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大人がハマる昆虫研究

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40になって知ったディープな昆虫の世界。身近な環境も、視点次第で宝の山に。
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#サイエンス

菌食性甲虫つれづれ

菌食性甲虫つれづれ

菌食性甲虫というのがいる。菌食性とは、キノコを専門的に摂食するという意味だが、それらが食べるキノコは、人間が食べるような柔らかいキノコではなく、朽木や立ち枯れについているカワラタケのような硬いキノコであるのが普通である。山中を歩いていると、このような硬質キノコがたくさん付いている立ち枯れなどがよく見つかるが、それらを見て回ると、たくさんの小甲虫が群がっていることがある。

これらの菌食性甲虫は、ど

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ヒルガオハモグリガの謎―身近な小蛾類の不思議な生態―

ヒルガオハモグリガの謎―身近な小蛾類の不思議な生態―

ヒルガオハモグリガBedellia somnulentellaという蛾がいる。開張(翅を広げた大きさ)が1 cmほどの小さな蛾である(下写真)。

本種はその名の通り、幼虫がヒルガオ類の葉の内部に潜って、表皮を残して内部の組織を摂食する。いわゆる小蛾類と呼ばれる小型の蛾の幼虫は、このような潜葉性の生態を持つもの(リーフマイナー)が多い。幼虫の潜葉食痕(マイン)は、下写真のような感じ。ヒルガオ類は、

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原始的鱗翅類 コバネガ

原始的鱗翅類 コバネガ

鱗翅目(チョウ目)は、昆虫の中でチョウや蛾を含む巨大な分類群であるが、その中で、コバネガ科という原始的な仲間がいる。一般に、チョウや蛾の成虫は、花の蜜や樹液などを吸うためのストロー型の口器を持っているが、コバネガの成虫にはそれがない。また、コバネガの幼虫は、他の鱗翅目の幼虫が目もくれないジャゴケ類を食べることで知られている。成虫の発生時期は短く、時期は種によって異なるが、春先から初夏にかけて、1か

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クチキクシヒゲムシ―甲虫の捕食寄生性つれづれ―

クチキクシヒゲムシ―甲虫の捕食寄生性つれづれ―

邂逅 トップ画像の虫を知っている人がいたら、相当な甲虫マニアだろう。あれは、2018年の5月下旬のことだった。4歳(当時)の次男と神奈川県西部の明神ヶ岳を登山中、登山道脇のスギ?の樹幹に、やや大型の甲虫がとまっているのを発見した。一瞬、コフキコガネかと思って素通りしようとしたが、コフキにしては体形が細長いし、発生時期がまだ早い。立ち止まってよく観察すると、頭部にカミキリムシのような大顎があるではな

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河口の中洲は宝の山―汽水性ゴミムシを探そう―

河口の中洲は宝の山―汽水性ゴミムシを探そう―

はじめに 汽水性ゴミムシ類という虫がいる。いわゆるゴミムシ類は、オサムシ科に属する地上徘徊性の甲虫で、あらゆる環境に多様な種が生息しているが、その中で、汽水性ゴミムシは、河川の河口近くに生息環境を見出したゴミムシ類である。そのような特異なニッチを利用する生態のため、開発によって生息環境が消失しやすく、都道府県レベルで絶滅危惧種に指定されていることが多い。

2023年4月現在、神奈川県では汽水性ゴ

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湿岩性甲虫探し―ニッポンセスジダルマガムシ―

湿岩性甲虫探し―ニッポンセスジダルマガムシ―

はじめにニッポンセスジダルマガムシOchthebius nipponicusという水生甲虫がいる。トップ画像に示したようにカッコイイ形態をしているが、体長が1.5 mmほどしかない微小種である。前回紹介したクロサワツブミズムシとコマルシジミガムシと同様に、湧水が薄く広がって流下する崖の壁面に生息する湿岩性の甲虫である。

前2種と違って、ニッポンセスジダルマガムシは主に海岸沿いの崖に生息するという

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湿岩性甲虫探し―クロサワツブミズムシとコマルシジミガムシ―

湿岩性甲虫探し―クロサワツブミズムシとコマルシジミガムシ―

水生昆虫は、大きく分けて止水性(池など)と流水性(河川など)に分かれるが、流水性の一部に、「湿岩性」の昆虫がいる。湿岩とは、流水が薄く広がって流れ落ちる崖の表面のような環境である。このような特異なニッチを利用する水生昆虫が、カゲロウやカワゲラのような原始的な仲間のほか、トビケラや甲虫からも知られている。調査している人がまだ少ない分野であるため、私の探索記を紹介する。

