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【短編小説】トシオ

窓を開けると、黄色、赤色や青白く輝く星々が漆黒の夜空を埋め尽くされている。ランプの光がユラユラと揺れて、ブナの木で作られたテーブルの上に置かれた金色の指輪が鈍く輝いていた。

僕は街の外れの小さな家に一人で住み、畑で野菜を作る事を生業としている。妻と3人の息子は13年前に流行り病で亡くなった。

ある日、僕は秋に収穫したジャガイモを売りに行く為に市場に行った。市場に行くと様々な人が野菜や魚、家畜など様々な物を売り買いをしている。

「寄ってらっしゃい!見てらっしゃい!畑仕事に持ってこいの良く働く雄牛だよ!」

市場の真ん中の広場で、北の国から来た赤い髪の中年の牛飼いが雄牛が売っていた。筋骨隆々のたくましいその雄牛は頭を低く下げてをこちらを睨めあげている。何となく面構えが気に入り行商人に声をかける。

「親父さん、この雄牛はいくらになるんだい?」
「103万3014円になるけど、きりが悪いから100万円に負けておくよ。」
「少し安くならないのかな?90万円ならすぐ準備できるのだが。」
「ダメだ。100万円からは一銭も負けられないよ!」

そこで僕は家で敷物として使っていた熊の毛皮を質屋に持って行き鑑定してもらったら15万円になった。おかげで100万円準備できたので、そのお金で雄牛を買った。

雄牛は嫌がって牛飼いの元に留まろうとしたが何とか家に連れて帰った。

僕はこの雄牛にトシオと名付けた。
名前の由来は13年前に亡くなった長男の名前からとる事にしたのだった。

しかしトシオは最初まったく懐かなかった。
農作業の唐鋤を引く事も、物を運んだりする事も嫌がった。ムチで叩いて脅してみても、餌で釣ってもテコでも動こうとしない。家には牛小屋もないので庭に植えてあるサンザシの木に縄でトシオを括り付けておいた。高い買い物が無駄になってしまった気がして僕は酷く後悔した。

しばらくして畑を耕しているとおこした土の中からキラキラ光る何かが目に止まった。
桶の中に溜めてあった水で洗ってみた。
よく見るとそれは古い金色の指輪だった。

指輪は金色の細い金属の板がリング状になっている。直径2.5cm、高さ2mm、幅は1cm位だろうか。継ぎ目は見当たらないから、インゴットから削り出したか、鋳造で作られたものかも知れない。表面には見た事もない文様が指輪を一周する様に彫られていた。大昔の文字かも知れない。

骨董として高価な指輪かも知れないので、市場で売ってそのお金で熊の毛皮を取り戻そうと思った。だがその前に好奇心から指輪を人差し指にはめてみた。そうすると指輪は最初から僕の指にあわせて作ったみたいに、吸い込まれるように人差し指に収まった。

その指輪を付けたままいくらで売れるか鑑定してもらう為、古物商に向かった。家の前に生えているサンザシの木に繋いであるトシオの前を通ると、僕に対して大人しく頭を下げている。今までトシオはこの様な従順な態度をとった事は一度も無い。

僕は不思議に思い、試してみた。

今までテコでも動かなかったトシオに対して強い憤りもあったので、唐鋤を背中につけた後、僕は畑で耕してこい!と思わず叫んでしまった。そうすると今までの反抗的な態度が嘘のように大人しく畑を耕しだした。

人差し指から指輪を外すとトシオは畑のを耕すのをやめて、サンザシの木のほとりに戻り草を食み出した。

更に好奇心から他の牛でも効果があるか試してみたら効果がなかった。犬や鶏など他の動物にも試したが全く言う事を聞かなかった。

どうやらこの指輪を身につける事で、トシオだけが命令お聞くようになるらしい。

僕はどちらが得なのか頭を悩ませた。
指輪を売ってお金を得て、熊の毛皮を取り戻すか?それともトシオを働かせてジャガイモやキャベツを作って売り、長期間に渡り収入を得るのか?一日考えてみて、僕はトシオを働かせて長期に渡り収入を増やす事に決めた。

