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ダスカロスの教え、用語の解説


はじめに

わたしがスピリチュアルなことを考える場合、経験的、感覚的にもっとも馴染むのは ダスカロス の「教え」である。

ダスカロスを知ったのは、2008年頃だったと思う(もう少し前だったかもしれない)。「メッセンジャー」という本を読み、彼の「教え」の高度な内容、ヒーラーとしての目覚ましい能力に触れて驚いた。

ただ、わたしは、彼の「教え」に完全に沿った暮らしを、ずっとしていたわけではない。ダスカロスが「真理の探究者」に求める7つの約束のハードルは極めて高い。

7つの約束

私は、自分自身に約束します。

、いつどこにいても、私もその一部である絶対無限の存在に、心をこめて奉仕します。
、いつどこにいても、私には神聖なる計画に奉仕する準備ができています。
、いつどこにいても、またどのような状況にあっても、私は神聖なる贈り物である思考と言葉を正しく使います。
、最も賢明なる神聖なる法則が与えてくれる、あらゆる試練と苦難に対して、私は不平不満を言うことなく、忍耐をもって受け入れます。
、私に対する人々の行動がどのようなものであっても、私は心と魂の奥底から、誠意をもって兄弟姉妹である隣人を愛し、彼らに奉仕します。
、私のあらゆる思考・願望・言葉・行動が神聖なる法則と完全に一致することを目的として、毎日絶対無限の存在について瞑想し、熟考します。
、私のあらゆる思考・願望・言葉・行動が神聖なる法則と完全に調和したものであるかどうか、毎晩確認します。

ダスカロス著「エソテリック・プラクティス」48ページ

「白いローブ」をまとうのに相応しくなるには、相当の鍛錬と覚悟が必要だ。誰にでも門戸は開かれているが、教えの核心に届く人間はごく少数だろう。

その「敷居の高さ」ゆえ、わたしはつかず離れずというスタンスだった。普段はほとんど忘れた状態でありつつ、意識の深い部分においては離れたことはなかったように思える。スピリチュアルな探究について書きはじめると、やはりじぶんの中では「ダスカロスの教え」がベストであり、他に類のない誠実さと愛情を感じる。

念のため書いておくが、わたしはダスカロスをとして尊敬していても、彼個人への依存や崇拝はなく、教えの内容を絶対視もしていない。非物質世界や霊性の探究は自由だから。各自がそれぞれの精神的なバックグラウンドや、志向に合ったものを選べばよい。そういう認識の上で、「わたしの基礎はコレです」と述べている。

↑ ここまでは2021年5月に書いたもの。

追記(書籍の紹介)

ーーー(2022/8/1追記)ーーー

ダスカロスのさんであるパナヨッタさんが出された本を購入し、そこにある瞑想法を実践しはじめた。

3つの身体のバランスを保つ瞑想、両肩にあるエネルギー・センターを意識して三角形をイメージする瞑想、大天使の五芒星によるプロテクションなど。実践的で、効力の高い手法を学べる。

未読だったこちらも購入。

ダスカロスの語るイエスやマリアには、他のひとのものにはないリアリティを感じる。

ーーー(2022/12/19追記)ーーー

下記は、ダスカロスのエジプト時代の転生記憶が反映されていて、個人的にちょっと苦しい感じもあるが……内容はひじょうに優れている。

ーーー(2023/1/23追記)ーーー

さっと読んだだけではわかりづらい、ダスカロス特有の用語の理解に役立つ講義録。

2000年前、地球3次元に在ったイエスキリストに触れることができる下記もすばらしい。

他に、「キリストのたとえ話」もある。

読みやすく書いてあるが、ある程度「新約聖書」や「ダスカロスの教え」に馴染んでからでないと、理解は難しいかもしれない。読むたびに新たな発見があるのは、ダスカロスの著書すべてにいえる。

ーーー(2023/3/17追記)ーーー

ダスカロスのお弟子さんであるハリーランバート(ハラランボス)氏の本も読み始めた。

難しい内容を、平易わかりやすい言葉で説明してあるので、はじめて「ダスカロスの教え」に触れる方は、この本から読まれるといいかもしれない。

ーーー(2023/9/4追記)ーーー

パナヨッタさんの新刊。

すばらしい内容。「シンボルオブライフ」の学びに欠かせない1冊となっている。

ーーー(2023/10/23追記)ーーー

ギリシャ語(ダスカロスの母語)や英語(ダスカロスが話せた言語)が分かる方は、原著 ↓ を読んだほうがわかりやすいかもしれません。

Noel は母国語である日本語の習得ですら苦労したひとなので、、、原著の読解は完全に諦めモード、、、というか、読む気力が湧きません (;^_^A

「ダスカロスの教え」に学ぶ

ダスカロスの教え」に関する記事を、マガジンにしています。

Noel は、キプロスのパナヨッタさんのサークル、日本のダスカロスのサークルとの繋がりは持っておりません。すべて「Noel 個人」が自主的に取り組んでいるものです。なので、「ダスカロスの教えにはない部分もありますし、何より Noel の現在のパーソナリティーの未熟さゆえ、誤解や曲解、お見苦しいところが多々あると思います、、、よって、Noel の書くものは個人的意見として参考にする程度に留め、ダスカロスおよびパナヨッタさんの著書の精読と、そこで紹介されているエクササイズ自主的実践をおススメいたします。

用語解説

用語解説は必要に応じて追加している。万象を形づくるおおもとの 概念 を正確に把握することは重要なのだ……ひじょうに哲学的で論理的な「ダスカロスの教え」を理解するには、彼が使う用語の理解が必須である。

真理探究のためのシステム

用語56 真理探究のためのシステム(System for the Research of Truth)
秘儀的なキリストの教えによるこのシステムは、すべての偉大なる宗教的伝統として知られる永遠の真実を讃えると同時に、「キリストであるジョシュアイマヌエル教えと、新約聖書 にその基礎を置いている。私たちは、はっきりとした目的をもつ学び、エクササイズ、瞑想を通して、私たちの全存在にとってバランスのとれた進化と統合の道を探究し、道徳的、倫理的、精神的、神秘的側面を育てる。その方法は順序立って、安全かつ自明のものである。

「真理の言葉」330ページ

主の祈り

マタイによる福音書6章 6-13、ルカによる福音書11章 2-4

天におられる私たちの父よ
御名(みな)が崇(あが)められますように。
御国(みくに)が来ますように。
御心(みこころ)が行われますように、天におけるように地の上にも。
私たちに必要な糧(かて)を今日与えてください。
私たちの負い目(おいめ)を赦してください。
私たちも自分に負い目のある人を赦しますように。
私たちを誘惑に遭(あ)わせず、悪い者から救ってください。
天国と力と栄光は、永遠(とこしえ)にあなたのものでありますから。

