鍋をする話 3
コーヒーを傾けながら、琴占さんと俺は他愛のない話をした。
バンドでの清景の様子やジェームズや俺、秋平との関係についてやサークルでの様子。
琴占さんの執筆しているシリーズの話や小説家という職業の話。
お互いに気になったことを、その都度話題に出して話を続けた。
三十分も話し込んだ頃にはすっかり俺も目の前の琴占言海という女性を気に入っていた。
流石はあの清景が好きになるだけあるな、といったい何処からの視点なのかもよくわからない感想をしみじみと抱いた。
「――それで最近は『Another World Stranger』っていうバンドの連中とよく一緒にライブするようになってね」
「あぁ、キヨからたまに名前を聞きますよ」
「ははは、お互いになんとなくメンバー同士の波長が合うからすごく気楽につるめるんだ」
晩秋の夕方は日が落ちるのがすっかりと早い。
気が付いた時には窓の外はすっかりと暗くなっていた。
そろそろ清景も帰ってくる頃だろうか。
琴占さんと話しながらもそんなことが頭を過ぎった時だった。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
琴占さんと目を合わせる。
「帰ってきましたかね」
「時間的にはそうじゃないかな」
「私、出てきますね」
俺が玄関に出るよりは琴占さんが出た方が無難だろう。
首肯を返してやると琴占さんは椅子から立ち上がり、玄関の方へ向かった。
もうそんな時間だったのか。
俺は残っていたコーヒーを口に流し込んで、スマホを確認した。
時刻は既に五時半を過ぎていたが、清景からのメッセージの類は来ていないようだった。
清景なら帰る前にメッセージぐらい送ってくれるだろう、という違和感があった。
もちろん急いで帰ってくるあまりメッセージを送り忘れるということもあるか、と思い気には留めなかった。
次の瞬間、玄関から響いた声を聞くまでは。
「キヨー!! 頼む!! 晩飯ごちそうしてくれ!! 明日になんないと金欠がヤバくて飯が食えねぇ!! ――――って、あれ? 言海?」
「……耕輔、お前……」
「……いや、違うんだ。たまたま、たまたまなんだよ、金欠。マジでヤバい。明日にならんとバイト代入んなくて、米しか食えねぇ」
「……」
「だから、清景におかずを貰おうと思って来たんだが……。清景は?」
「ハァ……、キヨなら出掛けてるよ」
「マジかよ。 ……どうしよう?」
明らかに清景ではない声と何やら問答が聞こえて、つい気になって玄関に顔を出してしまった。
「どうしようと言ってもな、耕輔、お前――」
「うおっ、え? お客さん?」
俺が顔を出したせいで驚かせてしまったらしく、琴占さんの言葉は途中で切れてしまった。
ここで居間の方へ戻っても仕方が無いので、玄関に完全に体を出した。
「えっ、と、ごめんなさい、なんか問答が聞こえたもんだから」
「いえ、こちらこそすみません、ちょっと訪問者が――」
「あー……。えーと、確か、久我先輩、でしたっけ?」
またしても訪問者は琴占さんの言葉を遮って、今度は俺の名前を呼んだ。
はて、会ったことのある相手だろうか。
訪問者の顔をよく見てみる。
そういえば、清景と一緒にいるところを何度か見たことがある気がし、それより以前にも会ったことがある気がする。
頭を捻って、思い出した。
「あぁ、宇野君か」
「そうです、そうです。いやぁ、お久しぶりです」
風島清景の幼馴染のもう一人、宇野耕輔は自分の名前を認めて、何度か首肯した。
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