1年後、街では今年の収穫に神に感謝を捧げる感謝祭が行われていた。僕はまとまったお金ができた為、質草に入れた熊の毛皮を取り戻そうと質屋に向かった。

その日は、市場の広場では臨時の闘牛が行われていた。牛と牛が頭を突き合わせて押し合っている。勢子達がしきりにお互いの牛を励ましていた。土俵から相手を押し出せば勝ちだ。土俵の周りには牛が興奮して暴れてもいい様に、臨時の丸太の柵が設けてあった。

周りでは観客の街の男女がしきりに騒いでいた。
「ハヤテ丸行け!」「ベコ太郎、相手の動きをもっと見て!」「お前のおかげで俺の全財産がパーになちまったじゃないか!」などと騒いでいる。見物していて分かった事は、どうやらは闘牛はトーナメント制で、観客は自分が賭けた牛が何位になるかお金を賭けている。

興行主らしい派手な身なりの見事なガイゼル髭の中年の男が叫んでいた。「闘牛は3万円払えば誰でも参加できるよ!トーナメントを勝ち抜き1位になれば500万円の優勝賞金が手に入る!賭けへの参加も大歓迎さ!一人1000円の参加料で、単勝、3連単、3連複と3種類の賭け方も楽しめる。感謝祭限定の闘牛、紳士淑女の皆さん、是非楽しんでいってくれたまえ!」

興行主の話している事を聴きながら闘牛を見ていたら熊の毛皮を買い戻そうという考えがすっかり無くなっていた。僕は自分のやるべき事をはっきり自覚した。それは闘牛に参加する事だ。もしかしたら畑を耕すより大きなお金を短期間で得る事が出来るだろう。北の国の雄牛であるトシオは並の牛より一回り大きく力が強い。きっと闘牛を勝ち抜けるはずだ。

1週間後、僕はトシオと共に闘牛に参加した。僕は勢子としてトシオに指示を出す。

トーナメント戦は3連戦あり、2連戦までは順調に勝ち進んだ。指示を具体的に言葉にする事によって他の勢子よりも細かい指示を出す事ができ、指輪のおかげでトシオは完璧に僕の命令に従う。そして僕の命令を完璧に再現できる運動能力がトシオにはある。

だんだんと一緒に戦っているうちに鋤や鍬など農具の一つとして見ていなかったトシオが愛おしく思えてきた。

優勝したらトシオには雨風をしのぐ牛舎を建ててあげたいという気持ちにもなってきた。あの時はそんな事も戦いの最中に思い浮かんでしまう位、勝利を確信した。

ガイゼル髭の興行主の掛け声と共に試合は始まった。
「紳士淑女の皆さん!ついに決勝戦が始まります。西は街はずれに住むタカハシの雄牛、トシオ。東は去年優勝した北の国から来た伝説の雄牛、アウドムラ。さぁ両者、見合って見合ってぇ!エィ!」

勝負はあっさりと決まってしまった。
驚くべき結果だった。勝者も敗者もいなかったのだ。結果から言えばトシオもアウドムラも死んでしまった。両雄牛の頭突きが強過ぎて横滑りして、お互いのツノで首の頸動脈を引き裂き出血多量で死んでしまったのだ。

闘牛場に沈黙が流れた。あまりの事に僕も観客も興行主もどうして良いかわからずしばらく呆然としていたからだ。
観客は信じられないと言った顔つきでお互いを見る。興行主は賭けの報酬を観客に払った後、僕には今回は相討ちとなり優勝者がいないから優勝賞金はでないと告げた。それから急いで仮設の闘牛場を手下に片付けさせるとそそくさと街を去ったのだった。

広場には2匹の雄牛の死体が残された。
街の人々は嬉々として残された雄牛の死体を解体する為にナイフやノコギリを持って集まってきた。肉は焼い今夜の夕食に、革は嘗めして色々使える。骨も何かに利用するつもりだろう。日が暮れる前にはすっかり2匹の雄牛の身体はすっかり解体され、地面には赤い血のシミだけが残った。

僕はフラフラと歩いて町外れの家へ向かった。帰り道、小川に掛かる小橋に差し掛かった。ゆっくりと流れる小川には夜の星々の光が写り込んでいる。僕は人差し指から金色の指輪を外すと小川にポトっと落とした。

指輪は暗くて深い水の中にただ静かに沈んでいった。

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