(Noel註:以上が各教派共通の部分)

絶対無限の存在である神よ。永遠(えいえん)の生命(いのち)であり、愛であり、憐(あわ)れみであり、全知全能なる存在として、御自身を御自身の中で顕(あらわ)している神よ。あなたを、真理として理解できますように、私たちの理性を光で照らし出してください。

あなたの愛を、あなた御自身と他のすべての人々に対して映し出すことができますように。私たちの心を浄(きよ)めてください。

アーメン

「(新訳版)キリストのたとえ話」29‐30ページ

エーテル(感覚エーテル、運動エーテル、刷り込みエーテル、創造エーテル)

(引用)*用語12 エーテル(ETHER)
エーテルダブルに取り込まれたエーテルバイタリティーは「創造エーテル」「感覚エーテル」「刷り込みエーテル」「運動エーテル」といった、機能が異なる4種類のエーテルに分かれる。創造エーテルによって私たちの生命現象は組成・維持されている。感覚エーテルは私たちに“感覚”を与え、刷り込みエーテルがエーテル・バイタリティーに形を与え具体化させ、運動エーテルは私たちの体の動き、活動を可能にさせている。

「エソテリック・ティーチング」223ページ
一部の太字化はNoelが実施

(引用)
創造エーテル
聖霊の意志と管理の下に生命現象をつくり、維持するために使われます。全なる愛全なる智惠全なる力によって導かれている聖霊は、創造エーテルを使って、重い肉体やその臓器をつくります。聖霊は体をつくり、維持し、それが適切に機能するようにケアしています。脳の組織、目の分泌液、さまざまな感覚器官、分泌腺、肺、腎臓、腸の働きなど、肉体のどの器官、どの部分をとっても、そこに聖霊が絶え間なく働いていることを観察できます。

刷り込みエーテルは、私たちがイメージを記録する時に使われ、いろいろな大きさや色やデザインの形を見られるようにしてくれています。刷り込みエーテルはエーテルバイタリティーに具体的な形を与えるために使われ、私たちの「視覚化」の訓練にも欠かせないものです。刷り込みエーテルによって私たちは物事を記憶し、イメージを保存することができるのです。

感覚エーテルは”感覚を与える”エーテルです。私たちは感覚エーテルによって肉体的な喜びを味わい楽しんだり、痛みに苦しんだりしています。感覚エーテルは刷り込みエーテルと共に、人間の現在のパーソナリティーと、その永遠のパーソナリティーによって使われています。この2つのエーテルが同時に使われて「記憶」という現象が生じるのですが、それは”真の記憶”のごく一部にすぎません。"真の記憶"はもちろん、どんな物質的な器官にも、あるいは現在のパーソナリティーの構造の中にも見つけることはできません。それは、私たちの内奥にある「内なる天の王国」と呼ばれる部分、「自己」の中にあるのです。

運動エーテルは”動き”をもたらし、私たちはそれを誕生以前から使っています。歩いたり手を使ったり、目を動かしたりといった意識的な動きだけでなく、血液の流れ、呼吸、摂取された栄養の吸収・排泄といった肉体の自発的な働きも、すべて運動エーテルの助けで行われています。つまり、こうした無意識の”動き”は明らかに聖霊的であり、それが重い物質的肉体の中で、生命現象全体をもたらしているのです。

また、これらとは異なるもう1つの”動き””運動”の種類があり、エーテルバイタリティーのエクトプラズマ的な放射と呼ばれています。それは霊的進化の進んだ人だけ使えるもので、彼らは意図的にエーテル・エネルギーを外に送ることができるのです。

いずれにせよ、私たちは聖霊の創造的な作業を邪魔しないように、肉体のエーテル素材を正しく使わなくてはなりません。すると、私たち自身や他の人々のパーソナリティーを進化させるべく、ロゴス的な表現ができるようになるのです。辛抱強い日々の修練と正しい生き方によってエーテルダブルをコントロールできるようになれば、その時、私たちは他の人々を助けるためにその運動特性を活用し、自分のエーテルダブルから他者の体にエネルギーを送れるようになります。

「エソテリック・ティーチング」140-141ページ

(引用)
残念なことに私たち人間は、この4つ目の創造エーテルを使うことを禁止されています。なぜなら、私たちにはたくさんのエゴイズムがあるので、もしこの能力を持つと悪いことに使うので大変なことになるからです。しかし意識レベルが高い人には、上からの許可が下りてこの能力を使うことができる人もいます。私たちが許可をもらうためには、自分の意識レベルを上げなければいけません。人間には、「本能、潜在意識、覚醒しつつある意識、自己意識、自己意識、超自己意識」という意識の階段があります。私たちは、内省をして気づきを深めていくと、この意識の階段を登っていくことができます。

このプロセスがわかると、潜在意識の迷路から出ることができます。エソテリック・ティーチングの勉強は、私たちにとって最も重要なことであり、真理の全体の形を見せてくれます。

ハリー(ハラランボス)・ランバート著「私は何のために生きているのか?」kindle39-40ページ
一部の太字化はNoelが実施

エーテル・ダブル/エーテル対応体

(引用)用語14 エーテルダブル(ETHERC DOUBLES)
最も単純な単細胞から複雑な生命体まで、この現象界に存在するすべての生物は、やや体外にはみ出した領域に広がる「エーテル・ダブル」を持つ。完璧にして不滅のエーテル・ダブルは、3つの体の鋳型であると同時に、それぞれの健康を維持するために機能している。エーテルはこのエーテル・ダブルの中に蓄積され、体の各所に分配される。エーテル・ダブルは3つの体のいずれかが投影されている限り存在し、肉体が死ねば肉体のエーテル・ダブルは消滅するが、他の2体のそれは残る。

「エソテリック・ティーチング」224ページ

以下は、キリストのタラントンのたとえ話マタイによる福音書25章 14‐30節)の解説で、ノエティカル体エーテルダブルが他の体のものとは違っていることを示している。

「五タラントン」(五袋の金)とは、人間の肉体、肉体のエーテル・ダブル、サイキカル体、サイキカル体のエーテル・ダブル、そしてノエティカル体の五つの体を指しています。ノエティカル体にもエーテル領域はあるのですが、他の二つの体と同じようなエーテル・ダブルとは異なっています。ノエティカル体のエーテル領域には、マインドとはまったく区別のつかない超素材が存在しているのです。それは単純にマインドという以外にありません。すなわち、マインドとは具体的なものでもあり、抽象的なものでもあり、また目でとらえることができるものでもあり、形態がないものでもある超素材であると言えます。このようなマインドは、エーテル・ダブルと区別した方が理解し易いです。