神奈川県央を流れる相模川では

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微小甲虫の楽園としての「芝生の裏側」―チビミズギワゴミムシとコケシマグソコガネ―

微小甲虫の楽園としての「芝生の裏側」―チビミズギワゴミムシとコケシマグソコガネ―

はじめに私が現在居住する賃貸住宅の庭には5 $${\text{m}^2}$$ほどの小さな芝生がある(下写真)。

いくら虫屋でも、こんなつまらなそうな場所でわざわざしゃがみ込んで虫を探そうという発想にはなかなか至らないものであるが、たまたま妻に頼まれた作業を玄関前で行っていたのがきっかけで、この芝生にチビミズギワゴミムシとコケシマグソコガネが生息しているのを発見した。いずれの種も、こんな身近過ぎる

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アキノヒメミノガ―身近なミノムシの謎の多い生態―

アキノヒメミノガ―身近なミノムシの謎の多い生態―

はじめにアキノヒメミノガ Bacotia sakabei Seino, 1981という虫がいる。ミノガ科(いわゆるミノムシ類)に属する小型で焦げ茶色の地味な蛾である。ミノムシ類は、幼虫が植物質の材料を綴り合せて作ったポータブルケース(ミノ)を背負って暮らす生態で広く知られている。また、下手に自然度の高い所よりも、人間の居住環境近くの方が多く見られるため、蛾類の中では特に身近な仲間である。その中で、

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コマルガムシ―神出鬼没すぎるその生態―

コマルガムシ―神出鬼没すぎるその生態―

2022年5月中旬のこと、近所の行きつけの相模川で水際の微小ゴミムシ類でも調べようと石を起こしたところ、微小で細長い水生甲虫がゴマ粒のように大量に浮き上がってきて驚いた。

何だこれは?一見してガムシ科だが、見たことがない。ツヤヒラタガムシに形態が似ているが、ツヤヒラタは翅の端部が明るい色に見えるはずだし、これより一回り大きいはず。本種は真っ黒で、体長2 mm弱しかない。調べると、本種はどうやらコ

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アリヅカコオロギは木に登る

アリヅカコオロギは木に登る

タイトルの通りで、だから何?という話かもしれないが、本当に木に登るのである。個人的にちょっとした発見だったので紹介する。アリヅカコオロギ類Myrmecophilus sp.という虫がいる。バッタ目に属するが、体長はわずか3 mmほどで翅もなく、珍奇な形態をしている(トップ画像参照)。この虫はアリの巣の中に生息し、アリから餌をかすめ取って生活することで知られている。この虫を含む好蟻性昆虫については、

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コモンシジミガムシとヒメシジミガムシ―最も身近な水生昆虫―

コモンシジミガムシとヒメシジミガムシ―最も身近な水生昆虫―

はじめにコモンシジミガムシとヒメシジミガムシという流水性の水生甲虫がいる。いずれも、開けた河川の河原の水際の石を動かすと、ワラワラと泳ぎだす個体がたくさん出てくるほどで、見つけるのは容易である。個体数の多さとその見つけやすさから、最も身近な水生昆虫といえるが、体長が2.5 mm前後と小さいためか、水生昆虫をやっている人以外では認知度は今一つである。

両種とも外見はよく似ているが、ヒメシジミガムシ

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ケシマルムシ徒然

ケシマルムシ徒然

2016年から始めた自分の浅い虫屋歴で、我ながらよく見つけたものだと未だに感心するのが、ケシマルムシである。

2018年の8月、神奈川県平塚市にある県立の「花菜ガーデン」に家族で遊びに行った折、園内にある水田の水際の泥をかき混ぜて浮いてくる水生甲虫を探していたところ、異様に小さい甲虫らしきものが浮いてきた。浮いた個体は水面でジタバタするばかりで泳げるようには見えなかったが、完全に水中から出てきた

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圃場整備された水田にはどれくらい水生昆虫が生息しているのか?

圃場整備された水田にはどれくらい水生昆虫が生息しているのか?

現在国内で止水性の水生昆虫が絶滅の危機に瀕しているのは周知の通りで、神奈川県においても、かつては水田で普通に見られたらしいナミゲンゴロウやタガメが姿を消してからすでに久しい。これら止水性水生昆虫の減少の原因として、水田における強力な農薬の使用や圃場整備による乾田化、中干しの強化等の稲作の近代化の他、水田に付随するため池への侵略的外来種の侵入や護岸強化が挙げられている。このようなネガティブなイメージ

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