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小説

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2023年11月の記事一覧

鍋をする話 4

 「いやぁ、まさか久我先輩が清景の部屋に来ているとは」
 「清景と打ち合わせの予定だったんだけど、用事が入って入れ違いになったみたいでね」
 「それで、たまたま部屋に来ていた私と鉢合わせになってな」

 琴占さんは補足を口にして、宇野君の前にコーヒーカップを置いた。
 湯気の上るカップの中身は黒一色ではなく、ミルクを落とした淡い色をしている。
 いつまでも玄関前で話し込むわけにもいかないので、居間

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鍋をする話 3

 コーヒーを傾けながら、琴占さんと俺は他愛のない話をした。
 バンドでの清景の様子やジェームズや俺、秋平との関係についてやサークルでの様子。
 琴占さんの執筆しているシリーズの話や小説家という職業の話。
 お互いに気になったことを、その都度話題に出して話を続けた。
 三十分も話し込んだ頃にはすっかり俺も目の前の琴占言海という女性を気に入っていた。
 流石はあの清景が好きになるだけあるな、といったい

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鍋をする話 2

 「コーヒーで大丈夫ですか?」
 「そんなに気を使ってもらわなくても……」
 「いえ、私が飲む所だったので」
 「それじゃあ、お願いします」
 俺が大人しく引き下がると、琴占さんはけして広くない台所でお湯を沸かし始めた。
 その様子を見て俺は一息吐く。
 家主不在のまま家に上がってしまった気まずさがある。
 ちらりと部屋の中を見回してみても、よく見知ったいつもと変わらない部屋のはずなのに妙に違う様

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鍋をする話 1

 「さて」
 目の前の女性と目が合った。
 相変わらずその双眸は強い意思を宿しているのが感じ取れる。
が、俺も彼女も浮かべているのは同じような苦笑だ。
 「どうしたものか……」
 部屋の中には三人いる。
 俺ともう一人、男が二名と女が一名。
 それぞれが絶妙な気まずさを抱えているので、全員が遠慮がちな苦笑を浮かべたままこの部屋の家主が早々に帰ってこないものか、ということを考えていた。

 ピンポー

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椎名秋平の話

 ――あぁ、くだらない。何もかもがくだらない。
 そう思った。
 本気で、そう思ってしまった。
 全部がどうでもよくなった。

 気が付いた時には目の前にいるセンパイを殴り飛ばしていた。
 鼻血を垂らしながら情けなく倒れるセンパイ。
 ギャーギャーと騒ぎ立てる周囲のメンバー。
 次第に集まっていく他の部員達。
 その中心で俺は拳を握ったまま立ち尽くしていた。
 後悔はなかった。
 これから自分がど

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