃線とは、JR信越線の横川駅(群馬県安中市)~軽井沢駅(長野県軽井沢町)区間です。妻とともに、早朝、新幹線に乗り、軽井沢駅で下車。軽井沢駅出発、横川駅付近の峠の湯がゴールでした。お昼は、途中の熊ノ平駅にて、セットでついてきた「峠の釜めし」を食べました。絶品でした。

図 荻野屋峠の釜めし 廃線ウォーク仕様

1. 碓氷峠廃線ウォークとは

2018年に安中市が観光アクティビティとして企画、開催したのがはじまりとのこと。

北陸新幹線の高崎~長野間が開業する前の、信越線、横川駅~軽井沢駅間(以下、横軽区間とします)の鉄路を歩きます。通常は立ち入り禁止区域ですが、このイベントでは特別に入ることができます!

図 線路の間に流れる水(インスタ映えしそうです)

2. 横軽区間(碓氷峠)が難所の理由

横軽区間(碓氷峠)が難所の理由として、日本最大の急勾配区間であることが挙げられます。

横軽区間にある碓氷峠は、一般的な峠とは異なります。真ん中にピークがあり、両側が低い形の峠ではないです。

横川から軽井沢にかけて、ひたすら登ります。峠は軽井沢に近く、峠から軽井沢までは若干の下りがあるのみです。これが、碓氷峠が「片峠」と言われる所以です。

さらに、勾配が非常に急です。横軽区間は、最大66.7‰(パーミル)あり、1km進むごとに、66.7m上がります。これは国内最大の勾配でした。Google Mapの地形図版を見ると、山の稜線が南北方向に立ちはだかっているかのようです。

図 軽井沢駅近くの66.7‰標識
図 Google Map terrainモードのキャプチャ

この66.7‰の登り・下りは、平地を走る鉄道では歯が立ちません。

当初は2本のレールの間にラックレールを敷き、車両の下の歯車とラックレールをかみ合わせて進む「アプト式」が採用されました。

アプト式は、ドイツ発祥の鉄道システムで、ハルツ山地のルーベラント鉄道で採用されました。日本での採用例は、静岡県の大井川鉄道井川線とJR信越線横軽区間のみです。

信越線は、太平洋側と日本海側を結ぶ重要な路線であり、輸送力の向上も必要でした。当初は、アプト式路線に蒸気機関車を走らせていましたが、いくつものトンネルがあり、トンネル内にたまる煙・煤の影響で健康被害が出るほどでした。

そのため、明治後半には電化がなされました。当時の電化区間は東京の山手線くらいだったので、当時の政府がいかに力を入れた区間だったがわかります。

一般的な鉄道で採用される「架空電車線方式(架線からパンタグラフで集電する)」のではなく、「サードレール方式(第三軌条方式:レールの横から集電する)」が採用されました。東京メトロの銀座線、丸の内線や名古屋市営地下鉄の東山線などにみられます。サードレール方式となったのは、工期短縮のためだそうです。

その後、さらなる輸送力向上のため、ラック方式が廃止され、平地を走る鉄道と同じ「粘着運転方式」が採用されました。車輪とレールの間の摩擦力のみを利用して走行する方式です。

急勾配区間での粘着運転で問題になるのが、登りよりも下りです。下りで放っておけば、重力により、車両はどんどん加速し、ブレーキが効かなくなり、脱線転覆・大事故を起こします。(実際、横軽区間では、何度か事故が起きています)

そのため、横軽区間専用の補助機関車を連結し、運用することになりました。

アプト式、専用の補助機関車が必要になるほど、横軽区間(碓氷峠)は難所だったのです。

(補足) 鉄道と摩擦力の関係について

車輪とレールの表面は、一見すると金属光沢面でツルツルしているため、摩擦はないように見えますが、摩擦力がなければ、車両は動かず、車輪は空転し続けます。

車輪とレールの接触面を拡大すると、「線」で接触しているわけではなく、お互いがわずかに変形して「面」で接触しています。

図 面接触のイメージ

そして、この「面」では、車輪とレールがぴったりくっついているかというと、そうではありません。さらに拡大すると、両者の表面には「表面粗さ」と呼ばれる微小突起があり、微小突起が変形して荷重を受けます。ここを真実接触面と呼びます。真実接触面以外には、水や油などが入り込む隙間があります。