「キリストのたとえ話」138ページ

(引用)用語12 エーテル体応対(Etheric Counterpart)
人間の三つの体にエーテル・ダブルがあるように、物質界に存在するあらゆる原子、細胞から天体、すなわち恒星(太陽)や惑星に至るまでエーテル体応体が存在する。

「真理の言葉」313ページ

物質界に存在するすべては、それ自体のサイキカル対応体ノエティカル対応体、そしてそれらに対応するエーテルダブルを持っている。

「シンボル・オブ・ライフ」145ページ
太字化はNoelが実施

人間の場合だとサイキカル対応体はサイキカル体、ノエティカル対応体はノエティカル体になる。

エーテル(マインド)・バイタリティー

(引用)用語15 エーテルバイタリティー(ETHERC VITALITY)
私たちの「日々の糧」である「エーテル・バイタリティー」は、ある一定の振動数を持つマインドであり、私たちは呼吸、瞑想、食べ物、休息などを通じて、このエーテル・バイタリティーを受けとっている。エーテル・バイタリティーは、太陽からも地球に注がれている。私たちはいわば燦々と降り注ぎ、地球をすっぽり包み込むエーテル・バイタリティーの海で泳いでいるようなものだ。しかし、ほとんどの人は不調和なライフスタイルによって日々与えられるエーテル・バイタリティーを使い果たし、それを有効に取り入れて活用することができないでいる。また、私たちの3つの体を含めて、存在しているものすべてはエーテル・バイタリティーの鋳型(エーテルダブル)の中で組成されている。

「エソテリック・ティーチング」224‐225ページ

マインド

(引用)用語63 マインド(MIND)
「マインド」は、あらゆる生命の担い手である。存在するすべてのものは「マインド」からできていて、その振動数の違いによって「超素材(マインド超素材)」、「素材(マインド素材)」、「固体」と形態を変えているにすぎない。「マインド」は絶対存在から放射されたもので、全なる愛、善なる知恵、全なる力、そして、創造主の純粋性が吹き込まれている。「マインド」が永遠に生きるわけではなく、すべての創造において永遠に使われる素材なのだ。「マインド」の源は神聖なる絶対存在にあり、その表現である形態は聖なるものである。

「エソテリック・ティーチング」240‐241ページ

このマインドという言葉もダスカロス特有の用語であるが、一般的に使われているマインド……すなわち人間の意識精神などの意味が含まれていると思う(注:著書の中にはそういう説明はない)。

次元マインドの関係性は以下になる。

ノエティック・ステート…マインド超素材の世界であり、法則原理、そして原因イデアの世界
ノエティカル界…マインド素材の世界であり、「イデア-形態」の世界
サイキカル界…マインド超物質であるエーテルの世界
物質界…マインド物質から創られた物質の世界

数冊の著書からNoelが集約したもの

(引用)用語63 マインドライト(Mind-Light)
すべてのものはマインドから創られ、マインドであると言える。そのため、マインドライトは存在の世界や、そこを超えた世界においても、異なる周波数レベルの光として存在する。マインドが、形態のない超素材、素材、超物質、そして物質まであるように、それらの段階に対応した周波数の光があることになる。用語「マインド」を参照。

「真理の言葉」339ページ

エーテル・センター

人体のエネルギーセンターに関しては、ヨーガの教えにあるチャクラが有名。

基本7つあるとされるが、ダスカロスの教えでは、ハラ、太陽神経叢、ハート、喉、頭の中央などのエネルギーセンターに適した色やイメージを使ったソフトで安全なワークを行う。人体のエネルギーセンターを不用意に活性化させるワークは危険であるとし、激しい呼吸法や身体ワークは推奨していない。

(引用)用語13 エーテルセンター聖なるディスク(ETHERIC CENTER, SACRED DISCS)
私たちの3つの体のエーテル・ダブルの各部にあるエネルギー及び活動のセンターのことで、サンスクリット語では「チャクラ」と呼ばれる。肉体サイキカル体ノエティカル体のそれぞれには肉体の器官と一致するセンターがあり、私たちのエネルギーを司り、エレメンタルの出入口および倉庫としての機能も併せ持つ。覚醒させ、開発する必要のあるエーテル・センターもあるが、たとえばルート・センターやハートセンターのように、聖霊大天使ロゴスの領域にあるセンターのエクササイズを行う場合は、特別な知識と注意が必要。特に、直接的な干渉及び操作は避けるべきである→用語60「ハートセンター」を参照。(「エソテリック・ティーチング」223‐224ページ)

(引用)用語11 エーテルセンター(Etheric Centers)
---(前略)--- 私たちの肉体のエーテル・ダブルにあるセンターは “教会” と呼ばれ神聖な場所とされ、サイキカル体にあるものは “燭台” と呼ばれサイキカル体に光を与え、ノエティカル体にあるものは “星” と呼ばれノエティカル体上で輝いている。

「真理の言葉」313ページ

各人のレベルに合わせ無理なく安全に霊性を目覚めさせてゆくことへの細やかな配慮が、ダスカロスの教えの特徴だ。また、ダスカロスは「無批判に信仰する者より、理性的な無神論者のほうが神に近い」という。わたしも、「真理の探究者」は知性的理性的であるべきだと思っている。無批判な崇拝や依存は、真の理解、精神的な自立を遠ざける。ダスカロスは自らの教えを教義としたり、教祖のようにふるまうことはなく、ヒーリングや教えはすべて無償で行った。

次元の分類(物質界、サイキカル界、ノエティカル界、ノエティック・ステート、コーザル・ステート)、各次元における体について

各次元のダスカロスの教えにおける呼称

3次元物質界
4次元サイキカル界
5次元ノエティカル界
6次元ノエティックステート
7次元コーザルステート

分離の次元における3つの体

3次元(物質界)の身体=肉体+肉体のエーテル・ダブル
4次元(サイキカル界)の身体=サイキカル体+サイキカル体のエーテル・ダブル
5次元(ノエティカル界)の身体=ノエティカル体+ノエティカル体のエーテル・ダブル

