「私の死体を探してください。」 第36話
神永先輩はご存じだとは思いますが、三島は大変プライドの高い、そして、大変臆病な男です。習作ですら、神永先輩に見せることがなかったのですから。
その三島の作品なのですが、まあ、本当に酷いものでした。恥をかかずに作品を生み出そうとするからだと思います。そして、人の作品を批判の対象にしかせず、自分自身をアップデートすることがなかった人間の末路だと思います。
私は三島には遺書を残さないことに決めています。
そうすれば、三島は私が何をしたかったのか、どうして、殺される前に遺書を書いているのか、ずうっと考えることになると思います。あるいは私がまだ何かを書き残しているかもしれないと妄想し続けるかもしれません。そうして、ずうっと考え続けて、三島はあの別荘で少しずつ病んでいくと思います。
もしかしたら、私の予想も推理も外れてしまうことだってあるかもしれませんが、それならそれでいいと思います。
予定通り三島に殺されたという目的は達成できたのですから、残された未来は死んでしまった私には私自身が想像した未来しか残っていないのです。なので、私にとっての真実は、ここに書いてあるとおりなのです。
ここで、神永先輩に一つお願いがあります。
これを読み終えたら、池上さんの安否を確認して欲しいのです。
何を言うんだ? 池上なら会社にいる。ということならいいのですが、池上さんは私のストーカーである前に私の作品の熱心なファンでもありました。池上さんがちょっとしたことで、せっかく私が遺書まで書いたというのに、三島が私を殺したということに気づいてしまうかもしれません。そうすると、どういうことになるか、恐ろしいことが起きるのではないのかと、想像せずにはいられないのです。
長い話にお付き合いいただいてありがとうございます。ここまで書いて自分でもなんでこんなことをしたのだろうとも思います。
三島と離れて、残り僅かな余生をゆっくり過ごすことだってできた。と神永先輩だってそう考えると思います。
私はきっと他でもない三島に愛されたかったのかもしれません。けれど、決して手にはいらないものでした。三島が持っていない感情だったので、きっと私以外の三島に関わったことのあるどの女も受け取っていないはずです。
そして、私も誰かを上手に愛せるような人間ではなかったのだと思います。
あのふわふわした、やわらかい気持ちの代わりに手に入れたこの憎しみこそが、私の愛情だったのだと思います。
最後になりますが、神永先輩、神永先輩を真実の見届け人に選んでしまって申し訳ありません。でも、神永先輩が一番ふさわしいこともお分かりではないでしょうか。
この真実をどうするかは神永先輩にお任せします。そして、池上さんがきっと死ぬほど欲しがるはずのサイコシリーズのプロットなのですが、プロットではなく、完成させた小説が池上さんのPCから朝山出版文芸部の共有ファイルに入れてあります。左右にアンダーバーと730としかタイトルのないファイルを開いてみて下さい。
池上さんはまさか私が自分と同じことをするとは思いもしなかったようですね。
この原稿も神永先輩にお任せしたいと思います。
お好きにしていただいて結構です。私は神永先輩のおかげで作家になることができたと思っています。神永先輩が沢山褒めてくれたから、三島にどんなことを言われても、違う視点で受け止めることができました。
神永先輩を好きになれば良かった。と思ったこともあります。でも人間は必ずしも正しい道を選ぶことができない。
それは私の四人の友人たちが教えてくれていたはずなのに、それでも私は正しい道は選べなかった。
でも、この世に爪を立てることも叶わず、飛び立ってしまった四人の親友の代わりに、少しでも爪を立てることができたのなら、少しは正しい道を選べたのだということになればいいなと思います。
私もようやく飛び立てます。
神永先輩、さようなら。どうかお元気で。
令和5年 7月30日
森林麻美
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