図 ミクロな面接触のイメージ(レールに比べて車輪が硬い場合)

このように、物体のミクロな接触状態が摩擦力を生み、車両を動かしています。物体間のミクロな接触状態や負荷される荷重、物体間の相互作用、潤滑状態などから摩擦現象を明らかにする学問を「トライボロジー」と呼びます。

ラック方式では、歯車間の摩擦力以外に、歯車を駆動する力もはたらくため、粘着運転方式よりも急勾配に対応可能となります。


3. 電気機関車EF63(ロクサン)とは

専用の補助機関車は「EF63(ロクサン)」と呼ばれます。蒸気機関車のC62が「シロクニ」、D51が「デゴイチ」と呼ばれるのと似ています。「峠のシェルパ」との愛称もあります。

急勾配区間の補助機関車だけあって、特別仕様になっています。EF62とも似ていますが、機能は全く異なります。

下り線の上り勾配(横川⇒軽井沢)では、客車をプッシュして登ります。逆に、上り線の下り勾配(軽井沢⇒横川)では、客車をプルして下ります。

このとき、機関車と客車は「協調運転」という方式をとり、客車は、協調運転専用仕様でなければ、峠越えができない仕組みでした。協調運転が可能な車両かを判断するために、車両番号の前に「●」をつけて区別したそうです。(例:●189系など)

下りの際、キーになるのが「電磁ブレーキ」です。電磁力で車体とレールを密着させて摩擦力でブレーキかけます。ほかにも、様々な安全装置が装備された特殊機関車です。

また、特急車両の台車枠についている「ヨーダンパ」も装備されており、車両の横揺れ防止(蛇行動防止)に役立っています。

蛇行動は、レールの状態にもよりますが、高速になるほど激しくなる傾向があり、最悪脱線の危険もあります。


4. 横軽区間の特徴

以下は、イベントの引率者から聞いた話です。

①乗り心地が悪くなる?

登り勾配では、客車を支える空気バネの空気が抜け、乗り心地が悪くなるそうです。客車は空気バネの上に乗っており、これが振動を吸収します。

空気バネについては、ボルスタレス台車をご参照ください。

登り勾配では、EF63は客車をプッシュしますが、その際、連結装置に大きな力がかかります。上り勾配で加速すると、最悪の場合、連結器が座屈・破損する恐れがあるそうです。

また、勾配を登り切ったあとの平坦区間に差し掛かる地点で、空気バネに空気が入ったままだと、台車と空気バネがずれてしまいます。

そのため、登り勾配に入る前に空気を抜くのですが、これが、乗り心地が悪くなる原因です。

②EF63が残した痕跡

よく観察すると、左右のレールの継ぎ目がずれているのがわかります。これがEF63の残した痕跡とのこと。

図 左右のレールの継ぎ目がずれている

車両がカーブを通過する際、左右のレールに加わる摩擦力が異なります。特にEF63は、客車のプッシュ・プルにより大きな力を受けます。そのため、カーブの外側のレールと車輪の摩擦力が大きくなり、固定されたレールを徐々にずらしていきます。

平地のレールでもそうですが、カーブの内側の車輪は滑走状態になり、「キーキー」と音がなります。

このようなズレが発生すると、レールを止めるボルトがせん断され、破断に至ります。

破断の頻度はわかりませんでしたが、急勾配区間の安全担保は平地以上のはずなので、メンテナンスにかなりの労力と費用がかかったはずです。

(補足) 継ぎ目なしレール(ロングレール)

