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Episode 416 照準合わせが出来ません。

トム・クルーズが主演した映画「TOP GUN」は1986年公開の映画で、その前年に公開された「Back to the Future」と並んで大ヒットしたアクション映画なのです。
「TOP GUN」が公開された当時の私は高校1年生で、学生証を片手に映画館へ足を運んだのです。
実を言うと私は航空ファン…というほど詳しくはないものの、飛行機が好きな一面があってですね、プラモデル作成が好きだった私はハセガワ1/48スケールのF-4EJ PHANTOM II を新谷かおる氏のマンガ「ファントム無頼」に登場する赤いダンダラ模様が入った空自・百里基地所属の新選組680号機仕様の塗装をするとかですね…あぁ失礼、脱線しましたね。

航空機のドッグファイトというのは基本的に「背後に回り込んでロックオン」なのです。
その辺の様子は「TOP GUN」にも「紅の豚」にも描かれているワケでして、後方から一機に照準を合わせて仕留めるワケです。
私の「ロックオン」のイメージはこれです。

先日のブログで「察することができないASDの私」にも、「言意外の情報を読み取ることが出来る場合がある」というお話をしました
但し、それは対面するあなたの表情やジェスチャーを読み取って「あなたの状態を理解する」ということで、それはあなたが言意外で「You know ?」を発信していると捉えていないことを指摘したのです。
だから私は「I know !」を飛ばして「あなたの今の状態にあっているだろう…と、私が勝手に思っていること」をし始めるワケでして、つまり定型のあなたが求める「You know ?」に対して期待される「I know !」の反応が返ってこないということです。
これが、気が付いていても感情の折り返しが上手く出来ない(I know ! を表現できない)ケース…というワケです。

つまり…これは前回も指摘したとおり、特定の条件が揃えば対面するあなたのジェスチャーを読み取ることは出来るというだけのことであって、定型社会が指すであろう「広義の察する」には程遠いのです。
そしてその特定の条件というのが「ロックオン」…つまり、あなたに照準を合わせて状態を見積るということです。

さて…その厄介者の「広義の察する」なのですが、簡単に言うと「空気を読む」ということでしょうかね。
これが私にはできません。
それはどういうことなのか…ということなのですが、先日こんなことがありました。

パートナーと長男が夕食中にお話をしていたのです。
最近の話題と言えば…例のウイルスの件がどうしても多くなります。
私が住む街にも「感染者が出た」と報道された途端に急速に陽性の方が増え始めた…という状況の中で、オリンピックの聖火の採火式のLIVE報道がありまして。
テレビに映るLIVE映像を眺めながら「オリンピックやるのかなぁ…。」なんて話しているのです。
私はぼんやりとふたりの会話を聞きながらもテレビでのLIVE画面に目をやり、黙々と夕食のおかずを突きます…と書くと、あれもこれもマルチタスクでやっているように感じるでしょうが、正直なところ、「何も手についていない」というのが本当のところです。
パートナーと長男は、LIVE映像から思い浮かぶオリンピックの話を映像を眺めながら同時並行で話しているワケですよね…しかも食事しながらです。
これ、私から見ると、LIVE映像とパートナーと長男という3つの照準と食事という別項目を同時に扱う…ということです。
この状況から場に会う言葉を絞り出せるのか…ということですよね。

えー…ムリです。
ハッキリ言って、会話について行くことを諦めてます。
自分ができる範囲のことに絞り込むしかありません。
この場合であれば、折り返して反応する必要のないLIVE映像に絞り込むことが一番負荷が少ない。
ただ、この状態になると「私は家族の会話に興味がない」という話になってしまうワケです…それは上手くない。
なので、出来る限り家族の会話に耳を傾ける努力をします。
ですが、そもそも私は「聴覚記憶が弱い」上に、この状態でもパートナーと長男というターゲットが2名なわけで、結果的に「二兎を追う者は一兎をも得ず」的な…断片的な言葉を拾って会話の表面的な意味を繋げるので精一杯。

つまりですよ、家庭の夕食の会話レベルで照準が定まらずにあなたに「ロックオン」できなくなる…ってことです。
この世の中で、対面で「ロックオン」できるタイミングがどのくらいあるか…と問われれば、それほど多くないでしょうね。
言ってくれないと分からないほどに察する能力がないASDの私は、出来ない部分をその場の人にフォローしていただくか、出来ないと諦めてしまうかどちらかになってしまいます。
あとは、それをどのように周囲に伝えるのか…。

開き直るつもりはありません、でも受け入れる必要はあると私は思っています。
努力はします…でも、周囲のご期待に添えられるかどうかは分かりません。
できない部分を含めて自分の特性を知るということは、つまりこう言うことなのでしょう…と私は思うのです。

だからこそ、「ロックオン」した相手には上手に「察する」を表現したい。
少なくても、パートナーには…と思ってしまいます。
パートナーにそこを指摘される悔しさは、こんな気持ちの裏返しなのかもしれません。

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