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「私の死体を探してください。」   第35話

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 卒業とともに結婚生活がはじまることになりました。結婚することになって、まず住むところをどうするかで、三島とではなく、お義母さんと揉めました。

 私はお義母さんと同居でもよかったのですが、お義母さんは仕事をしていない三島をご近所の人に見られたくないようだったのです。 私は賃貸を希望していましたが、なぜか、新築のマンションを私が買うことになってしまいました。

 こうして、私と三島の新婚生活がはじまりました。

 結婚生活の十年、私が稼ぎ、三島が散財するという関係でした。

 三島は編集者が自宅に打ち合わせにくるのが好きでした。自分も、もの書きなのだと言って、アピールする度に私は笑いが止まらなくなりました。
「いつかやりたい」と三島が思っていそうな仕事は率先して受けました。その時の三島の悔しそうな顔はわたしのごちそうでした。

 お義母さんの嫁いびりも楽しめてしまうくらいのごちそうでした。

 私が目標を達成するごとに、三島の散財と浮気癖は酷くなっていきました。

 三島は三島で私にそういう形で復讐しているのだと思いました。

 自分がやりたいことをやって生きている私を罰してやりたかったのでしょう。

 そして、いつまでたっても三島の作品はできあがりません。

 きっと、そんな日は来ないのだろうと思っていました。このまま、三島は腐っていくのだと、心の中でせせら笑っていました。

 けれども、そうも言っていられない状態になりました。一年前、私は脳腫瘍を宣告されたのです。とても難しい場所にあり、かなり大きくなっていると言われたので、私は手術はしないことに決めました。

 そして、自分が感情を失う前に、死のうと考えました。

 そこまで決意はしたものの、私は改めて自分の人生はなんだったのかといろいろなことを思い返し、空しくなったのです。 

 そして、三島に最後の復讐をしようと考えました。

 復讐というか、実験に近いかもしれません。私がされてきて、本当に嫌だったことをしたとき、三島はどうするかなと、何度も考えたのです。

 そして、三島は私が同じことを三島にすれば、私を殺すのではないだろうかという結論にいたりました。私がどれだけ目標を達成しようとも、三島は私を見下していました。

 神永先輩はお気づきかもしれませんが、他の編集者には私の作品はデビュー作しか読んでいない。私の仕事にはノータッチだと言っている三島ですが、三島は私の作品を本当はデビュー作からすべてを隅々まで読み、ピントのずれたアドバイスと、理不尽な評価を下し続けたのです。

 一番傷ついたのはこの言葉でした。

「麻美の読者は低脳なんだな。こんな易しい小説で喜んでいるんだから」

 私ではなく、私の読者に対する誹謗中傷は私を苦しめました。

 三島の作品を読んで、私がされてきたことをそっくりそのまま返したい。

 それで死ぬなら面白いかもしれない。

 私はそれから、もしそうなったら、次にどうなるのかを考えてみました。

 小説の伏線を考える作業と一緒です。

 いかにドラマティックになるのか考えました。私が死んだ後、三島はきっと山中湖の別荘で私を解体するだろうな。そして、死体の一部は山中湖に捨てるかもしれない。

 そうすれば私の墓標は富士山になるのか。それも悪くない。と思いました。

 この計画で一番難しかったのは、三島に「習作」ではないものを書かせることでした。それには池上さんに協力してもらいました。

 もう、誰も三島の作品を読んでみたいというものなど誰ひとりいなかったので、三島にやる気を出させたいと言って池上さんにお尻をたたかせることにしました。

 ようやく三島は久しぶりに何かを書きはじめたので、池上さんに次の指示を出しました。「妊娠した」と池上さんからメールを貰った三島は一心不乱に何かを書いているようでした。でも、肝心の池上さんに対して、何もフォローをしていませんでした。

 三島にとって女性は安心させる対象ではありません。なので、気遣いというものがない。実際の池上さんは妊娠していなかったのですが、三島のこの態度は池上さんに不信を抱かせるに十分だったと思います。

 もともと、池上さんは三島と望んで関係を持ったのではないような気がしていたので、そもそも、損なう信頼関係すら希薄だったとは思いますが、念には念をと思いました。

 こうして、三島が小説を完成させるという舞台を整えたのです。

 最初にこの計画を考えたときに、私の死んだあとのことを考えてみました。三島のことだから、山中湖の別荘で私を解体すれば二度と別荘には訪れない可能性があるなと思いました。

 それはつまらないなと思いました。ゆっくり、私を殺したことに怯えて貰いたかったので、山中湖の別荘に行くしかない状況を作りたいと思いました。

 それに一番邪魔なのがお義母さんの存在でした。三島の実家はそこそこに資産があるので、三島が困ればさすがにマンションを買うときに何も援助しなかった上、名義を三島にするように言った理不尽な姑でも、お金を出すと思いました。

 そして、私はあのお義母さん宛の遺書の通りに、お義母さんが橋本良介と出会うようにお膳立てをしました。私がやったことはきっと批判されるでしょう。でも、橋本良介について語るときのお義母さんは、私を嫁いびりする時よりずっと笑顔で、顔を輝かせていたので、私は悪いことをしたとは思っていません。

 私が死んだ後もお義母さんはきっと幸せなのではないかなと思います。

 ただし、お金が続く限りはという条件がついてしまうのが残念です。

 これで、お義母さんが三島を助けることはもうないでしょう。

 そして、私という収入源が絶たれた三島は、東京のマンションを売って、山中湖の別荘に行くしかなくなる。

 ここまで、私の思うとおりになれば、せっかくなので、特別なゲストを別荘に招待しようと思いました。

 私の親友。佐々木絵美さんの父親の佐々木信夫です。メールを送ってみたらとてもいい反応が返ってきました。

 絵美は復讐を望んでいないと言いました。その意思をずっと尊重していきたかったのですが、いざ自分が死ぬことになったとき、やはり佐々木信夫は許せないと思いました。

 私は一人生き残ってから、事件についてずっと考えてきました。そして、こんな疑問が湧いたのです。佐々木信夫が絵美に性的虐待をしていなかったなら、絵美は果たして、私と友だちになっただろうか? という疑問です。絵美は私たち四人の孤独や苦しみに吸い寄せられました。それは絵美自身が苦しんでいたからです。

 私にこんなことを考えさせる佐々木信夫が許せなかった。

 なので、私は今までずっと語ることのなかった『白い鳥籠事件』のノンフィクションを書き上げることにしました。佐々木信夫にそのことメールを送りました。佐々木信夫は絵美が死んでから、個人で塾を開いていましたから、簡単にホームページにたどりつき個人情報を入手できたのもラッキーでした。

 私が数回メールをしたところ、返事があったので、いざ小説が掲載されれば、何かしら反応があると思います。

 山中湖の別荘に私を訪ねるか、あるいは自死する可能性もあるなあとは思います。

 できたら、三島のいる別荘に行ってもらいたいものですが、私はもう死んでいるのでどうなるかは想像するしかないのが残念なところです。

 ここで、もし、神永先輩が私のブログを触れないことでお困りでしたら、IDをお教えしますね。私が高校時代に使っていたフリーのメールアドレスがまだ生きていたので、それをIDにしています。佐々木信夫にもそのメールアドレスでメールを送っています。パスコードは……。もうお分かりだと思いますが、池上さんが知っています。


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