アンナ・ツィマさん 「シブヤで目覚めて」
小さな頃、きっと誰もが憧れたように
私も憧れたものがある。
アニメ/漫画 「ドラえもん」で登場する、どこでもドア 。そして、タイムマシンなど、時空間を超えて 望むところへいけるアイテムだ。
けれど、子ども心に ハラハラ心配したこともある。
もしも帰ってこられなかったらどうするんだろう?
ずっと、行ってしまったままだったら
どうするんだろう?
これから紹介する一冊は、日本への恋い焦がれる気持ちが強すぎるあまり
「分裂」してしまった魂、【想い】が、東京に残ってしまったまま、7年間もさまよい続けるチェコ・プラハの大学院生 ヤナ・クブコヴァー 。
そして ヤナとプラハの研究室で知り合い、思いを寄せあった 大学院生 ヴィクトル・クリーマ。
ヤナとクリーマの プラハでの日本文学研究の日々を中心に綴られた物語だ。
ヤナは、日本、そして日本の文化や文学への興味関心、愛がとても強い。
好きな男性のタイプは 三船敏郎だと豪語し、三島由紀夫や松本清張、時には井原西鶴の翻訳を試みたりする。
ヤナは当然のように大学では日本学を専攻して
いた。
「一見、実用的ではないように思われる専攻を 人々は完全に無駄だと思う傾向にある」
(p37)
そんな思いは抱きつつも学問に励むヤナが図書室でアルバイトをしているときに、ある作家に出会う。
その名は 川下 清丸(かわした きよまる)。
川下 清丸の研究をしたい、論文を書きたい、そんな思いがヤナを突き動かす。
文献もなかなか手に入らず、
翻訳も苦戦する中で、
クリーマが 手伝いを買って出る。
日々一緒に過ごす時間が長く/多くなるにつれ、ヤナも、そしてクリーマもお互い秘めた恋心を抱くようになる。
ある日、ヤナは、友人と東京を訪れる。
しかし出国の日のはずなのに ヤナだけ残されている。
「チェコのみんなが、私がいなくてもまったく寂しがっていないとしたら?」
(p53)
ずっと東京とプラハを行き来しているのではなく、
彼女の【想い】が分裂を起こした結果、【東京に残ったヤナ】は17才のまま、東京に閉じ込められてしまう。
一方 プラハでのヤナは念願の文献を手にした クリーマと共に、一緒に、懸命に 訳す。
時には一緒に飲みに行ったり、お互いの家に行ったり。
そんな二人は、あることをきっかけに疎遠になってしまう。
しかし、その後、二人は意外な場所で再会するのだが...。
読みながら、すごいなぁ!と何度も思ったのは
アンナさんによる 東京や首都圏の説明の緻密さだ。
「渋谷の地下鉄の駅は巨大なアリ塚のようだ」
(p304)
私自身も、今は千葉県に住んでいるが
結婚するまで東京に居たときも、
中・高・大学時代に学校帰りなどで渋谷へ行く度に 人の多さに酔いそうになっていた。
アリ塚、という表現はとても言い得ていると思う。
また道玄坂のある一角に関しても、
とても絶妙な表現をなされていた。
そして、もう一つすごいと思った点は
プラハ、渋谷と舞台が変わる度に
しっかりとそれぞれの世界観になっていて、とても面白い。
それだけでなく、中盤からは 川下清丸の作品や参考文献の 引用が かなり多くなるため
川下清丸の生きていた時代、描かれた時代 と、現代というものが
違和感なく行き来されているのだ。
そして、私の場合、読み終わった時にやっと気づいた ある トリックとも言える大きな点がある。
読み終えてから
「えっ、もしかしてこれって...!?」
調べてみたら、その通りだった。
そのくらい、全く疑うことなく読んでいた。
そうした点に関しても もともとのアンナさんの チェコ語での文章表現に違和感がなく素晴らしかったのだと思うし、
翻訳された阿部さん、須藤さんも違和感のない日本語に訳されたのだと思うと、その技術もとても素晴らしいと思った。
最後に。
この本の序盤に、ヤナの友だち 川上 雅知子 (マチコ) が「チェコ人が日本人をどう見ているか」という作文を書いた内容が、序盤からまず印象に残った。
その内容というのは、多くの日本人も外国人に対して 多少なりとも抱いている 偏見だったり、思い込みなものだからだ。
そして日本への 憧れ、恋い焦がれるあまり【想い】がさまよう、という形で東京に囚われてしまったヤナ。
果たして、【東京に残ったヤナ】は本当に想いだけが残ったのだろうか?
渋谷という多くの人が行き交う中で
もしかしたら、誰もが目に留めなかった、
もしくは 見ないふりをしていたとしたら。
読み応えがあり面白かった、というだけでなく
実に様々な思いが頭を駆け巡った。
この 読書の秋2021 という企画がなければ
もしかしたら、出会えなかった本かもしれません。
普段、なかなか手にすることのないジャンルの本だけに、この機会に読むことができて本当に感謝しています。
河出書房新社さん、そして 著者のアンナ・ツィマさん、翻訳の阿部 賢一さん、須藤 輝彦さん、出版に関わった皆さん ありがとうございました。
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