鍋をする話 4
「いやぁ、まさか久我先輩が清景の部屋に来ているとは」
「清景と打ち合わせの予定だったんだけど、用事が入って入れ違いになったみたいでね」
「それで、たまたま部屋に来ていた私と鉢合わせになってな」
琴占さんは補足を口にして、宇野君の前にコーヒーカップを置いた。
湯気の上るカップの中身は黒一色ではなく、ミルクを落とした淡い色をしている。
いつまでも玄関前で話し込むわけにもいかないので、居間のテーブルに戻ってきていた。
「お客さんがいるなら言っておいてくれよ。わかってたらあんな変なこと言わなかったのに」
「無茶を言うな。耕輔がいきなり来たんじゃないか」
呑気にコーヒーを啜る宇野君に琴占さんがため息を吐く。
清景と琴占さん、清景と宇野君がそれぞれ幼馴染であるのと同様に琴占さんと宇野君も幼馴染なので、なんとも気安い会話をする。
その様子が微笑ましかった。
「すんませんね、久我先輩。変なタイミングでお邪魔してしまって」
「いやいや、俺は別に構わないよ」
清景の家なので俺が構うかどうかはそもそも関係ないな、と思いつつも意外にも申し訳なさそうに謝る宇野君を制した。
「それに普段の清景と宇野君の関係が見れた気がして、ちょっと嬉しかった」
きっと清景はああいう場面を積極的に見せてはくれないだろう。
とはいえ、流石に恥ずかしさがあったのか宇野君は照れたように頬を掻いて、話題を替えた。
「つうか、清景は?」
「あぁ、学校に呼び出されてるみたいだ。そろそろ帰ってくるはずだが」
「なるほど」
宇野君は窓の外に視線を移した。
釣られるように俺も窓の外を見た。
外はすっかり暗くなっていたし、弱くも風が吹いているようで、枯れ葉の舞う風景はなんとも寒々しさを感じる。
「あー……、晩飯どうしよう……」
思い出してように宇野君が呟いた。
琴占さんは再び呆れたようにため息を吐いた。
一度項垂れて、それから顔を持ち上げて宇野君の方を見る。
「食べていけばいいだろう」
「いいのか?」
宇野君が提案を受け取らなかったのは、きっと清景と琴占さんの関係を大切にしてくれているからだろう。
琴占さんが忙しい合間を縫う様にしてこの部屋にやって来たということを知っているのだろう。
その上で、琴占さんも清景も、宇野君を放っておくことを良しとはしないし、きっと幼馴染三人の時間も大切にしたいのだと思う。
申し訳無さそうな宇野君を見て、琴占さんはニヤッと口角を上げた。
「今日は寒いし、人数もいるなら鍋にでもしようか」
「鍋か、いいね」
「耕輔はせめてご飯を炊いて来てくれ」
「合点」
「あ、久我さんもお時間が大丈夫なら是非食べて行って下さい」
「え、いや時間は大丈夫だけど……、悪いよ」
「いえいえ、どうせ鍋するなら三人より四人の方がいいです」
俺も男なので、美人の琴占さんに微笑みながら誘われれば断るのは難しい。
なんと答えたものか、と考えているところで玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー。言海も先輩も遅くなってすいません……って、あれ? 耕輔?」
琴占さんと宇野君が席を立った。
すぐに玄関から騒がしい声が聞こえてくる。
どうやら断る選択肢はないらしい。
一人、少し笑ってから俺も席を立った。
何鍋にしたらいいだろうか、なんて考えながら玄関を目指した。
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