非分離ワンネスの次元における体

6次元(ノエティック・ステート)の身体=ノエティック体
7次元(コーザル・ステート)の身体=コーザル体

※このようにダスカロスは呼称しているが、「分離の次元」の存在形態とは大きく異なっているので、イメージ的に「体」という呼び方が適切かどうか?……現時点ではいまひとつ納得できていない部分。

(引用)用語61 (重い物質界肉体(GROSS MATERIAL WORLD, BODY)
マインドが最も低い振動数によって個体を構成することで、3次元の重い「物質界」と「肉体」ができる。

「エソテリック・ティーチング」240ページ

(引用)用語25 サイキカル界サイキカル体(PSYCHIC WORLD, PSYCHIC BODY)
4次元の世界で「感情の世界」として知られている。私たちのサイキカル体は、意識的および潜在意識的な感情や欲望の混合によって構成されている。従って、あるものは有益であり、ある者は有害である。私たちのサイキカル体が存在する、超感覚的なサイキカル界は、七つのプレーンから構成され、一つのプレーンがさらに七つのサブ・プレーンに分かれている。体外離脱を経験するとき、私たちのサイキカル体が最初に行く場所である。また、三次元の物質界で死を迎えた時に、最初に戻って行く世界でもある。

「真理の言葉」323ページ

(引用)用語58 ノエティカル界ノエティカル体(NOETICAL WORLD, NOETICAL BODY)
思考と、思考を司る「ノエティカル体」の故郷である5次元の世界が「ノエティカル界」。3つの分離の世界では、最も波動が高くピュアな世界。「ノエティカル界」において、絶対存在の全なる知恵は最初に、銀河から単細胞に至る想念形態としての表現を行う。時間と場所の概念は「ノエティカル界」の属性ではあるものの、サイキカル界物質界で理解されているものとはかなり異なる。この世界は7つのプレーンに分かれ、1つのプレーンがさらに7つのサブ・プレーンに分かれている。

「エソテリック・ティーチング」239ページ

(引用)3つの体(Three Bodies)
人間は、肉体、サイキカル体、ノエティカル体の3つの体を持っている。ノエティカル体は理性や思考にかかわり、サイキカル体は心や感情表現にかかわる。3つの体はそれぞれエーテルダブルを持ち、それによって鎖のようにつながっている。メソコスモスとしての地球も3つの体を持っている。

ハリー・ランバート著「私は何のために生きているのか?」kindle461ページ

の中で訪れているのは、主に4次元(サイキカル界)、5次元(ノエティカル界)の世界。現段階で、わたしが記憶を持ち帰れるのは5次元まで。それより高次元になると、視覚的、言語的な記憶を目覚めた後に再現できない(が、どこかにストックされているとは思う)。

(引用)用語79 ノエティックステート超ノエティック・ステート(Noetic State / Supernoetic State)
分離の世界コーザルステートをつないでいるイデアの世界。そこは「永遠の今」にあり、まだ形態が表現されていない世界で、すべての形態の鋳型となる様々なイデアが存在する6次元の世界。大天使たちは、この「ノエティックステート」から形態を引き出し、生命現象を創造し、維持している。私たちが転生と転生の間に休みにくる世界である。また、超ノエティックステートとは、ノエティックステートを超えて、よりコーザルステートに近接した世界を意味する表現である。

「真理の言葉」337‐338ページ

(引用)人間は、肉体なのでしょうか。実は肉体は、私たちが身につけるただの洋服のようなもので、私たちの道具です。私たちはそれを使って表現しているのです。では、体の中に入っているものは何なのか。その中に隠れているものは、どういうものなのか。肉体という洋服を脱ぐと、何が残るのか。そこにはサイキカル体ノエティカル体が残ります。さらにサイキカル体ノエティカル体を脱ぐと、やっと私たちの本当の姿が現れます。これをノエティック体と呼びますが、これは体ではなく人間の形をした真っ白な光で、私たちの本当の自己-の洋服です。ですから、真理の探究者は真っ白いハンカチ、真っ白いローブを純粋な魂のシンボルとして身につけるのです。そこは地球のノエティック世界で、6次元の世界です。

ノエティック世界は、2つに分かれています。低次のノエティック界と高次のノエティック界です。その上に7次元であるコーザル界があり、そこはの世界です。そしてこれらはすべて、私たちのにあるものです。

ハリー・ランバート著「私は何のために生きているのか?」kindle版413ページ
太字化はNoelが実施

(引用)用語34 コーザルステート(Causal States)
ノエティックステートより波動的に上位にある領域で、純粋な原因法則原理の世界。二元性や分離を超えた世界であり、高い階級の大天使によって管理されている。五番目以上の天国として知られている。

「真理の言葉」322ページ

(引用)私たちがコーザルステートと呼ぶ抽象的で形のない天国は、物質的な宇宙に秩序と明確さを与えています。ここに天地創造原因イデア原理神聖なる法則が原型の状態で存在し、それらは最も高い階級の大天使に管理されています。

コーザル・ステートはノエティックステートを生じ、ノエティック・ステートで私たちは互いにそれと認識できる形態を持って並んでいます。しかし、完全な調和と秩序の中にあって、それは未だ表現された存在ではありません。意識レベルが進化すると人間は、こうしたノエティックステートの仕組みを感じられるようになります。

マインドの振動数を下げていくと、ノエティック・ステートの次にノエティカル界が現れます。このノエティカル界で私たちは初めて分離の世界を経験し、時間・空間・場所という環境の中で、個別の形態というものを認識するようになります(私たちが現在生きている物質界とは、かなり状況が違いますが)。

思考の世界であるノエティカル界は7つの層に分かれ、ひとつの層がさらに7つの層に分かれています。さらに振動数を下げていくと、次にサイキカル界と呼ばれる感情の世界が現れます。この世界も7つの層に分かれ、ひとつの層がさらに7つの層に分かれています。私たちは毎晩見る夢の中で、サイキカル界を経験しています。体外離脱をした時には、自己意識を持ったままサイキカル界を経験します。

ノエティカル界と同様に、サイキカル界は物質界よりずっと広範囲の色彩を帯びています。また、時間と距離の感じ方にもかなり弾力性があります。

「エソテリック・プラクティス」55~56ページ

サイコ-ノエティカル

(引用)用語26 サイコ-ノエティカル(PSYCHO-NOETICAL)
サイキカル界(感情の世界)とノエティカル界(思考の世界)との関係は、しばしば密接に絡み合っているので、あるレベルの領域においては、ほぼ一つのものと考える必要がある。なぜなら、感情がまったく入らない思考は稀であり、あらゆる感情には多少の思考が含まれるからだ。そのため、「サイコ-ノエティカル(界)」という言葉を使うことがある。

