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微小甲虫の楽園としての「芝生の裏側」―チビミズギワゴミムシとコケシマグソコガネ―

はじめに

私が現在居住する賃貸住宅の庭には5 $${\text{m}^2}$$ほどの小さな芝生がある(下写真)。

図1. 自宅の狭小な芝生

いくら虫屋でも、こんなつまらなそうな場所でわざわざしゃがみ込んで虫を探そうという発想にはなかなか至らないものであるが、たまたま妻に頼まれた作業を玄関前で行っていたのがきっかけで、この芝生にチビミズギワゴミムシコケシマグソコガネが生息しているのを発見した。いずれの種も、こんな身近過ぎる環境に生息しているのはほとんど知られていないと思われるので、簡単に紹介する。

発見の経緯

2019年2月に現住所に転居した折、玄関前の石畳の端の縁石に沿って幅10 cm程の帯状に雑草がはびこっていたため(上写真の矢印部分)、妻に頼まれて、石畳表面に貼り付いている根ごと草を剥がしたところ、ゴモクムシ類の幼虫が現れた(下写真)。

図2. 石畳の草の根の下にいたゴモクムシ類の幼虫
けっこう大型。冬に幼虫で見つかるということは、秋繁殖種のゴミムシ類である。おそらく、ウスアカクロゴモクムシ?

さらに、剥がした根の下に微小な甲虫が数頭いるのを発見した。早速採集し顕微鏡で観察したところ、チビミズギワゴミムシと体長2 mm弱の微小なハネカクシ類数種が含まれていた(下写真)。

図3. 石畳の草の根の下から見つかったチビミズギワゴミムシ(左)とハネカクシ類(右)

ここで驚いたのがチビミズギワゴミムシPolyderis microscopicusである。本種は体長1.5 mmほどしかない微小種で、日本産オサムシ科甲虫で最小の種である。特に珍しい虫ではなく、水田の水際とか河川敷とかでも採ったことがあるが、こういう環境を探せば見つかる、というのがよく分からない種である。それが、住宅地の半ば人工的な環境に生息しているのが意外だった。

その後、たまに石畳の草を剥がして調べるようになった。とりあえず分かったのは、この草の根の下は、チビミズギワゴミムシと微小ハネカクシ類の恒常的な生息地となっているということである。

さらに、2019年9月には,この調査でコケシマグソコガネMyrhessus samurai 1頭を根の下から発見した。採集例が少ない、やや珍しい種である。このときは偶然かと思ったが、2020年4月に、玄関前に座り込んで、妻に頼まれた木工作業を行っていたところ、石畳の上を本種1頭が歩行しているのを発見した(下写真)。

図4. 石畳の上を歩いていたコケシマグソコガネ

2度も同種に遭遇したことから、これの生息環境は、石畳に生える草の根の下というよりも、芝生の方の根の下だろうと当たりをつけ、落とし穴トラップを仕掛けてみることにした。

落とし穴トラップ調査

2020年5月初め、芝生に1箇所穴をあけ、プラスチックのコップを用いた落とし穴トラップを設置した。穴は、中身の調査時以外は枯草を被せ、さらにその上に、雨除け用として透明プラスチックの虫かごを逆さにして被せておいた。

3週間仕掛けたところ、合計4頭のコケシマグソコガネが採れたのである。また、トラップの穴の底(プラコップの外側)の土をスプーンで掬い調べると、チビミズギワゴミムシが頻繁に見つかった。他、アカアシマルガタゴモクムシ、コガタヒメサビキコリ、クシコメツキ、ムネビロスナゴミムシダマシ、コスナゴミムシダマシがよく落ちていた。この小さな芝生にこれほど多くの種の甲虫が生息しているのが驚きだった(下写真)。

図5. トラップで採れたムネビロスナゴミムシダマシ
図6. トラップで採れたコガタヒメサビキコリ
図7. トラップで採れたコケシマグソコガネ
図8. トラップで採れたチビミズギワゴミムシ
図9. チビミズギワゴミムシとダンゴムシの比較
チビミズギワゴミムシの小ささが実感できる。

考察

チビミズギワゴミムシは、水辺よりも林床の湿った落ち葉の下等から得られることが多いようであるが、住宅地における採集例は寡聞にして聞いたことがない。私もゴミムシ屋として身近な環境を調べてきたが、本種は住宅地周辺の畑等でも見たことがない。今回の調査で分かったのは、本種は地表ではなく草の根の下に生息しているらしいということである。ゴミムシ類は夜間に地表に出て活動する種が多いが、本種は、地中で隠遁的な生活をしているため、これまであまり目に付かなかったのだろう。住宅地にある小さな緑地であっても、草の根際など湿り気のある土を掘り起こして丁寧に篩えば、本種も含めて意外な微小甲虫が見つかるかもしれない。

コケシマグソコガネは、過去の記録を拾うと、草の根の下からの採集例が散見されるため、元々このような環境に生息しているようである。文献を調べると、何と、ゴルフ場のグリーンのカップ(最後にボールを入れる穴)に本種が大量に入っていた事例もあるらしい。どうやら、芝生は本種の好適な生息環境のようである。また、芝の移植に伴って分布を広げていることを示唆する文献も見つかった。自宅の芝生に生息する個体も、元々、どこかで養生された芝生にくっ付いてやってきたのではないだろうか。

おわりに

今回の調査で判明した「芝生=微小甲虫の生息地」が、他の場所でも普遍的に成り立つのか、気になるところである。自宅に芝生のある方は、ぜひ調査されたい。また、改めて実感したことであるが、自宅の庭というあまりに身近な環境でも、目の付け所次第で面白い発見ができるということである。チビミズギワゴミムシの生活史や食性等の詳細な生態の研究も、やろうと思えば可能であろう(たぶん誰もやってない)。昆虫の研究は一生ネタに困ることはない。

※本稿の詳細については、以下を参照されたい:
齋藤孝明, 2020. 住宅地の芝生に生息するチビミズギワゴミムシとコケシマグソコガネ. 神奈川虫報, (202): 9-11.

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