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(第8回) サメから学ぶ新規手術法!? 前編

ついにやってきました。
この研究は学会で様々なトンデモ発表をしてはお偉いさん方の苦笑をゲットしてきた僕の経験の中でも、確実にトップのトンデモ研究です。
…とはいうものの、いたって真面目なものであり、僕も当たり前ですが本気で取り組んでおります。

短腸症候群 という病気があります。
読んで字のごとし。腸が短い病気です。

物理的に短くなる病気では、腸管の捻転や血栓症により壊死してしまった腸管を切り取ることが原因です。


腸管の壊死。(あまりショッキングにならないように画像を切り取ってあります)

小児外科で扱う病気としては、ヒルシュスプルング病などの元々腸があっても機能がない部分がある病気で、重症なタイプでは腸管の機能する長さが短いため、短腸症候群になります。
人間の腸は個人差がありますが、赤ちゃんでは約2メートル、成人では7メートルくらいとされており、成人で小腸70cm未満、小児ではだいたい40cm未満になると「短腸症候群」とされます。

これが実はとっても難しい病気なのです。
腸は水分や栄養を吸収してくれるとっても大事な臓器です。
十分な量の水分や栄養が吸収できなければ、点滴で投与するしかありません。
毎日点滴をするわけですから、普通の点滴ではダメです。
中心静脈カテーテルといって、体の中央の血管まで点滴の管を進めて、濃い点滴を毎日しなくてはなりません。
そうすると、そこから感染症を来たしたり(カテーテル敗血症)、肝機能が悪くなったり、様々な悪影響が出てきてしまいます。
更に点滴をできる血管というのはそう何本もあるわけではなく、人間では通常6本です。それらがつぶれてしまわないように、慎重に慎重に管理をしていくわけです。

短腸症候群の治療は内科的なお薬による治療だけでなく、もちろん外科治療も存在します。
腸管を人からもらう、「小腸移植」という手術もありますが、小腸は他の臓器よりも免疫反応が強くて拒絶が起きやすく、ちょっと難しいのです。
そこで、「腸管を物理的に伸ばしてやろう」という手術が3種類報告されています。

①Intestinal loop lengthening method


Bianchi et al. 1980より引用

一般に「Bianchi(ビアンキ)法」と呼ばれる、腸を真っ二つに縦割りして、腸間膜も2つにわけて縦につなげる方法です。これはとても技術的に難しい!腸管の血流も悪くなりやすいです。

②STEP法


Kim et al. 2003より引用

僕が医者になったくらいに発表されたこの方法。目からうろこでした。
Boanchi法でもそうですが、腸管をそんなに切っていいの?と思うかもしれません。
実は短腸症候群の人は、なんとか腸に内容物を保とうとするせいか、どんどん腸管が太くなります。その結果内用液が通過する時間は長くなるのですが、腸管の壁が薄くなるせいで細菌が入り込みやすいですし、腸管内容がうっ滞して腸炎にもなりやすくなるのです。
なので、腸管はもともと太くなっていることから、こんな風にギザギザにカットすることもできます。
腸管を階段状に切っていって長くするこの方法。
画期的なアイデアで、よく使われるようにもなったのですが、切れ込みを入れた部分の腸管が弱く、内用液が術後に漏れてしまう合併症が起きやすいのが欠点です。

③Spiral intestinal lengthening and tailoring (SILT) 法


Cserni et al. 2013より引用

これもなかなかすごい方法です。
新体操のリボンみたいにスパイラルに腸管を切っていくと、伸ばして縫っていくことができますよね。
この方法ですると、STEPみたいにギザギザではないので、漏れは少なくなりそうですが、縫っていく距離は膨大ですね…。手術時間ながそう…。

とまあ、外科医が知恵を振り絞りながら様々な手術法を考案し、なんと、2~4割の人でこのような手術で一生点滴の状態から離脱できるようになりました。

しかし、もちろんまだ全員で良くなるわけではないですし、
これらの手術は腸を大きく切って縫ってしていくわけなので、とてもリスクが高い手術です。元々体力がそんなにない方たちが多いので、一か八かみたいな手術になりかねません。

なんかすごい方法ないかなー…と誰もが考えるところでした。


シャーク!

突然ですが、僕はサメが好きです。(ほんとに唐突)
水族館とか好きで行くんですけど、サメって目が小さくてかわいいんですよ。
小さい目と書いて、小目(サメ)と呼ばれるようになったと言われています。
サメは珍しい軟骨魚類で、骨が歯以外は全部軟骨だから、標本は歯しか残らないんですよー。エイと同じですね。世界には500種類以上のサメがいて、なんと産卵方法が…
と、まずいまずい。脱線してしまうところでした。
そんなサメ好きの僕ですが、ある日 本屋で世界唯一の体験的シャークジャーナリストを自称する沼口麻子さんの「ほぼ命がけ サメ図鑑」を見つけ、楽しく読んでいました。今では毎月沼口さんの主催する「サメ会」に参加しています。
そんなシャーキサビリティ(沼口さん曰く、サメ活動の高まりを表す言葉とのこと)を高める日々を続ける中で、僕は「サメの腸が実は40センチしかない」ということを知ったのです。

え?サメってあんなにおっきいし魚とか食べるのに。腸の長さ40センチ!?
てゆーか、40センチって小児の短腸症候群の長さじゃん!
どんな秘密があるんだ…?

めちゃくちゃ興味わきますよね。
実はサメの腸には秘密があるんです。


サメの腸の中にあるらせん弁

サメの腸って、中に「らせん弁」と呼ばれるひだがあって、そのおかげで中の表面面積がめっちゃ広くなっているんですね。

えー。でもそのくらいで吸収力が十分にあがるの…?
と疑問を呈する僕に、なんと沼口さんは1つの論文を紹介してくれました。

Leigh SC et al. (2021) Shark spiral intestines may operate as Tesla valves. Proc Biol Sci 28;288:20211359. doi: 10.1098/rspb.2021.1359.


テスラバルブ

物理学の世界ではテスラさんはとっても有名。
そのテスラさんが編み出した、動力なしで1方向にだけ流体が進みやすくなる形態というのがこのテスラバルブです。
こういう形をしているだけで、液体はお互いがぶつかるから進みがゆっくりになるんですって。へぇ~。
という、物理学の最高傑作のようなこの形状を、サメの腸管の「らせん弁」は作っているらしい!!
すっご。

そんなこと聞いたら、実験したくてたまらなくなっちゃうじゃないですかー。
僕は昔から夏休みの自由研究とか意外と好きだったんですよ。

はい、「サメから学ぶ新規手術法!? 後編」に続きます。

本研究内容補足事項
<論文>
Isamu Saeki et al: A new surgical technique for short bowel syndrome. BMC Surgery 22: 375, 2022 doi.org/10.1186/s12893-022-01823-5.
<学会発表>
第49回日本小児栄養消化器肝臓学会
第60回日本小児外科学会
<受賞>
令和5年度広島臨床外科医学賞


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