「エソテリック・ティーチング」229ページ

(引用)サイコノエティカル体(Psycho-Noetical Body)
ハートセンターの周りにあるエネルギーの塊。3つの体としての完全なサイキカル体、ノエティカル体(この2つの体を合わせてサイコ-ノエティカル体と呼ぶこともある)とは別ものである。転生を続け、現在のパーソナリティーが成長するにつれて、この塊は次第に完全な体の形になっていく。それによって、その人間の成長度がわかる。完全な形にすることは、現在のパーソナリティーの義務である。この完全なサイコ・ノエティカル体によって、意識的な体外離脱が初めて可能となる。

ハリー・ランバート著「私は何のために生きているのか?」kindle455ページ

サイコ・ノエティカル体についての考察

サイコ-ノエティカル・イメージ

(引用)サイコノエティカルイメージ(Psycho-Noetical Images)
サイコ-ノエティカル素材による多次元イメージのことで、ノエティック・ライトを使う視覚化により形成される。他のエレメンタルと同様に、これらのエレメンタルは永遠に存在することになる。

「真理の言葉」324‐325ページ

サイキカル・ライト/ノエティカル・ライト

(引用)用語38 サイキカルライトノエティカルライト(Psychical/Noetical Light)
それぞれ四次元と五次元を照らしている光。これらの次元では、物質の原子であり、細胞である一つひとつが自ら光を発している。これらの光の波動は対象物を照らすものではなく、心を満たす感覚を提供する。

「真理の言葉」323ページ

スーパーライト/メンタル・ライト

(引用)用語57 スーパーライトメンタルライト(Super Light/Mental Light)
これらの光は分離の世界を超えた六次元や七次元からの光であり、消えることのない光と言われ、対象物の印象を得たり理解する手段ではなく、光そのものが全なる理解であり、啓示と言える光である。

「真理の言葉」330ページ

分離の世界/二元性の世界

(引用)用語82 分離の世界二元性の世界(Worlds of Separation, Worlds of Duality)
存在の世界のうち、三つの世界(物質界、サイキカル界、ノエティカル界)をさす。そこで、私たちは絶対存在から分離しているように感じられる期間を過ごす。これらは二元性の世界であり、私たちが毎回、転生しては経験する空間・場所・時間の世界である。

「真理の言葉」338ページ

各次元の振動数

(引用)3つの世界(のえる注:物質界、サイキカル界、ノエティカル界)は、私たちの3つの体(のえる注:肉体、サイキカル体、ノエティカル体)と同じように、いずれもひとつに重なって存在しています。物質界は、色々な波動のマインドであるエーテル・バイタリティーから形成されています。物質界の振動数を1から10までと仮定した場合、“1”は固体のようにエーテル・バイタリティーの密度が最も濃く、“10”は気体化された状態だと考えてください。

この考え方でいうと、素材としてのマインドは振動数11から20で振動して、サイキカル界を構成しています。次のノエティカル界は、振動数21から30の、超素材としてのマインドで構成されています。

それぞれの世界と私たちの3つの体の特性は、本質的に変わりません。超素材、素材、エーテル・バイタリティーのそれぞれは、4つの基本元素(エレメント、火・水・地・風)を表現し、色々なエーテル(刷り込み・感覚性・運動性・創造)も表現していますが、違いは振動数だけです。

エーテルの世界は、とりわけ物質界と重なり合い、絡み合っています。そして私たちは、真剣に心から修養を積み、訓練を重ねることによってのみ、いつの日か扉を開き、自己意識を持ちながら、これらの世界を出たり入ったりできるようになるのです。

宇宙とすべての存在は、マインドからできています。マインドは、神聖なる計画を遂行するために、絶対存在とすべての自己認識・存在が発しているものです。マインドはそのものではありませんが、神の善性と清らかさが吹き込まれ、永遠に使われる”聖なる素材”といえます。

マインドそれ自体は、神でも永遠なる存在でもなく、ゆえに神の不滅なる一部でもありません。マインドの本質は、ただ神の意志の喜びに奉仕することにあるのです。そして、エゴ はその表現において天の御国に「牧草を見つけ」、「門を出入りして」宇宙間を移動し、肉体を得たり、また生まれ変わったりしながら、行ったり来たりしています(新約・ヨハネ10-9)。

「エソテリック・プラクティス」56~57ページ

永遠の今/永遠の現在

(引用)用語6 永遠の今永遠の現在(ETERNAL NOW, ETERNAL PRESENT)
分離の世界を超えた領域が「永遠の生命」の世界であり、「永遠の今」の世界である。空間・場所・時間というものは、あくまで分離の世界で生じる印象によって維持されている概念にすぎない。したがって、この概念とそこでの経験は、私たちが宇宙のどの場所に位置するかによって変わってくる。私たちが生きている一時的存在の世界は、「永遠の今」にある高次のコーザルステートに包含されている。一時的存在の世界で得られるどんな経験も、偉大なる永遠の生命の状態の、小さなひとかけらにすぎない。コーザルステートでは現在・過去・未来が時間・場所の概念と関わりなく、永遠の今の中に溶け込んでいる。

「エソテリック・ティーチング」221ページ

体外離脱

(引用)体外離脱(Exosomatosis)
体外離脱を意味する “Εξωσωματώσεις”(エクソソマトシィス)というギリシャ語に一番近い英語表現は「体の外」(out of body)である。この体外離脱には、第1段階として肉体からの、第2段階としてサイキカル体からの、第3段階としてノエティカル体からの離脱がある。私たちは誰でも毎晩、睡眠中に肉体から離れ、潜在意識レベルで他の次元に旅している。真理の探究者の目的の1つは、このような潜在意識レベルの体外離脱ではなく、自己意識を維持したまま肉体を離れ、自由に活動できるようになることである。

「光界への門」120頁より

肉体のエーテル・ダブルのうち、創造エーテル肉体から離れることはない。創造エーテルが離れると肉体は死に至る。あとの運動感覚刷り込みエーテル一部は、自己認識とともにサイキカル体に移動する。