最近の鉄道では、ロングレールといって、継ぎ目なしレールになっていることが多いですが、横軽区間では継ぎ目が多かったです。

ロングレールは、ある長さのレールの末端を斜めに切り、斜めの面同士を接合します。継ぎ目が、列車進行方向に対して角度を持つため、振動を小さくできるのが特徴です。

ロングレールでない場合は、進行方向と継ぎ目が直角になるため、電車特有の「ガタンゴトン」という音がします。横揺れも大きいです。

ロングレール区間を走る電車では、「ガタンゴトン」よりも「ヒュー」という音で、かなり静かです。最近の電車は、ヨーダンパ装着車も多く、横揺れ、蛇行動も小さく、快適です。

③下り勾配×トンネル出口×橋梁の怖さ

下り勾配では、緊急時に、急ブレーキをいかに早くかけるかが重要です。その判断を難しくするのが、トンネル出口付近であり、その先に橋梁があれば深刻な事故になる可能性もあります。

下り勾配では、常にブレーキをかけることで一定速度で走行しますが、もし、出口に倒木や落石を確認したら・・・出口手前500mで見極め、さらに急ブレーキをかけて停止させる必要があります。

横軽区間は山岳地帯なので、倒木や落石の危険もあります。もし、止まれなかったら?脱線転覆して、橋梁から谷底に落ちる可能性もあります。

だから、「ここが一番怖いところだった」と当時の運転手は語ったそうです。

以上のように、レールやEF63のメンテナンスだけでなく、横川駅、軽井沢駅でのEF63の結合・分離とその待ち時間、そして、運行に要する精神的負担を考えると、非常に過酷な区間だったと想像します。

図 トンネル出口付近の様子。この先に障害物があり、橋梁もあったら?

④信号をあえて少なくしている

信号の数を少なくすることで、横軽区間を同時に走行できる列車の数を制限しているとのこと。これにより、事故が起きた時の影響を最小限に抑えられるそうです。

たしかに、平地と比べて、ほとんど信号がなかったです。首都圏都心部では、信号の数を多くして、たくさんの列車を同時に走らせています。

⑤枕木のくびれ

平地の在来線の枕木と比べると、横軽区間の枕木は真ん中が凹んだ形になっています。

特殊仕様のために重くなったEF63の重量に耐えつつ、勾配による摩擦によるレールのズレを抑えるための工夫だそうです。

図 枕木の真ん中が凹んでいる


5. 横軽区間は今昔問わず、電車は特別仕様?

信越線の横軽区間は、北陸新幹線(当時は長野新幹線)の高崎~長野区間開通とともに廃線になりましたが、北陸新幹線も急勾配の問題に当たりました。

新幹線では碓氷峠トンネルが作られましたが、この碓氷峠トンネルを抜けるとき、30‰の急勾配を上り下りすることになります。(66.7‰よりはマシですが)

そのため、北陸新幹線のE7、W7系新幹線は、この勾配に対応するため、ブレーキ性能を向上させています。昔も今も、横軽区間を通る電車は、特別仕様だと言えます。


6. まとめ

信越線 横軽区間には様々な工夫が取り込まれていることがわかりました。鉄道好き、かつ、工学、中でも、機械工学、電気工学を専攻した人であれば、たまらない要素が盛りだくさんかと思います。

鉄道は、航空宇宙、原子力と並び、求められる安全性レベルが非常に高いと言われます。それは、どれも、ひとたび事故を起こせば、多数の人の命を奪いかねないからです。

アプト式、粘着運転方式の期間は、数十年と短い期間でしたが、当時の技術を結集した結果、得られたものとも言えます。

このような廃線ウォークというイベントだけでなく、工学部学生への教育としての活用の仕方もありそうです。例えば、機械工学や電気工学のフィールドワークの一環として訪れ、現物を見ながら、教科書の内容を講義するなど、面白そうです。

自然の中かつ廃線という非日常感も味わえる、非常に面白いイベントだと思いますので、読者の方々、ぜひ、参加いただけたらと思います。


7. 参考文献

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