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北新地の美人ママと腐葉土を採りに行った話

「ウチのお店って、企業の社長さんとかも多いので、表面的な知識じゃ通用しなかったりするんですよね」

コンサルタントよりすすきの

自営業をしていると、よくわからない営業電話がかかってくる。「話し方セミナー」を開くというコンサルタントもそのうちの一つだ。

そして毎度思う。

「どこの誰かも分からんアンタに習うくらいやったら、すすきの行くわ」

夜のお店に弟子入り?

さて、話は遡ること4年ほど前。当時、私は札幌で大学院生をしていた。そして、この時期に数回だけ、年配のおじ様たちにいわゆるキャバクラに連れられたことがある。

正直、このとき度肝を抜かれたのだ。

「この世には、こんなに聞き上手、話し上手がいるのかと」

おじ様たちは60代、私は青い20代という独特のテーブルでも、臆することなく話を続ける。誰が相手でも話題や歩調を合わせ、適切なタイミングで笑う。こんなスキルを持ち合わせていなかった私は、もはやこのキャバクラ嬢さんに弟子入りしたくなった。

そしてこんな話は女性にもあるようで、ホストクラブのお兄さんもやはり巷の男共とは桁違いに話を聞くのが上手いらしい。
夜のきらびやかなお店には賛否両論あるとはいえ、もし自分のお金を使ってまで「話し方」を学ぶのであれば、その講師はキャバクラのお姉様やホストのお兄様にお願いしたいと私は本気で思っている。

上品で話し上手な年上女性

という私に先日、知らない女性から突然電話がかかってきた。

「日帰りで申し訳ないんですけど、畑や栽培の見学行ってもいいですか?もはや働きますんで」

と。事情はあまり分からないが、猫の手も借りたいくらいに忙しかっただけにありがたいお申し出である。次の春に向けて、山に腐葉土を採りに行かねばならない私は、もちろん快諾した。

腐葉土は畑の土壌改良材として活用します。畑の水持ちや排水性を高め、肥料の効用を大きくするためです。

迎えた当日。私よりはそれなり年上とはいえ、非常に上品で美しい女性が私の宿の前にいた。話し方も見た目通りで、おしゃべりな私の話も笑いながら聞いてくださる。

一方で女性の話を聞いていると不思議な点もある。

「現地集合で海外旅行に行くこと多いんですよね」
「実は国内外いろんなところに旅行に行ってまして。そこで現地の美味しい料理はもちろんですが、食材の生産現場にも行くことが多くて」

この人は普段、何をしているんだ?どう考えても、一般的なお勤めの方ではありえない休み方をしている。そうか、旅や食のライターでもしているんだ。であれば、この丁寧な話し方にも合点がいく。

「うーん、ほんの少しそんなお仕事はしてますが、収入にする気はあまりなくて・・・。もはや純粋な興味というか」

逆に言えば、純粋な興味でこのド田舎・香川の離島まで来るフットワークと時間・お金の余裕があるということでもある。ますます謎は深まるばかりだ。

側溝にたまった腐葉土を軽トラに乗せる

新地のママの学び

「お話があまりにも上手なので、もしかして大きな宿の女将さんみたいなお仕事ですか?」とジャブを打つ。すると、ついにその答えが分かった。

「実は、新地のクラブでママをやってまして・・・」

新地とは大阪の大歓楽街「北新地」のことである。東京で言えば銀座のようなところで、いわゆる高級クラブも立ち並ぶ場所だ。無論、筆者はそんなところで酒を飲んだことなどない。というか、どう生きていれば高級クラブで酒を飲むような人生になるのかも想像もつかない。
そして話を伺う限り、この女性のお店は食事は出さない酒一本勝負。そして基本は一見さんは来ないような店だそうで、私からすればテレビドラマでみたような店なのだろう。

「ウチのお店って、企業の社長さんとかも多いので、表面的な知識じゃ通用しなかったりするんですよね」

と腐葉土をスコップで畑に移しながら、ポツリと言う。まさかこれもママとしての社会勉強なのか。

そういえば昔、地元の友人から「俺のホステスの友達、毎朝日経・毎日・朝日みたいに新聞3紙読むらしいねん。そうやないと、お客さんの会話についていかれへんから」なんてにわかには信じがたい話を聞いた。ただ、たぶんこの話は、目の前のママの話を聞く限り本当だ。

「会話」をお仕事にするということには、知識も経験も庶民の私が想像する以上に必要となるのだろう。というか、そうに違いない。

この女性にとって、私と腐葉土を採りに行った時間が彼女の「養分」となったのなら、それだけでこれ幸いである。
そして私は、話し方はコンサルタントではなく、夜の世界の方々に習いたいと改めて思った次第だ。

来年の春まで、この腐葉土は一旦休み


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