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『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇 / 金子ユミ』(光文社キャラクター文庫)を読んで。

こんにちは。自称読書好きの春風ともうします。

読書のほかに好きなものが夜空です。この秋、東の夜空にひときわ輝く赤い星が見えます。10月6日に最接近したばかりの火星です。

星と地球との間には距離があるので、月はおよそ1.3秒前の輝き、火星は4.8秒前の輝きを、地球上のわたしたちは見ています。

千手學園少年團の舞台は大正時代。調べてみますと、おおぐま座のアルカイド(※)が距離103光年。(※北斗七星を形成するひしゃくの柄の先端の星です)。103年前は、大正8年。夜空を見て「あの星の光は、檜垣永人や来碕慧・昊の生きていた瞬間に輝いた光が、今届いたものなのか」と思ってみると、星空がなおさらロマンチックに感じられるんじゃないでしょうか。

というわけで、今回はシリーズ第三弾『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇 / 金子ユミ』(光文社キャラクター文庫)の感想を書いていきたいと思います。押忍。

 ―― 注意 ――

・感想を書くにあたりこの記事内では作品の内容に関わる #ネタバレ をある程度しています。また、1・2巻の感想記事よりも多く、1・2巻のネタバレをしています。事前になにも知りたくない方はご注意ください。

千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇 / 金子ユミ

(あらすじ) ある夜、名門私立千手學園に空を飛ぶ「夜行仮面」が現れ、記者や警察が詰めかける大騒動に。学園の異端児・永人は、この「夜行仮面」の目撃情報にとある疑念を抱く。果たして「夜行仮面」の正体とは――? そして、永人の出身地・浅草で、少女たちが姿を消す事件が頻発。有名な少女歌劇『乙女座』でも消えた少女が複数いると聞き――。大正浪漫の香り漂う学園ミステリ、第3弾!

◇簡単には感想を書かさせてくれない

はじめにこれを言わせてください。千手學園少年探偵團の感想は書きにくいな、と思います。その理由がこの3巻では、よりはっきりしています。

3巻は3話構成です。あらすじに書かれている夜光仮面が第1話。表紙にもなっている消える少女達が第2話。1話よりも2話が面白いんです。「表題作になるだけあるなぁ」なんて構えてました、悠長に。しかし驚いた。次の3話。とにかくこの3話目がめちゃくちゃ面白かった。ので3話の余韻に浸っているとき、1話2話のことが一時記憶喪失になって感想が出てこない……。時を戻そう。

「全部面白い」というのがファンとして正しいのかもしれませんが、わたしは正直にいきます。シリーズ内でオススメしたいのは俄然この3巻『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇』です。未読の方はここまでぜひ頑張って読んでいただきたい。中だるみもしない、飽きさせもしない、千手學園少年探偵團、改めていい作品に出会えました。

今回も核心的なネタバレは避けつつの感想を書いていきます。

◇第一話、第二話と、學園外の話が増えてきた?

3巻の第一話「夜光仮面現る!」は永人は平野朱鳩玉なる私探偵と宝が盗まれた秋谷邸、その宝を秋谷邸に売った質屋の億田屋にいそいそと出かけていきます。第二話「浅草乙女歌劇」はほとんど事件は出かけた先の浅草でのお話です。どちらも學園の外。

ところで千手學園シリーズのミステリーは二層構造です。オカルトチックな少々現実のものとは信じがたい話が一層目として表面にあり、それを隠れ蓑にするがごとくに、なにか現実の事件が二層目としてある。永人や慧・昊は少年探偵團としてそのどちらの謎も解決していくのが千手學園シリーズの王道パターンです。

そして千手學園シリーズは、よくある学校『七不思議』のように数の決まっている話ではありません。言ってみれば、いくらでも噂は作ればいい。

けれど、ここにきて手数を増やすかのごとく學園外での話がちらほら出てきたというのは、永人が千手學園内ではある程度立ち位置を得てきて、次は學園の外に向かって歩み出す、将来への系譜だったりするのかなぁと思ったりしました。タイトルがタイトルなので、永人の未来をどこまで書かれるかはわかりませんが。読みたいけどね、将来東堂広哉が世界征服してるところとか。

◇恋せよ、永人

やっぱり、と思った人はいるんでしょうか。わたしはもそうなるのかなぁと思いつつ、2巻が2巻なだけに、てっきり乃絵と昊がと思っていたのに、こうなりますか。

第二話「浅草乙女歌劇」にて、乃絵が歌劇団の主役の代役を演じることになり、普段の男装から着替えて女学生姿になった彼女の愛らしさに、永人がドキドキしてしまい「可愛くねぇ!」とまで言ってしまう、小学生か!って思うような、典型的な初恋のあれです。まぁ永人が純情ボーイだと思ってみればかわいいもんですが、乃絵からしたらたまったもんじゃない。

