東京大学の学内ポスターから考える。勘違いから抜け出し、理系女子獲得のために大学が真にやるべきこと
少し前に「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」というポスターが東大の学内に掲出されて、話題になったのをご存知でしょうか?この取り組みを知ったときは、尖ったことをしているなあと思い、それ以上は深く考えていませんでした。でも最近、いろんな大学の理系女子獲得の入試広報活動を見る機会があり、それを見ていると、いや東大のポスターぐらいの“劇薬”が必要だわ、と思うようになりました。小手先だと、何も変わらないんですよね、きっと。
東大の不都合な事実を公表した学内ポスター
では、東大のポスターがどのようなものなのか、というところからはじめたいと思います。掲出されたポスターは3パターンで、ポスターには「なぜ東京大学には女性学生が少ないのか?」「なぜ東京大学には女性研究員が少ないのか?」「なぜ東京大学には女性教員が少ないのか?」という問いが書かれた半透明のシートがかぶされており、それをめくると、女性のビジュアルとともに、実際に女性たちが浴びせられた言葉が書かれたポスターがあらわれます。
掲載された言葉には「女の学歴に価値はない」のようなあからさまなものがあれば、「女性が無理に働かなくても」のような、一見、思いやりがあるように見えて、ジェンダーバイアスが根底にある言葉などもあり、男性の自分が見ると、ハッと思うところがありました。
一方、別の観点から捉えると、東大は学生の女性比率が慢性的に低く、それを上げていきたいという危機感をずっと持っています。今回の取り組みも、その一環なのですが、はたしてこれで上がるのか?とも思いました。当然、女子高校生は、東大に来たらこんな言葉を浴びせられるかもと思ってしまうわけです。しかも、実際の言葉を集めて、そのなかから選りすぐりのものを掲載しているので、リアリティがあるし、心にくる。半透明のシートがかぶされているのは、女性差別を受けた人がフラッシュバックを起こさないための配慮という意味もあるとのことでした。
現状を知ることは大事だし、それをもとに対策を打つべきだとも思います。でも、あえて東大にも、東大の教職員にも、東大をめざす女子高生にもダメージを与えるような“劇薬”のかたちで、世に出す必要はあったのか?しかも、何も解決していない状況なのに……。と、以前はここまで考えて、自分のなかで納得できる答えが出なかったので、そこで考えるのを止めてしまっていました。
理系女子獲得のために広報ができることとは?
今回、この東大のポスターについて「必要があった」という答えが、自分のなかで出たので、このnoteを書いています。きっかけは、最初に書いたように理系女子獲得のいくつかの大学のプロモーションを見たためです。ここで特定の大学名を出すと怒られそうなので出さないのですが、けっこうな数の大学が“キラキラして楽しい、だからおいでよ!”みたいな打ち出し方のプロモーションをしているんですね。
いやいや、キラキラして楽しそう!よし理系学部に行こう!なんて、絶対にならんやろと…。理系学部に行く高校生は、その分野を学びたいからであったり、その分野を学んだ先に何かやりたいことがあるから進学しようとするわけです。決してインスタに充実した日々を投稿したいがために理系学部に行くわけじゃない。むしろ、本気でそういったイメージを訴求することで理系学部に行く女子が増えると思っていたら、それはかなりヤバいですし、女子高校生のことをバカにしすぎです。
また、“女性こそ理系が合っている”みたいな切り口のプロモーションも目にしました。こちらについても、性別で学問の向き不向きがあるという考え方をしていること自体、すでに何もわかっていない気がします。
では、広報でできることが何もないのかというと、“理系には男性が多い”というイメージや事実によって、理系分野を学びたいのに二の足を踏んでいる女子高校生に対して、安心してもらうための情報を伝える、という意味では出る幕があるのかもしれません。ただこれは、何かしらの制度が”ある”というより、女性にとって不都合が”ない”ことを伝える広報活動です。これって、めちゃくちゃ難しいんです。
聞かれてもいないのに”ない”を押し出していくと、逆に”ある”ということなのでは?という気がしますし、専用の相談窓口を設置している等の情報は”ある”前提での情報になります。さらに”ない”ことを広報するには、調べて実証する必要があります。言える状況をつくるというのは、すでに広報活動の範疇から出ています(しかしこれこそが大事!)。そう考えると、結局、広報ができることは非常に限定的なのかなと思えます。
まずは原因を調べること、そして向き合うこと
丁寧にいろんな大学の理系女子獲得のプロモーションを見ていくと、なるほど!と膝を打つものもあるかもしれません。でも、ざっと見た範囲だと、やっぱり表面的なものが多いし、そもそもの方向性がズレているように感じられるものも少なくありませんでした。これって原因がわかっていないのに、何となくで情報発信しているからではないか?そう感じざるえません。
理系女子獲得を真剣に取り組んでいくなら、まず東大のように、そもそもなぜ女性が少ないのかを真正面から自問自答して原因を捉えることが、すごく大事です。そして、東大の場合、女性が少ない理由は、東大の体質のせいだという結論が見えてきたのでしょう。だからこそ“劇薬”になることを知りながら、学内に実情をつまびらかにして、まず自分たちが自分たちの体質に気づくきっかけをつくったのだと思います。
多くの大学が、理系女子獲得はプロモーションで何とかできると踏んでいるように見えます。でも、原因をちゃんと調べていくと、それはまったくの見当違いだったという結果が出てくる可能性が十分にありえます。そして、各大学が出てきた結果と向き合い、そこから導き出された問題を是正していくことができれば、社会の空気も変わるだろうし、理系に進学する女性も自然と増えるのではないでしょうか。そういう意味では、東大は身を削って、ファーストペンギンになってくれたと言えます。
ちなみに今さらですが、東大に女性が少ないというのと、理系に女性が少ないというのは、かなり通じるところのある問題だと感じています。男性社会が根付いていたり、難解なイメージがあったり、共通点が多くあるからです。今後、理系女子の獲得を考えるとき、競合大学の動向を見るより、東大の動きを見たほうが本質的な解決策を見つけるヒントになるかもしれません。ジェンダー問題に対する社会の感度は年々あがっています。場当たり的な対策は、かえって逆効果になる可能性が高いでしょう。じっくり腰をすえて、本質から変えていくことが、結局は理系女子獲得の一番の近道になるはずです。