見出し画像

「私の死体を探してください。」   第12話

前話へ /このお話のマガジンへ/ 次話へ

 池上さんは泣きながらも、パソコンのファイルを確認していた。近くにあるUSBも片っ端から差し込み、まるで我がもの顔で麻美のパソコンを扱っていた。麻美の頭の中を探り出そうとしているようだった。

「あ! ありました!」

「パスワードが見つかったのか?」

「違います。ブログに書いてあった新作の原稿です」

「本当に? 過去の作品じゃないのか?」

 僕がそう言うと、池上さんはギロリと僕を睨んだ。

「私は森林先生の作品を全部読んでます。エッセイの一本に至るまで、タイトルはすべて覚えています。これは初めて拝見するタイトルです」

 鼻息荒く、自信満々の池上さんに僕はイライラした。

「池上さん、さっき言っていたことと矛盾するじゃないか。君がそれを見つけた。ということは、麻美は本当に新作小説を残していた。作家の職業倫理に反して読者を裏切っていたから、読まれなくなる覚悟の末、麻美は自殺したかもしれないと君は言っていた。なのに読まれないものを残す。ということはありえないんじゃないかな?」

 池上さんは図星だったのか顔をサッと赤らめた。

「分かりません」

「そうだろう」

「でも、これを読めば分かるかもしれません。少なくとも私は森林先生が何をお考えになったのか知りたいと思います」

「その言い方。まるで僕が麻美のことを知ろうとしてないみたいじゃないか」

「違うんですか? 私にはそう見えましたけど。森林先生が主役の受賞式に正隆さんがいると私はざわざわしましたよ」

「ざわざわってどういうことだ?」

「正隆さんは不穏な空気を漂わせてました。森林先生が賞を受賞されるのを喜んだこと、一度もないんじゃないかなあって、私が疑ってしまうのは、考えすぎでしょうか?」

 頭にカッと血が上った。喜ばなかったわけじゃない。ただ、麻美が成功をつかむたびに、焦りが背中を這い上ってくるような感覚に陥った。いつか、絶対素晴らしいものを書く。という決意のハードルがどんどん高く遠ざかっていくような気持ちになった。

 麻美の作品はデビュー作しか読んでいない。影響されたくないからだ。麻美のデビュー作は確かにアイディアが面白かったかもしれないが、荒削りで、文章は素人くさかったし、あれが小説と言えるかはギリギリのラインだったと思う。

 きっとその時の応募作のレベルが低かったのと、ハタチの女子大生だったのが大きかったのだろう。

 要するに運が良かった。それだけのことだ。
 麻美のデビュー作を最初に読んだのはほかでもない僕だ。もうちょっと書き慣れてから公募に応募した方がいいと僕はアドバイスした。僕たちは付き合いはじめたばかりだった。麻美は僕の意見を尊重してくれていた。

 それを無視して勝手に公募に送ったのは、二人で入っていた創作サークルの代表だった。 応募原稿の体裁を整えたのもその代表だ。創作サークルに所属しているにも関わらず、その代表は自分では創作をせず、サークルのメンバーの作品を読んでアドバイスをするのを楽しみにしているタイプの人間だった。

 安全なところから、人が苦労して作り上げたものにああだこうだ言うだけだなんて、さぞかし気持ちが良かっただろうとは思う。読書ブロガーで注目され、悦に入っているような人間だった。

 けれど、その代表が麻美の原稿を読みあの作品にあった公募の募集要項に
従って原稿の体裁を整えて送ったのだから、本人にしたら善意からでしかないと言うだろう。  

「勝手に送ってしまって申し訳ないとは思ったけど、このままにしておくのは。どうしても、もったいないと思ったんだ。麻美さんおめでとう。うちのサークルから、初めてプロ作家が誕生したんだ。こんなに嬉しいことはないよ!」 

 あの代表は麻美を見出したというエピソードをひっさげて、第一希望だった出版社に内定をもらった。今もそこに勤めているのではないだろうか? ごく短い期間、麻美の担当だったこともあるがいつの間にか担当から外れていた。

 僕個人としては人の原稿を勝手に公募に応募した、傲慢でデリカシーのない人間とは関わりたくなかったから、麻美の担当じゃなくなって、ほっと胸をなで下ろしたものだ。

 それにあの男は麻美に下心があったように思えて仕方がなかった。

 どこか陰気な雰囲気で変な女だったけど、麻美は創作サークルの女子の中でも美人だった。


前話へ /このお話のマガジンへ/ 次話へ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?