ーーー(2023/2/15追記)ーーー

88星座めぐりやまねこ座の探索2 で、サイキカル体 → ノエティカル体への体外離脱を実体験。そこから、下図を作成。

ーーー(2023/11/7追記)ーーー

体外離脱に関する記事を書いた。

ーーー(追記おわり)ーーー

エレメンタル

ダスカロス特有の用語のひとつに、エレメンタルというのがある。これは、ひじょうに理にかない、体験的にも納得できる優れた教えである。

(引用)エレメンタル(ELEMENTALS)
すべての思念、感情、願望は、自身の存在を持つ想念形態とも呼ぶ「エレメンタル」を創造し、発信する。私たちは二種類の「エレメンタル」を創造し再生する。感情が想念を統治すると、私たちは感情的な想念形態を創造する。私たちのアイディア、願望、感情が理性と愛を通り抜けると、私たちは理性のある想念形態または想念・願望を創造する。「エレメンタル」は破壊されることはなく、エネルギーが中和されることで活性を失う(それは「エレメンタル」に「エーテル・バイタリティー」を与えないことで行う)。同類の「エレメンタル」が集合し、とてもパワフルなグループ・エレメンタルをつくる。もし、個人もしくは個人の集合体が同じ周波数で振動していると、彼らはそのようなグループ・エレメンタルを引き寄せるだろう。大天使たちもエレメンタルをつくるが、それらは善良で天使的であり、人類に奉仕するものである。

「クジラと泳ぐ」451ページ

人間の「一時的パーソナリティー」(人格)は、エレメンタルを総和したもので構成されている。エレメンタルの素材はマインドであり、既存のエレメンタルの再活性化にもマインドを使っている。宇宙に存在するものはすべてマインドからつくられ、存在し、命を保っている。が、人間永遠なる存在は創造されたものではなく、絶対存在によって放射されたものである。

(引用)エレメンタルがその目的を達成すると、それは破壊されずにエネルギーを失い、宇宙の潜在意識の一部である惑星の潜在意識に入る。そのエレメンタルと同じ波動に共振する人が現れて、それを再び呼び覚まし、その人のところに行くまでは不活性の状態でいる。

「クジラと泳ぐ」178ページ

(引用)エレメンタルは肉体のエーテル・ダブルのオーラに見出すことができる。エレメンタルが生じると、それは成長を続けて姿を変えていく。良いエレメンタルも悪いエレメンタルも色がついてくる。エレメンタルは自分を人格の中で表現するときに、色によってその本質と力を示す。エレメンタルたちに私たちが与える力というのは、私たちの感情や欲望の強さ、そして何回繰り返してつくられたかによって決まるのだ。

「クジラと泳ぐ」179ページ

人間は日々絶えまなくエレメンタルをつくり出し、また他者のつくったエレメンタルを活性化させている。その行為と結果に「無自覚」であり続けるのはひじょうに危うい。「内省」によって有害なエレメンタルを自覚し、それを非活性化させることで、バランスのとれた落ち着いた人格を保てるようになる。

人-天使(思考-欲望型エレメンタル)/人-悪魔(欲望-思考型エレメンタル)

(引用)用語80 天使悪魔(human angels / human demons)
前者は善性で理性的なエレメンタル、すなわち「思考-欲望型エレメンタル」をさし、後者は悪魔的で悪いエレメンタル、すなわち「欲望-思考型エレメンタル」であるエゴイズムを意味する。

「真理の言葉」338ページ

(引用)「存在の世界において、聖なる大天使たちが自然界に創造したあらゆる物質で有形のものの表現物を人間は五感を通じて受け取ります。また、アラーハ(Noel註:アラム語の神)のマインド超素材を潜在意識的に利用することによって、人間は “生きもの” であるエレメンタルを創造し、それにより自身のパーソナリティーの性質を構成しているのです。自然界にあるあらゆるもので、私たちの注意を惹きつけるもの、あるいは知りたい欲望や所有欲を刺激するものは、マインド超素材を利用してエレメンタルを生み出す原因となり、これらのエレメンタルが私たち人間の性質(人格)を “潜在意識的”(知らぬ間に)に構成していくのです。これらのエレメンタルには2つの種類があり、卑しく利己的なものを人間により生み出した悪魔の意で『人-悪魔』と呼び、汚れのない純粋なものを人間により生み出された天使の意で『人-天使』と言います。これら2つは、多くの段階で力や活動性や影響を私たち自身にもたらします」

「ジョシュア・イマヌエル キリスト」247‐248ページ

意識

(引用)意識(Consciousness)
「“意識”とは、生命の特性なのだ。我々はこれを“潜在意識”と“自己意識”に二分する。言い換えれば、意識に目覚めた状態と、さらにもう1つの状態があり、自己認識性の形態をもって我々に存在の中心性を与える状態のことなのだ。これが人間の基本的な特質なのだ。」 

「従って、意識性と潜在意識性、さらに超意識性ですら、すべて同じなのだよ。だから、聖霊にあるすべての大天使の階級は、全なる智恵にある天地創造を通してあらゆる宇宙に展開して行けるのだ。『私たちは一方の手に“大天使の体系”を備えており、またもう一方の手には“人間の属性”をも備えている』と、我々の教会が適切に主張している通りだ」

「人類を適確に特徴づけているものとは“生命の状態”であり、我々はそれを“自己認識性”あるいは“自己意識性”と呼んでいる。では、その“自己認識性”とは何だと思うかね? それは普通の意識から、どのように異なっているのだろうか? あらゆる意識レベルを含まないような自己認識性の状態など在り得ない。すなわち、そのあらゆる意識レベルとは潜在意識であり、意識であり、超意識でもあり、あらゆる存在の特質なのだ。逆に言えば、自己意識性とは私たちに本来備わっている能力に関係しており、むしろ私たちの意識としての本性に関係しているものなのだ。それは生命の様々な現象だけではないのだよ」 

「それにもかかわらず、全なる智恵全なる力全なる善性を備えている大天使の階級が存在しており、“自己認識性”を必ずしも表すことなく、潜在意識性や意識性、あるいは超意識性として表現されているのだ。『自己認識』に到達した永遠の存在である人間のみが、生命の王国において“自己認識性”を表現できるのだ。人が“自己認識”を備えているという事実だけが、その人が永遠の存在である充分な証拠となる。彼はもはや死すべき生き物ではなく、『自己認識』を備えた不滅の永遠の存在なのだ」

「飛翔の翼」68−69ページ

自己意識/超自己意識

(引用)自己意識/超自己意識(Self-Consciousness, Super Self-Consciousness)
エゴ存在の状態から現在のパーソナリティーまで、私たちの個別化された自己性である様々な段階にある意識をいう。真剣に内省瞑想などの努力を重ねることによって、「自己意識」は絶対存在からその表現である一時的な存在を含む全認識、つまり「超自己意識(=テオーシス)」へと拡大することもできる。