まだ恋と自覚する前段階の、乃絵をそういう対象として意識してドキドキしてしまうような状態ですが、この3巻で永人は確実に意識するようになってしまったようです。第三話でも乃絵が東堂に頬を染めているのにヤキモチを焼くような描写があったり。永人、ヤンチャな感じ一本だったのに、なんとまぁ。新しい一面を見せられました。ふりまわされている永人がかわいいです。

やはり乃絵がヒロインになっていくのでしょうか。永人に芽生えかける恋、今後注目していきたい。のですが(続く→)

◇成り上がった永人と、成り下がった乃絵

永人は檜垣家に(歓迎されていないとはいえ)迎え入れられた成り上がりです。いっぽう乃絵は没落し消滅た天野原家の筋の、いわば成り下がり。永人はあの性格なので世にある『身分違いの恋』のようになるとは思えないけれど、キーになっていくような気がしてならない要素です。とはいえ作品の恋愛の比重が大きくなっていったら、の場合にのみの、かなり確率の低そうなものです。同じ境遇同士、支え合うこともできる、かな。できたら応援したいですね、昊のことはちょっと気になりますが。

◇「慰める。話を聞く。そばにいる。どれがいい」

「泣いている女がいたら、必ずどれか一つやれって母ちゃんに言われてんだ」(191頁)。永人の印象的なセリフ。あとで乃絵にもいうことになるセリフでもあります。

永人、こんなことも言えるのかぁ、とまず感心。永人の母は座敷の三味線弾きで、夜の街の一端で生計をたててきた方です。母のそのルーツを永人もしっかり継いでいるということで、母から女の扱いについてはよく言い聞かされているんでしょう。乃絵には純情のあまり「可愛くねぇ!」と情けないふうになってしまったのも、本物っぽくていい。とりあえず、読者としては今後の永人少年の行動に期待していきたいです。

◇乃絵は、好き

これはわたしの個人的な好みの話ですが、恋愛小説以外に出てくる恋愛は少し苦手です。本題そっちのけで恋愛はじめてしまう作品が多く、「結局恋愛なのか」と思ってしまって、本題目的で購入した作品が肩透かしな感じになってしまうからです。

ですが、乃絵は好きです。たぶん、永人と乃絵が恋をするとしてもそれが作品のメインにもなってこないと思うので、なのもありますが、なによりも、乃絵がいい。

シンボリックとしてのヒロインを見るたびに、なんだかなぁと思っています。なんだか嫌ぁな感じに映る『女の弱さ』のことです。言葉悪くなりますが『女は弱くあれ。男に守られろ』みたいな古い映画からよく感じるやつです。(わたしはフェミニストというわけでなく、性別に関係なく他人にやさしくできない奴は駄目(めったやたらに親切にしろ、って話ではないです…)みたいな考えです)

乃絵にはそれがない。そういうふうに描かれようとしていない、と感じました。新聞記者団に押しのけられてしまう等、身体能力的に少女な部分はあるけれど、それはまったく別の話。

浅草乙女歌劇でも話題にあがったように、この物語の舞台は大正時代。女性の立場というものが今よりももっとずっと弱かった頃を生きているのが乃絵です。永人の申し出「慰める。話を聞く。そばにいる。どれがいい」も一度は断るという、こんな(女性が弱いとされる)時代の中でも、自分は強くあろうとする。断るどころか、永人にも「この先、檜垣君につらいことがあったら、どれか一つするよ」(223頁)と聞き返しているのです。これはいいと思いました。公平って、そういうことだと思うから。強くあろうとする乃絵の意思を先に見せておいて、その後に時差をはさんでから「そばにいて、永人」と選んだのも乃絵のかわいらしさにしか映らない、見事な仕掛けです。永人相手には強くなくてもいいと思ったのだったら、なおさらかな。

乃絵に訊かれた永人はというと、選ばなかった。でも、「選んでおく」と答えた。いつの日か、永人がどれを選ぶのかが楽しみになる伏線。この勿体付けからして、この伏線ばかりは絶対に回収されると思うし、いつかくるそのときを楽しみにしたいです。

ところで乃絵の利き手は右手なのでしょうか。だとしたら、やっぱりすごい。

◇第三話「”秘密” ノ『サトル』」

千手學園シリーズで今のところ一番オススメしたい第三話。わたしが東堂広哉が大好きなのでそう思ってしまうのだと思います。が、東堂広哉を好きじゃない人ってこの世にいるのかな? #真顔

