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ケシマルムシ徒然

2016年から始めた自分の浅い虫屋歴で、我ながらよく見つけたものだと未だに感心するのが、ケシマルムシである。

2018年の8月、神奈川県平塚市にある県立の「花菜ガーデン」に家族で遊びに行った折、園内にある水田の水際の泥をかき混ぜて浮いてくる水生甲虫を探していたところ、異様に小さい甲虫らしきものが浮いてきた。浮いた個体は水面でジタバタするばかりで泳げるようには見えなかったが、完全に水中から出てきたので、おそらく水生種。しかし、日本産の水生甲虫でこれほど小さい種は、少なくとも保育社の甲虫図鑑に載ってた記憶はないので、かなりの珍種を採ったかもしれない!と、その場で色めき立った。

採集地の花菜ガーデンの水田

帰宅後、採集した個体を検鏡しようと、虫を入れていた容器の内容物を湿らせたティシューの上に広げて顕微鏡下調べたが、どういうわけか見つからない。確か3匹採ったのだが?容器内に残った泥も顕微鏡下でかき分けたが、完全に行方不明。意地になって、後日現地を再訪して追加で2頭採集した(真夏の炎天下、水田脇に1時間這いつくばって、たったの2頭)。

以下、採集個体の写真。

小さい!体長は0.7 mmくらいしかない。ここまで小さいと脚や触角を広げるのが難しすぎる。付箋の上に貼り付けて、何とか触角だけ引き出した(下写真)。

触角のみ拡大

触角先端に長毛が生えているのが見える。

調べると、本種はツブミズムシ亜目Myxophagaに属するケシマルムシ科Sphaeriusidaeの甲虫と判明した。ケシマルムシ科は単一のケシマルムシ属Sphaeriusから成る小さな科で、南極大陸を除いて広く分布しており、世界で20種超が知られているようである。いずれの種も大変微小で、体長1 mm前後しかない。形態も、単純に丸くて黒い甲虫で特徴がないが、触角先端の球桿部に長毛が疎生しているのが顕著な特徴である。海外産も含めて、基本的に何らかの水界の水際などごく浅い止水域の泥や砂の中に生息しているが、中には、水辺から離れた林床の落ち葉の下に生息する種もいるらしい。

日本では、文献上の正式な記録は5例のみで、自分は5番目に当たる(以下の報文を参照)。自分より先に4人もいたことに驚いた。

齋藤孝明, 2018. ケシマルムシ属微小甲虫を神奈川県で採集. さやばねニューシリーズ(31): 26-27.

これまでの記録は、愛媛、栃木、埼玉、東京、神奈川だが、北海道を含む他の地方でも採れているようである(「ネイチャーガイド 日本の水生昆虫」)。今回自分は水田から採集したが、他の採集例は、河川の水際だったり、湧水が流れ落ちる岸壁だったりと、まちまちである。これらがすべて同種か不明だが、案外身近にあるいろいろな水辺にいるのかもしれない。

邦産種の種名がまだ未確定である。誰も研究していないのだろうか?極東で採れている種との比較検討が必要だろうが、ここまで小さいと実体顕微鏡では無理で、電子顕微鏡による検査が必要になるため、素人が手を出せる範疇ではない。

余談ながら、今回自分が本種を発見できたのは、たまたま水生甲虫探索を始めて間もない頃で、あまり先入観を持ってなかったことが功を奏したといえる。もしまだケシマルムシを未採集だとして、今の自分が水田の水際の泥をわざわざスプーンでかき分けて探そうと思うだろうか?今となっては、神奈川の平地の水田に生息する水生甲虫の種構成は大体把握してるし、調べるなら夜間に見に行った方が圧倒的に効率が良いし、真夏の炎天下にわざわざしゃがみ込んで泥を調べようとは思わないだろう。当時は、流水・止水を問わず、水際の浅い所を攪拌すると微小な水生甲虫が浮いてくるのを知ったばかりで、とりあえず水辺があればどこでも調べていたのが幸いした。ちょっとした視点の違いが結果を左右するわけで、虫採りも奥が深いものである。

あれから神奈川県内のあちこちの水辺の調査を続けているが、本種との遭遇には残念ながら恵まれていない。これは地道に続けるしかない。改めてコツをつかむべく、1年後に採集地の水田で追加個体を狙ったのだが、何とその年から花菜ガーデンは園内での生きもの採取が禁止になってしまい、職員の方に注意された。前年までは、ザリガニやドジョウ採りに興じる小学生がたくさんいたのだが。残念。

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