対人恐怖症(社会不適合者)のモーニングルーティン

※この記事は【ちょっと一息物語】というコンセプトの創作です。その名の通りコーヒータイムや仕事の合間、眠る前のちょっとした時間に読んでいただけるような短い物語として書きました。今夜は、とある社会不適合者のモーニングルーティーンを覗いてみましょう。それでは、ゆるりとお楽しみください。

〜2021年5月6日午前6時30分〜

頭は覚醒しているのに、体が布団から出るのを拒否している。


「行きたくない生きたくない。」


これはわたしが毎朝唱える呪文のようなものだ。本当なら仕事なんかせずに好きなことだけして生きていたい。でも、働かないとお金が入ってこないし、そうなればスマホ代も電気代も払えず家も追い出されてしまう。だから働く。今日も命を削りながら、ボロボロになりながら社会的強者の足元にすがりつき、なけなしのお金をもぎ取る。


人は恐怖が絶頂に達すると身体が固まり動くことができなくなる。声も出ずまばたきもできない。普通の人なら、そんな恐怖体験は人生で数度ある程度だろう。わたしは違う。わたしはこれが毎朝起こる。体が震え、冷や汗をかき、悪い夢に撫でられているかのように絶望感にさいなまれる。目が醒めてからしばらくは動けない。


「行きたくない生きたくない。」


そう呪文のように繰り返しながら、魂が鎮まるのを静かに待っている。次第に諦めの境地に入る。どんなに駄々をこねても結局は仕事に行かないといけないし、生きないといけない。自分で自分の魂に鞭を打ち、屍人のように折れ曲がった姿勢で起き上がる。


〜2021年5月6日午前6時55分〜


わたしは必ず朝にお風呂に入る。心地よい湯で身を清めることで、ネガティブな気持ちをリセットするためだ。もちろん、完全にリセットし前向きになることは不可能だが、それでも気持ち楽になれる。


お風呂の中で、わたしは自分の顔をみつめる。


うん、今日も廃人のように生気のない顔だ。鏡の向こうに立っている彼女は、根暗そうで卑屈そうで気弱そう。絶対友達になりたくないタイプだ。一緒にいるだけで負のオーラが映ってしまいそうだ。


「お前なんか大嫌いだ!」


わたしは思いっきり鏡の彼女に水をかける。水でどろどろと顔が醜く崩れ、もとに戻る。彼女は泣いている。恨めしそうにこちらを見ている。


「こっちを見るな!このろくでなし!社会不適合者!」


わたしは何度も何度も水をぶっかける。何度も、何度も。


その度に彼女の顔はどろどろに溶けていく。わたしの心もどろどろに溶けていく。涙がいくつも流れ、その温もりを頬に感じ、自分自身の生命のエネルギーを知る。


「ごめん、ごめんね」


その場に座り込み、ありったけの涙を流す。自分の生命力を感じ取るために。シャワーの温もりでは浸透しない、本当の暖かみを求めて。


ひとしきり泣き終えると、また立ち上がり、鏡を見つめる。彼女も私を見ている。そっと鏡に手を合わせる。彼女がかすかに笑う。体が痩せてボロボロになった野良犬が、最後の希望を振り絞って人間にすり寄るような痛々しい表情だ。


わたしにしてやれるのは、鏡をきれいに磨いてあげることぐらい。彼女の表情はいつも曇っているが、鏡だけはピカピカにしてやりたい。大事に大事に、まるで彼女の存在ごと磨くかのように。


〜2021年5月6日午前8時〜

コンビニのパンを一口だけかじって玄関の扉を開ける。手が震える。足が震える。吐き気がする。でも、生きていかなくちゃならない。生まれた意味なんてないけれど、死ぬ意味もない。


余計なことは何も考えるな。今日を終えることだけを考えろ。


外から冬の冷たい空気が流れ込んでくる。こぶしを握りしめ、わたしは今日も生きる。

大事なお金は自分のために使ってあげてください。私はいりません。