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小説|晩産のたしなみ。

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いわゆる晩婚、もしかしたら「晩産」に至れるかもしれない40代のリアルデイズ……。いちコピーライターとして初めて書き残したくなった自分ごとは、苦節9年、不妊治療の行末でした。普通の…
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2021年7月の記事一覧

DAY5.  ポジティブモンスター 

「ですから、一番考えられるストーリーとしては……」

 そう前置きをして、彼は言った。

「いま、ちょうど流産をしかかっているところで、このまま自然と流れていく、というものです」

 そして、こうも言った。

「もしくは子宮外妊娠、あるいは異所性妊娠。手術が必要になるかもしれません」

 本来、子宮に受精卵が降りたって根を張る場所ではないところに着床をしてしまう異常妊娠の可能性。きちんと処置をしな

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DAY4.  岡山の白桃

DAY4.  岡山の白桃

 今日、「胎嚢」という赤ちゃんを包む袋のようなものが子宮の中に見えたら、私たち夫婦の希望は、また少しだけ前進することになる。

 着床を確認してから10日、運命の分かれ道になるかもしれない検診日。

 この7年間で一度も経験できなかった、正確に言うと血液検査の数値的に「かすりはしたかも」のときが1回だけあったのだけれど、しっかり受精卵が子宮に着床したと「妊娠」の陽性判定がもらえたのは初めてのことだ

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DAY3.  ブルーインパルス

DAY3.  ブルーインパルス

「12時40分から飛ぶらしいよ、ブルーインパルス」

 ベランダの掃き出し窓をがらりと開け、洗濯ものを干していた私に夫が言った。

「えー、どっち? どっちの方向?」

「たぶん、あっちかな」

「見えるかなぁ」

 ふたりで空を見やる。濃い青色をした夏空は、雲ひとつないとはいかずに、ところどころにわた雲が浮かんでいた。

 今日は東京オリンピックの開会式だ。夜8時からの式を前に、ブルーインパルス

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DAY2.  33.3%の希望 

DAY2.  33.3%の希望 

 腹の奥底のほうが、ズキリとした気がする。

 嘘だ。たぶん、いつもの思い違い。妊娠の可能性などまったくない、なんでもない日にもときどき起こってきた違和感。妊活であろうが、不妊治療であろうが、自分の子宮を常に気にしてしまう生活をしたことがある人なら、たぶん経験者は多い。

 不妊治療を始めて7年目となる今年、奇しくも大波乱の東京オリンピックが開かれようとしているその直前に、私は初めて着床に至った。

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DAY1.  7年目の審判

DAY1.  7年目の審判

 とうとう朝が来た。7時に指示された投薬をするため、いつもより早く目覚ましをかけたけれど、それよりもだいぶ前に目が覚めてしまっている。

 今日は「判定日」だ。無事に5日目の胚盤胞まで育った受精卵を卵巣に移植してから、1週間。クリニックが指定した日に審判は下る。

 この1週間は異常に長かった。自衛本能で「そう簡単にはうまくいかないだろう」と何度も自分を抑える一方で、「今回は今までと比べてもいい状

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DAY0.  ノストラダムスの大予言

 少し雲がかった夜空。そこには、すうっと線を引いたような眉月が浮かんでいた。ふとすると雲に隠れてしまう、美しくもはかない光。あそこからだんだん満ちていくのか、それとも月のない闇夜に向かっているのか、天文学の知識がない私にはわからない。

 明日は「判定日」だ。ここまでたどりついた周期は数えるほどしかないが、私はいつも最後の審判が下るような気分になった。ノストラダムスの大予言じゃないけれども。

 

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