◇東堂広哉 vs 安齋綱義

陸軍相令息の東堂広哉と海軍相令息の安齋綱義が対立して、黒ノ井製鉄社の令息の黒ノ井影人を取り合うような構図ってだけで、もうすでに背筋ぞくぞくするくらいに面白おかしいのですが、わたしはとある理由からこの作品に騙されることに徹していたので(※後述)、この第三話で東堂と黒ノ井が一体なにを考えながら永人(や読者)を騙そうとしていたのか。今更だけれど東堂と黒ノ井の「プークスクス」が聞こえてくるようです。永人(と、わたしも)、すっかり騙されていたな。

◇東堂広哉に騙されたい

ミステリー作品のいいところは、騙されても実害がないことだとわたしは思っています。そりゃあ、力のある作品だったら多少気分は操られますが(「騙された!悔しい!」…など)、現実のほうが一生トラウマになるようなことなんていっぱい転がってる。

ミステリー作品には、どんなに騙されようとも無害。だから、ミステリー作品のいいところ、もうひとつは、読者も「騙されないようにする」か「騙されるか」を選べる、ことだと思います。

「この作品には絶対に騙されないぞ!」と気合を入れて読む。ミステリー小説好きには誰でもある行動かと思いますが、反対に「よーし、まんまと騙されてやるぞ」とゆるゆるな気分で読むときもあるかと思います。謎が解決したときに「なんだそういうことか!すっかり騙されたな!」と、騙されることが、気持ちがいいんです。実害がないから痛くも痒くもない、爽快だけを感じる。ミステリー小説はノーリスクハイリターンです。

で、今回の第三話「”秘密” ノ『サトル』」では、わたしは騙されることを選びました。だって、東堂広哉に騙されたいから。えへ。

序盤であっさり影人が安齋側につくような感じになるんですけど、まぁぁぁぁぁうさんくさい。それも先入観でした。「影人が広哉を裏切るはずがないじゃん!」っていう、なんの根拠もない先入観です。ただの印象です。私がそう思いたいだけの、願いです。でもそこだけを頼みの綱にしていることにも快感を覚える変態です。影人も好きだよ。

なにせ「騙される」を選んでいるんで、本当に東堂広哉が失脚しちゃうような気がしてソワソワしてしょうがないし、影人は安齋側に寝返るみたいに冷や汗感じるし、影人がいつも一緒だったのにひとりでいる広哉が寂しそうには全私が泣いた、と、まるで檜垣永人になったような気分でしたよ。教室に東堂広哉ひとりしかいなかったときなんてもうもうもう。文章の簡素さが、静かを演出していて、寂しくて悲しくて、死んじゃいそうでした。後々考えれば、まじこいつどんな顔して永人を迎えたんだよ。わたしなら笑いがこらえられない!神演技だ、東堂広哉!影人もね!

蛇足。鷲は空で、獅子が陸。安齋は海では?と思ったんですが、逆さ絵の有名なモチーフでもあったのでしょうか。

◇思い出したいのは、第一巻の「千手歌留多」

東堂が投票前の最後に言い放った「”赤い花”」が決め手だったかもしれませんが、思い出したいのは第一巻、第三話「千手歌留多」のトリックです。「學園ミステリーならではだ!」とわたしが大絶賛した、歌留多の札を入れ替えるために慧の部屋に何人もの生徒がお見舞いを装い、歌留多一枚を持ち寄って成立させた生徒総出(一部を除く)の力業のトリック。思い出しましょう。この千手學園に集まっているのは、あれをやってのけた生徒達です。あのとき反対勢力だった小菅達も今回は一致団結しました。陸軍相令息とはえいえ、けっして強権ではない生徒会長・東堂広哉の影響がどこまでだったのか、わかる話でもありました。

◇やはり、サブキャラへのフォローがうまいと感じる

作品通しての全体的な話に戻ります。それとまず、うまいと感じさせないうまさである、が前提です。特に感じたのを挙げていきたいと思います。

まず多野エマについて。多野家といえば、子が男子ではなく女子だと千手學園に雇ってもらえないから、ということで、乃絵に少年の姿になることを許している父と母です。普通だったら「なんて親だ!けしからん」と思う読者もいるかもしれないと感じる設定。けれど、エマの出自、天野原家のルーツを辿ると、なんだか『世情に負けた親』とも簡単には思えない。乃絵が頭がいいことから、両親もきっと頭がいいのだろうとも思えるし。書物を買い与え、観劇に通わせるなんて、なかなかの育て方をしているのでは。シンボリックなヒロインではないのはエマも同じじゃないでしょうか。(これは、まだ予想の段階)多野家のこと、ますます知りたくなりました。

