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「私の死体を探してください。」   第22話

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 女子のグループの中で、五人という人数は、若干多いように思われるかもしれない。二人でも三人でも四人でもなく五人というのはなかなか珍しい。

 けれども、彼女たちの場合は五人グループといいつつ学校に五人が揃うことはまれだった。麻美以外はみなそれぞれが時々学校にこなかったからだ。

 だいたいは四人で、三人のこともあった。
 特に欠席が目立っていたのは、祖母の介護を手伝っている由樹だった。遅刻と早退も多く生徒指導室に呼び出されることも多かった。 由樹が最初に生徒指導室に呼び出されたとき、その様子を聞き出す口火を切ったのは絵美だった。

「ねえ、大丈夫? なんだったの?」

「私、欠席と遅刻と早退が多いじゃない? それで注意を受けただけ」

「ねえ、どうして欠席と遅刻と早退が多いの?」

「私、初潮が来たのがつい最近なんだよね。遅いよね。陸上やってるせいなのかなんなのか分かんないんだけど。遅くてよかった。生理がくるようになってから、なんか体調がおかしいんだよね。生理ってつらいね」

「そうなんだ。そうだよね」

 由樹の言い分を最初はみんな信じた。

 信じたというよりも、どことなく漂う嘘の香りを四人は無視しただけかもしれなかった。 四人は分かっていた。もし、嘘だったとして、それを暴くことには何の価値もない。由樹を傷つけてしまうだけだ。

 由樹が自分の問題をようやく話題にしたのは、あんなに好きだった陸上部をやめさせられた時だった。 

 その時も最初に話しかけたのは絵美だった。 

放課後の教室でたまたま四人だけしかいなかった。
由樹は絶望していた。緊張の糸が切れたのだろう。短い髪を掻きむしってから、嗚咽をあげながら泣き始めた。

「お母さんにやめてこいって言われたの。おばあちゃんが……。おばあちゃんね、ぼけちゃってて、冷蔵庫の中身を全部食べてしまったり、洗濯物を全部水浸しにしたりするの。でも、一番酷いのはね、どこかにふらふら出かけてしまうこと。もう、三回も一一〇番して探してもらって、お母さん、とうとう、おばあちゃんを縛りつけるようになって……」     

 高校生にとっては壮絶な内容だ。と思って麻美は唖然とした。他のみんなが自分と同じように感じているかは分からなかったが、皆由樹が全部吐き出せるように黙っていた。

 悪い膿が全部出てしまえば元に戻るとでも信じているかのようだった。

「私が家に帰るまでおばあちゃんを縛るって言うの」

 長い沈黙の末、やっぱり絵美が尋ねた。

「どうして?」

「分からない。何度聞いてもこうするしかないんだって言われる。おばあちゃん、ぼける前は元気で明るくて家族みんなに優しかったのに」

「由樹んちって、お父さんは?」

「転勤族で、県外にいるから全然あてにならない」

「おばあちゃんが縛られてること、お父さんは知ってるの?」

「知らないと思うけど、知ったとしてもお父さんは何もしてくれないと思う。お父さんは……」

「お父さんは……何?」

「ううん。なんでもない」

 由樹の父親には愛人がいた。自分の母親の介護を妻に押しつけて、父親は単身赴任先で、不倫を楽しんでいた。事件後週刊誌はそう書き立てたが、この時、由樹はそのことを口に出さなかった。 

 いや、死ぬまで口に出さなかった。

 子どもと言うものは、自分で受け入れがたいことや、恥ずかしいと思うことを極力秘密にしたいと思うものだ。とくに対等だと思っている大切な友人には秘密にしたいものだ。

「陸上部やめたくなかったなあ。走る時だけは、どんな嫌なことだって忘れてしまえたのに。でも、もうこれで良かったのかもしれない。部活に行ってもね、おばあちゃんが縛られてうめいてるかもしれないって思うと。全然楽しくなくなったから」

「そんなの、由樹のお母さん、由樹の善意を搾取してるようなもんじゃない」

「善意? 搾取? そんなのはよく分かんないけど、帰るよ。私が帰るまでおばあちゃん、ベッドに縛られてるから」

 由樹はそう言い残すと、陸上部ナンバーワンの健脚で走り去っていった。誰も追いかけられないことは分かっていた。

 どうにもならないことがある。ということを由樹以外の四人も十分に理解していた。

 みんなそれぞれどうにもならないことを抱えていたからだ。



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