鍋をする話 2

 「コーヒーで大丈夫ですか?」
 「そんなに気を使ってもらわなくても……」
 「いえ、私が飲む所だったので」
 「それじゃあ、お願いします」
 俺が大人しく引き下がると、琴占さんはけして広くない台所でお湯を沸かし始めた。
 その様子を見て俺は一息吐く。
 家主不在のまま家に上がってしまった気まずさがある。
 ちらりと部屋の中を見回してみても、よく見知ったいつもと変わらない部屋のはずなのに妙に違う様に感じてしまう。
 改めて、琴占さんの背中を眺めてみる。
 テキパキと動いている様子を見るに、彼女もこの部屋にすっかり慣れているのだろう。
 手持ち無沙汰にそんなことを考えていると、テーブルの上に置いたスマホが振動し、メッセージの着信を告げた。
 テーブルから拾い上げ、画面を見てみると清景からの連絡だった。
 いつの間にやら琴占さんが事の経緯を送っていたようだ。
 内容を要約すると、もう少し時間が掛かるので気にせずゆっくりしてくれ、ということだった。
 向こうも忙しいのか短く掻い摘んだメッセージだったが、しっかりと挟まるように書かれている、「申し訳ない」とか「迷惑を掛けてしまいます」なんて言う文言に清景らしさを感じる。
 「清景から連絡があったよ。琴占さん、いつの間に連絡してたんだい?」
 「さっき、隙を見て連絡しただけですよ。と、コーヒー出来ました。久我さんは……」
 「あぁ、ブラックで大丈夫だよ」
 「そうですか、では」
 俺の目の前にコーヒーカップが置かれた。
 指定のしたとおり、コーヒー以外には何も入っていない黒い液体からは良い香りがした。
 ここまできて遠慮するのもどうかと思い、コーヒーに口を付ける。
 程よい苦みがとコーヒーの温かさが心地よかった。
 俺がコーヒーを一口飲んでいる間に、琴占さんも自分のカップを持って対面に座った。
 それからしばし沈黙があった。
 お互いになんとなく喋り出せなくて、無言のままコーヒーを二口三口と煽った。
 「……その」
 先に口を開いたのは琴占さんだった。
 彼女はミルクを混ぜたコーヒーの入っている自分のコーヒーカップを包むように手に持って、意を決したようにこちらを見た。
 「その、清景はどうです?」
 「どう、っていうのは?」
 「いえ、その。私、キヨのバンド活動には出来るだけ関わらないようにしているので、普段どんな様子なのかな、と」
 琴占さんは居た堪れなくなったのか、目線を逸らしてそう訊ねてきた。
 その様子に、俺は思わず笑ってしまった。
 玄関先では底の知れない強さの片鱗を見たはずの女性が、今はすっかり俺達と歳の変わらない女の子になっていた。
 俺が笑ったことに琴占さんは慌てたのか、わたわたと忙しなく手を動かす。
 「いや、あの、ジェームズのやつからですね、定期的に聞いたりしたりはしてるんですが、やっぱり、その他の方の視点からの話も聞いてみたいなー、というか。その、清景が特に親しくしている久我さんとしてはどうかな、という感じでですね」
 要するに、自分の好きな人の知らない面を知りたい、ということだろう。
 わかりやすい質問動機があまりにも見え透いてしまって、更に笑ってしまいそうになったが、何とか堪える。
 今は、この子の質問に応えてあげることが先だろう。
風島清景がこの子を好きな理由とジェームズ・ハウアーがこの子を気に掛ける理由がなんとなく分かった。



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