千手鍵郎についても、第2巻のことがあったとしても、別に千手鍵郎を良く書こうが、悪く書こうが、作品にはあまり影響がないように感じます。ですが、雨彦の秘密を安齋にバラさなかった(実際には秘密でもなんでもない作り話だったので、鍵郎が安齋をうまく騙した……ということになりますが)、鍵郎を良く書いてます。

多くの人にはちっぽけなことかと思う。でも、このさりげないフォローができることが、わたしにとってはとても重要で、価値観の合う作者さんだなと感じました。どーでもいいキャラをどーでもよく書いちゃってる作品を読むと、人としてどうなのよ、みたいになっちゃう。一気に冷めちゃうんです愚痴です。

◇複数キャラを ”自然に” 登場させられる、作者の筆力

これは説明がしにくいのですが、すごいなと思ったので書きます。

千手學園シリーズには3巻までの間に様々なキャラクターが登場しました。生徒も先生も、氏名まで設定があるキャラとして、何名ものキャラクターが登場している大所帯の作品です。学園が舞台になっているので、それも当たり前のことかもしれませんが。でも、そのキャラクター達を、読者から見て自然なかたちで登場させられているのは、作者の筆力のたまものだと感じます。

逆からの説明になってしまうのですが、キャラクターが多い作品で、登場させるために登場させた、みたいな作品が、結構あるんです……(←ここが説明がしにくい理由です)稚拙さを感じてしまいます。それが千手學園シリーズではごく自然に登場されていて、それがすごい。

どのキャラもです。たとえば野毛、1巻で賭博をネタに東堂に脅されて小菅の部下としての立場のまま東堂に間謀(スパイ)をやらされて……。東堂を憎く思いながら、夜光仮面を蒼太郎だったと恐れる野毛、自然の登場でした。寮長の川名律も、鳥飼の問題を東堂に打ち明けたり、必然にも見えた自然でした。鳥飼問題は多野家天野原家と繋がるのではという予兆もあるし。潤之助は、慧が発作(失神かな)を起こしたときに、幼馴染として処置を知っていたから昊の叫び声でダッシュで水を取ってこれた、自然。夏野は安齋と体格で並べるキャラだったし、自然。嘉藤は……、ところで爬虫類顔ってどんなのだ?

◇衝撃と謳われているラスト2頁

こんな告知があったとは。衝撃というか、待ってたシーンではあった。とりあえず「うすうすそんな感じはしてたよ」と言いたい。

檜垣蒼太郎の人物像。永人はやっと写真で彼の姿を見ることができました。が、本人がどんな性格の人物だったのかは明かされた情報は少なく、まだまだ気になり続けるところ。ですが、東堂広哉と意志を共にする幼馴染だと思えば、おのずと答えは出てくるんじゃないでしょうか。特にここでの言及はしません。

◇「広哉は蒼太郎のことだけには冷静になれないからな」

なんだよくわしく教えろよ。影人と永人のやりとりなども面白くて、「だって広哉より優位に立って、それからどうする?」(25頁)やぁだぁ、言わせないでよね。

と、ふざけている場合じゃなくて。東堂広哉や黒ノ井影人に永人がただならぬものを感じていても、彼らはやはり、あくまでも親が偉い人のその令息、っていうか。大人の部分と子どもの部分が、彼らの中に絶妙な具合で共存している感じを見受けます。世襲制の強いこの時代に、彼等も親の威光の中で育ち、跡継ぎという自覚はあり、自分の置かれた立場を全うする。だけれど、子どもの部分(いわば自我のような部分)はちゃんと自分の中にあるような。永人も彼等から色々学ぶことも多いだろうなと思います。東堂さんが教えてくれるかは別として。手駒扱いしてくるならその分存分に利用してやれ。腹を壊さない程度に。

以上、感想でした。早く続きが読みたいです。千手學園少年探偵團、シリーズ続刊、楽しみにしています。やっと番外編が読めるぞ!

◆外部リンク

・金子ユミさんTwitter ( @yumikmiyu )

・バツムラアイコさんTwitter ( @btmr_aiko )

光文社キャラクター文庫 編集部のおすすめシリーズ『千手學園少年探偵團』

◆後記

第三話好きすぎて長くなった。短くまとめる努力。できそうにない。

東堂広哉が大好きだ。影人も大好きだ。「広哉より優位に立って、それでどうする?」こっちがお前に訊きたいんだよ。しかし思ってたよりこの二人がっちりだったな。

帯より、第四巻は2021年夏予定。それまで頑張って生きよう。

表紙画像のヘッダー利用は光文社さんの許可済みです。


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