「エソテリック・プラクティス」210ページ

この用語については、ダスカロスの用語解説では用法を把握しづらいところがあったので、ハラランボス・ランバート氏の著書の解説を採用し、自己意識(self-Consciousness)と“自己”意識(Self-Consciousness)として表記に区別をつけた。

(引用)
自己意識
(self-Consciousness)
本能、目覚めつつある意識からさらに成長した、現在のパーソナリティーのレベルでの意識の段階。自分の現在のパーソナリティーに関してすべて認識しているレベル。

“自己“意識“超自己”意識(Self-Consciousness, Super‐Self-Consciousness)
“自己“意識は自己意識の次の段階のレベル。現在のパーソナリティーが自分の内面の自己(永遠のパーソナリティー)とつながった意識段階。真剣な内省によって、“自己“意識がさらに拡大し、一時的世界、永遠の世界において全認識がある状態を“超自己”意識という。この状態をテオーシスという。

ハリー・ランバート著「私は何のために生きているのか?」kindle455‐456ページ

個別化された自己性(霊-エゴ-存在、自己認識-魂、永遠のパーソナリティー、現在のパーソナリティー)

(引用)用語36 個別化された自己性(Individuated Selfhood)
源を一つにする神聖なる存在である私たちのパーソナリティー。「自己性」とは「エゴ存在」としての聖なるモナドの頂点から、「自己認識」、「永遠のパーソナリティー」、そして狭量な「現在のパーソナリティー」まで、四つの「自己」を含む総称である。一つひとつの「自己」としての表現の中で、低く評価されるものは一つもなく、それぞれが必要で大切なものである。私たちの「エゴ存在」は、自分の「自己性」の中に自分を表現することで、ご自身ご自身の中に表現している絶対存在意志の喜びを共にしている。

「真理の言葉」322‐323ページ

(引用)そして個別化された自己性という “ひとつの傘” には、次の4つの表現が含まれます。

エゴ存在
私たちの真実の自己である エゴ存在 は、絶対存在多重性および自己充足性と一体化しています。霊-エゴ-存在 は、それ自身から放射された一条の光を天地創造の中に投影しているので、自身を自身の中に顕わす絶対存在意志の喜びは、エゴ存在 の意志の喜びと同じものです。このことからも、霊-エゴ-存在は、正確には自己性の表現ではなく、自己性の創造者だと考えるべきでしょう。

自己認識
エゴ存在 の一条の光が人間のイデアを通過した瞬間に、私たちは 自己認識魂 となります。自己認識 は、永遠の存在であると同時に一時的な存在でもあります。私たちの真の本質である永遠の存在は、神聖なる永遠の出発点であり、いっぽう、一時的な存在はその延長線上の向こう側にある、経験と成長の世界に入っていくのです。

永遠のパーソナリティー
ある人が「魂の足」といったように、この自己は時空間の世界における自己認識そのものであり、またその表現でもあります。永遠のパーソナリティーには、神聖なる法則全なる愛全なる智恵全なる力が含まれています。その任務は現在のパーソナリティーがどのような人生を生き、どのような経験を得るかを選択し、監督することです。こうしたプロセスを通して、永遠のパーソナリティーは完全になっていくのです。

現在のパーソナリティー
これは、私たちがそれぞれ個人的な転生において表現するパーソナリティーです。永遠のパーソナリティー分離の世界とその各層に投影したものであり、自己が様々な感情、欲望、思考を経験して、個性を形成していく部分でもあります。時間の経過と共に、このパーソナリティーは印象を解釈し、反応を正すことで学び、それによって、より洗練されたパーソナリティーが形成されていきます。自己性のこうした表現こそ、ジョシュアが私たちに「自分を捨てなさい」(新約・マタイ16‐24)と求めた理由です。そうすることによって私たちは、真実の自己をより理解できるからです。

ーーー(中略)ーーー

私たちの自己性は エゴ存在自己認識永遠のパーソナリティー現在のパーソナリティーという4段階に分けることができますが、実際にはひとつです。そして個別化された自己性は、より高い表現において共通のロゴス的自己性に属しています。

「エソテリック・プラクティス」67‐69ページ

霊-エゴ-存在/霊-魂-エゴとしての存在

(引用)用語91 エゴ存在エゴとしての存在(Spirit-Ego-Being/Spirit-Soul-Ego-Beings)
神聖なる永遠の存在としての私たちの自己エゴ)であり、広大無辺かつ永遠で、不動のもの、私たちの「エゴ存在」は、聖なるモナドとしての自己であり、超自己意識性と発光性をもっている。そして、自己充足性多重性とに一体化した中にある。ご自身の中にご自身を顕わしている絶対存在意志の喜びは、自分の自己性の中に自身を表す。私たちの「エゴ存在」の意志と同じものである。「エゴとしての自己」は、が入ることにより「エゴ存在」をより明確にした表現といえる。

パナヨッタ・セオトキ・アテシュリ著「飛翔の翼」508ページ

自己認識/自己認識性

(引用)用語46 自己認識自己認識性(Self-Awareness)
神聖なる計画の中における「自己」を、目覚めた意識レベルで認識すること。私たちは意志の力により内省や瞑想などの修練を重ねることで、眠っているような日々の意識状態から目覚め、拡張された自己認識の状態へ入ることができる。自己認識性とは、人生の目的として自己を認識する道に戻り、歩むことを意味する。この「自己認識の道」を進化と呼ぶこともできる。

「真理の言葉」326ページ

◆「自己認識性」と「自己意識性」の概念は、同意語であり、互換性がある。

「飛翔の翼」17ページ

意識認識性

訳注
1、「ヤコブの階段」と呼ばれる意識進化の七段階の一段階で、潜在意識と自己意識(Noel註:“自己”意識)の間の段階。自己の「現在のパーソナリティー」を客観的に意識できる段階に達し、自己のエゴイズムを意識的に浄化していくことにより「内なる自己」を探究し、真実の自己を認識する道を歩む意識段階をいう。この初期段階は「覚醒しつつある意識」とも呼ばれる。著者(Noel註:ダスカロス)は多くの人間が第四番目の潜在意識の段階から意識の進化の道を辿っていると述べている。

「イエスのたとえ話」142‐143ページ

ヤコブの階段(梯子)/意識進化の7段階

(引用)ヤコブの階段(Jacob's Ladder)
人間の意識進化の7段階を表す言葉。第1段階は感受性、第2段階が感覚、第3段階が本能、第4段階が潜在意識、第5段階が意識認識性(この初期段階は “気づき” が始まる段階で「覚醒しつつある意識」と呼ばれる)、第6段階が自己意識、そして最後の第7段階が自己超意識である。人間は本来、第5段階から進化するように生まれつくが、自らを落としめた結果、残念ながら、多くの人間は潜在意識の段階から意識進化の路をたどっている。

