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(第30回)塩と赤ちゃんの体重増加 その1

絵はmofusandより。

今回の論文紹介は日本語ですが、2016年に僕が書いた論文より、塩が体重増加にもたらす効果についてです。
僕は小児外科医なので、もちろん成人の話ではありません。赤ちゃんの話です。

赤ちゃんは大体3,000gくらいの体重で生まれ、その後大きくなっていきます。
その体重の増加率として、だいたい30g/日くらい増えていれば順調とされます。
しかし、いろいろな原因で体重がうまく増加しないことがあります。

哺乳ができない病気や、嘔吐してしまう病気で栄養自体が摂取できない場合
哺乳はできても、腸管の吸収不良やアレルギー、下痢などで十分に吸収ができない場合
心不全や呼吸不全、高度の炎症、もしくは腫瘍などでカロリーの消費自体が多い場合
十分な体重増加が得られないことを体重増加不良と呼び、赤ちゃんにとっては一大事です。
だからこそ、小児科(新生児科)や小児外科は、一生懸命赤ちゃんの体重を増やそうとします。


新生児の体重増加曲線

昔はこんなグラフに毎日赤ちゃんの体重をプロットして、順調に治療が進んでいるかをみたものでした。

僕は小児外科医なので、特に腸管が専門分野です。
体重増加不良の中でも、腸管の吸収障害によるものを治療することが多いのですが、最も難しいのが短腸症候群です。

(第8回) サメから学ぶ新規手術法!? 前編

でも少し書きました。
人間の腸は個人差がありますが、赤ちゃんでは約2メートル、成人では7メートルくらいとされており、成人で小腸70cm未満、小児ではだいたい40cm未満になると短腸症候群とされます。
ここまで至ってしまうと非常に治療に難渋しますが、そこまでいかなくても、腸が短くなってしまうだけで体重は増えにくくなってしまいます。

赤ちゃんの腸の病気は実に様々です。
特発性消化管穿孔といって突然腸に穴が開いてしまう病気や、メコニウムイレウスといって胎便が詰まってしまう病気、壊死性腸炎、ヒルシュスプルング病とその類縁疾患、内ヘルニア、腸回転異常症による捻転、胎便性腹膜炎などなど…
腸が破れてしまったり、通過しなかったりする状態では生きていけませんから、緊急手術です。
そして、無事に腸管をつなぐことができればいいですが、赤ちゃんにあまり無理な手術はできません。
多くの場合で「小腸瘻(もしくは小腸ストーマとも呼ばれる」を作り、無事に通過する部分までの小腸をおなかの壁から出しておき、体が大きくなってからもう1回手術してつなごう…となります。

しかしですね、小腸瘻にするということは、そこより下の腸管が全く使えないということ。
十分に貯める機能も使えず、小腸瘻から腸液が排泄されます。
成人でがんなどの病気により「人工肛門(ストーマ)」を作っている人はたくさんいますが、これは結腸(大腸)で作っていますので、わりと普通のウンチに近いものが出ます。
小腸瘻とは全然違うのです。
小腸瘻の位置(どれだけ短いか)にもよりますが、小腸瘻からは基本的には下痢を更に薄めたような液が出続けます。
栄養吸収も十分にできず、更には水分も失われやすい。
これが小腸瘻の大きな問題です。

そして、電解質も乱れてしまうという問題があります。
小腸瘻から出てくる液体は腸液ですから、多くの電解質を含んでいます。
通常であれば小腸や大腸で水とともに再吸収されるはずの塩分まで流れ出てしまうわけです。


喪失体液の電解質

これは小児外科の教科書からですが、この数値だけ出されてもなんのこっちゃという感じかもしれません。
普通人間は水分を排泄するときに、電解質はなるべく保つようにします。
例えば汗から30~40 mEq/lの濃度です。つまり、腸液がそのまま外に流れ出てしまうと、普通に汗をかく3~4倍くらい電解質が失われるということ。
これでは体が塩分不足に陥ってしまいます。

塩分不足は体重増加に影響をもたらすのか?
というのが今回のお話の大きなテーマです。

結論から言いますと、メチャクチャ影響します。
こういう小腸瘻を作らなくてはならないお子さんはたくさんいますので、昔からそういうお子さんでは定期的に採血して、電解質をチェックするように教わりました。
そして、教科書にも「電解質が狂いやすい(特に低ナトリウム血症になりやすい)から注意するように」と書いてあります。
論文にもなっています。
Bower TR, Pringle KC, Soper RT : Sodium deficit causing decreased weight gain and metabolic acidosis in infants with ileostomy. J Pediatr Surg 1988: 23 : 567-572.
など

