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癌の治療を受ける母を見て思うこと ー 病の根底にあるのは自己同一化と自分の不在

日食の翌日から、蛾が纏わりつく夢を見て叫んで目覚めることが二度続いた。これは何かあるなと思っていたら、左上の奥歯が痺れるように痛むことに気づいた。眠っている間に食いしばっていたのだろう。中医学における歯と臓器の繋がりについて書かれた記事を読んだ。それによると、痛みがある歯は、胃・膵臓と繋がりがあるらしい。

日本にいる母が、月曜日にまた緊急入院した。昨年11月の膵頭癌摘出手術で結合した部分に癌が見つかり、切除が難しいと説明を受けたそうだ。また、胆管炎を発症しているため、化学療法は中止され、担当医と内科医が今後の治療について相談しているらしい。このことが、わたしの中でまだうまく消化しきれていないのだろう。

母から癌治療に関する報告を受け取るたびに、癌や臓器を「切除する」「消す」という表現に違和感を覚える。いくら癌化した部分を取り除いたとしても、癌化した根本原因は治癒していない。それはまるで「都合の悪い部分を(しかも他人の手で)除去し、なかったことにする」ようなものではないか。

社会内相対的自己=小さな自己が自分であると思いこみ、肉体を置く地上社会が世界のすべてだと思いこんでいると、それよりもはるかに大きな(というよりも形などない)自分本体は常にひどく歪められて、そこではエラーが繰り返し起きるだろう。細胞の癌化とはまるでその具現化のようだ。

癌化した細胞も体の一部であり、それは常に全体のバランスとして起きている。癌化した細胞にとっては、癌化=プログラムのエラーが起きる理由があるのだろう。その事実を受け入れることもなく、結果的に生じた現象だけを見て、部分的に切除しても、同じエラーはまた繰り返される。

プログラムにエラーが生じたなら、それをアップデートする必要がある。古いプログラムを捨てて、新しいプログラムを構築する必要性だ。エントロピー増大則に襲われる前に、細胞は自らを壊す。壊し続けることで、常に新しい細胞が生まれる状況を維持しているという動的平衡。この動的平衡を止めてしまった時に、死が訪れるのだろう。肉体においてだけでなく、意識においても同じことが言える。エラーを起こしているプログラムを捨て、新たに創造することをやめると、肉体は傷み、死に向かう。

母を見ていて思うのは、彼女の無意識は「死にたい」のだなということだ。既に他界した身近な人たちの病と死からも、同じように思った。世の中には、無意識としては死にたい人がたくさんいる。しかし、そのすべてが物理的に死にたいわけではないだろう。自分ではないもの、エラーを起こしている自分の中のプログラム(機械性)を殺して、再生・再築したいのではないか。しかし、それを自覚できないから身体が傷んでいく。実際に、わたし自身がまさにそうだった。

わたしが五年前に日本での生活と役割をすべて放棄したのは、ひどい鬱状態に陥った挙句、「こんな生き方を続けなければ生き延びられないのであれば、この人生はエラーだ。ならば野垂れ死にすればいい。」と心底思ったからだ。わたしはあの時、繰り返しエラーを起こしていた社会内相対的自己プログラム=型を自らで壊したのだろう。この体験には伏線がある。わたしは二十代半ばに自殺を図ったが死ななかった。当時はいわゆる心理的視野狭窄状態だったので、前後のことは殆ど忘れてしまったが、遠のく意識の中で「この方法は違う!」と強く思ったことだけははっきりと覚えている。

わたしの母は、膵頭癌摘出手術の後、痛みでのたうち回りながら、彼女のパートナーや他の人々に対する鬱積をひたすらぶちまけた。「そこまでわかっているのなら離れればいいのでは。どうして別れないの。」とわたしが聞いたら、彼女は「できない・・・寂しい。」と答えた。彼女の病の根底にあるのはそれだと思った。同時に、彼女の寂しさは、他者の存在や誰かとの関係によって癒えるものではないこともわかった。その寂しさはおそらく、家系や社会の中で連鎖してきた「鋳型」によるものだ。占星術で言うところの月の機械性。そして、彼女は、その鋳型が生み出す感情に自分を同一化していることには気づいていない。

無意識に同一化していた鋳型を壊して、小さな自己を抜け出すことは、相当な寂しさを呼び起こすのだろう。実際にわたしも、日本での生活をすべて放棄して、チェコに流れ着いた後、何度もひどい無気力と虚しさを味わった。それは「死にたい」ではなく、「消えてしまいたい」という感じだった。しかし、同時に「消えてしまいたい」という自分をじっと見つめる自分がいた。そのプロセスは二年かかった。そして、今の状態がある。

鋳型を壊し、社会内相対的自己を抜け出すと、そこにはただひたすらに虚無がある。しかし、そちらへ乗り替わってしまうと、虚無とは無限のリソースであることが見えてくる。

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