小腸瘻のお子さんだけではありません。
実は生まれつき小さく(早く)生まれてしまったお子さん(低出生体重児)は、腎機能がまだ十分ではないために電解質の再吸収ができず、尿中にナトリウムが多く排泄されてしまうせいで、低ナトリウム血症になりやすいのです。
そのようなお子さんでは経口で食塩投与をしてあげると体重増加がよくなるという論文があります。
Hartnoll G, Bétrémieux P, Modi N: Randomised controlled trial of postnatal sodium supplementation on oxygen dependency and body weight in 25-30 week gestational age infants. Arch Dis Child Fetal Neonatal Ed 2001: 85 : F19-23

じゃあ、小腸瘻の子にも塩をあげたらいいんじゃない?
となりますよね。
実は実際の臨床ではもうされていました。
僕が2012年に広島市民病院に赴任した当時、すでに小腸瘻の子には採血で電解質異常を認める、認めないに関わらず、ある程度経口食塩投与が行われていたのです。
経験則によるものですね。
全然悪いことではありません。

でも、やっぱり僕としては気になるわけですよ。
この塩の経口投与ってどのくらい効果があるのか?
どうして効果があるのか?
どんな子に効果があるのか?
副作用は?
うーん。好奇心がうずく。

ということで研究です。
今回はすでに食塩の投与が行われていますから、そのデータを詳細に検討することにしました。
後方視的研究ってやつですね。

これは2015年に検討し2016年に論文で発表したデータです。
データ集めをする際に、電子カルテで詳細にデータを集計することができるのが2010年からでしたので、2010年から2015年の5年間で検討することにしました。
その間にNICUに入院し、入院中に小腸瘻を作った赤ちゃんは15人。
そのうち、体重が増えにくいからor体重が増えにくいだろうと予想されたから という理由で食塩(NaCl)が投与されていたのは12人でした。
この赤ちゃんのデータを詳細に調べています。

Primary endpointという、「これを一番に検討する」というデータは
塩の投与前後で体重増加はどうなっていたのか です。
体重増加というのはもちろん2-3日では評価ができません。
かといって、1か月経過を見るかというと、赤ちゃんの治療というのはそこまでゆったりしたものではありません。
なので、塩の投与前後で最短6日間から最長14日間の平均で比較しています。

その他のSecondary endpointとして
血中Na濃度、尿中Na濃度、腸瘻からの排液、尿量 を検討しています。

…という規定で検討を始めたのはいいですが、これがなかなかに困難でした。
データを取るのは比較的楽なんです。
NICUというのは毎日看護師さんがきっちりと赤ちゃんの体重を測定し、排液や排尿量の記載も漏れがありません。採血データも完ぺきに残っています。
しかし、赤ちゃんの、特に小腸瘻を作らないといけないような赤ちゃんの治療というのは非常に劇的で、毎日のように何かしらイベントが起きており、治療が激変していたりします。
すると、そんな赤ちゃんでは体重などのデータが大きく変動してしまいますから、使えません。3人が除外されてしまいました。
更に1人では塩を投与した後から、小腸瘻からの排液(下痢便)が多くなってしまい、これは副作用だろうということで塩が減量になっていましたので除外になりました。

結果的に8人での検討になっています。
あ、塩の量も書いておきましょうね。
投与量は適当に決めているわけではありません。元々「低出生体重児で低ナトリウム血症があるときはこれくらい使いましょう」という基準があり、4mmol/kg/dayと報告してある論文があるので、それに従って「0.2-0.3g/kg/dayを1日3回に分けて経口投与もしくは胃管からの注入による投与」としています。
これがどのくらいか。
成人では1日の食塩摂取量の目標は、男性7.5グラム未満、女性6.5グラム未満と決められています。
つまり、体重60kgの男性だとすると、理想は0.125g/kg/day…。
塩分取りすぎじゃないですか!
いえいえ、いいんです。腸液が出て喪失しているから。

では、結果を見ていきましょう。
研究の対象になった赤ちゃんは8人。
出生週数は中央値31週1日(24週1日~40週0日)
出生体重は中央値906g(566~2862g)
疾患は胎便性イレウスが3人、壊死性腸炎が3人、ヒルシュスプルング病が1人、先天性腸閉鎖症が1人でした。
一口に小腸瘻といっても、残存小腸がものすごく短い空腸瘻の子が2人、そこそこの長さが残っている回腸瘻の子が6人でした。

その一覧表が…

次回(有料)になります。
すいませんね、いいところで引いちゃって。

本研究内容補足事項
<論文>
佐伯勇ら: 小腸瘻造設児に対する経腸食塩投与の体重増加効果 日児栄消肝誌 30(2): 53-58, 2016.
<学会発表>
第51回日本小児外科学会
第49回日本周産期新生児医学会
など
<院内倫理委員会>
なし


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