「シンボル・オブ・ライフ」457ページ

Noelは「意識の7段階」を以下の用語と分類で使用している。

第1段階:感受性(鉱物)
第2段階:感覚(植物)
第3段階:本能(動物)
第4段階:潜在意識(人間)
第5段階:自己意識意識認識性(目覚めつつある人間)
第6段階:“自己意識(目覚めた人間、 のレベル)
第7段階:“超自己意識大天使的人間テオーシス

一体化/アットワンメント

(引用)用語5 一体化アットワンメント(At-one-ment)
自己超意識のレベルに到達し、永遠の存在である人間が他の永遠の存在や一時的な存在と完全に一つに融合することをいう。そして、「自己意識エゴ」を捨てることなく、絶対存在と一体化することを「テオーシス」という。

「真理の言葉」311ページ

テオーシス

(引用)テオーシス(Theosis)
絶対存在であるとの一体化を「テオーシス」という。キリストのたとえ話にある放蕩息子 が、超自己意識となり、彼の最も愛する父のもとに戻った瞬間のことである。※訳注:ギリシャ語の「Θέωσις」(テオシス)は「神になる」という意味

「エソテリック・プラクティス」218ページ

自己実現

(引用)用語44 自己実現(Self-Realization)
分離の世界における人生経験の最高到達点。意識進化の七段階(ヤコブの階段)で、「自己意識」の段階に到達した後に、「超自己意識」へ向かって進む中で、私たちが神であることを認識できた時に、「自己実現」に到達する。そうすると、現在のパーソナリティーは永遠のパーソナリティーと統合され、「自己意識-魂」に同化する。この状態になると、テオーシスの中で「霊-エゴ-存在」と一体化する準備ができたことになる。

「真理の言葉」326ページ

「永遠の存在」と「一時的な存在」

(引用)「永遠の存在」と「一時的な存在」(Being and Existing)
「永遠の存在」(Being)とは私たちの神聖なる本質であり、広大無限かつ始まりも終わりもなく、永遠に存在するもの。「一時的な存在」(Existing)は永遠の存在の表現であり、時間・空間・場所という条件に制約されている。始まりと終わりのある、一時的な現象。

「エソテリック・プラクティス」200ページ

永遠のパーソナリティー

(引用)永遠のパーソナリティー(Permanent Personality)
分離の世界や、それを超えた世界における、魂の活動的で表現豊かな部分をいう。「永遠のパーソナリティー」は現在のパーソナリティーと情報をやりとりして、それらの情報を濾過し昇華することで智恵を蓄えている。

「エソテリック・プラクティス」200ページ

現在のパーソナリティー/一時的パーソナリティー

(引用)現在のパーソナリティー(Present-day Personality)
転生ごとに生じる、いわゆる「ジョージ」「メアリー」などと呼ばれるパーソナリティーのこと。分離の世界における、永遠のパーソナリティーの投影である。この小さな自己は五感から得られる情報にとらわれ、そこから派生するエレメンタルの総計に等しい。「現在のパーソナリティー」の学びは、謙虚で道徳的、愛に満ちた性格を養うことにある。

「エソテリック・プラクティス」207ページ

永遠の原子

(引用)用語7 永遠の原子(PERMANENT ATOM)
永遠のパーソナリティーの一部分であり、空間・場所・時間の世界で得たすべての経験と学びが記録されている。「永遠の原子」は3つのエーテルダブルのエーテル・ハートに同時に存在し、3つの世界で起こった感情・思考・反応などあらゆる経験を記録している。

「エソテリック・ティーチング」221ページ

(引用)人間の潜在意識とは、最初に永遠の原子に、そして後に現在のパーソナリティーの自己認識に刷り込まれた経験の総計です。そのため、人の潜在意識の核は、正にその永遠の原子と言えます。それはマイクロ・フィルムのようなもので、過去のすべての転生のあらゆる経験の完全かつ詳細な記録なのです。もちろん、私たちがこのフィルムを現像し利用できるようになれば、私たちの潜在意識にあるあらゆる詳細を見ることができるようになります。それらの経験とは、詳細と反応と結果を基本として、善性のために潜在意識に蓄積されたものです。人間が転生する時、核としての永遠の原子はその表面に過去のすべての転生を表しています。核の周りにオーラがあり、それらはサイコ-ノエティカル・オーラとも言うべきものです。永遠の原子は、サイコ-ノエティカル的であり、エーテル性を持ち、物質性も備えています。このオーラには経験のすべてが存在しますが、それは詳細ではなく、長所とか欠点のような性質だけが現されます。

「真理の言葉」239ページ

シルバー・コード(Silver Cord)

(引用) 肉体の永遠の原子の座は、赤ちゃんが最初の呼吸をする瞬間から心臓に発生します。吸い込む息と吐き出す息とは、肉体の永遠の原子の役割です。心臓の鼓動も肉体の永遠の原子の役割です。肉体の中の一つひとつの原子や細胞の組成は、この力強い物質の永遠の原子によって促進されます。それが白銀(しろがね)の糸()が始まる点なのです。過去の神秘主義者はこの白銀の糸を “帯” と呼んでいました。

肉体の永遠の原子が肉体を離れる時、肉体は分解されます。人の自己認識が体外離脱において、サイキカル界、またはノエティカル界へ行くために引き出される時、肉体派一種の睡眠状態中で生き続けていきます。それは死ぬことはありません。なぜなら、肉体の永遠の原子が、物質の心臓に留まるからです。それには、純粋に重く粗い物質における働きがあるのです。

「真理の言葉」289‐290ページ

(引用)【訳注】*白銀の糸(しろがねの糸/Silver Cord):これは生命の絆を意味する糸と考えられる。肉体の死を迎える時、ラファエルがこの糸を切断して肉体から離れる。旧約聖書コレへトの言葉12:6に示されている。

「真理の言葉」291ページ

共通の自己性

(引用)共通の自己性(Common Selfhood)
「現在のパーソナリティー」としての私たちは、互いに対立しやすいもので、その間の溝は深いように感じられる。しかし、共通のロゴス的意識の下では、私たちは一体化され、分割できない関係である。このことをキリストであるジョシュアイマヌエルは、「かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる」(新約、ヨハネによる福音書14:20)と述べている。さらに、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」(新約、ヨハネによる福音書15:5)とあるのは、このことである。

「光界への門」113‐114頁より

大天使的人間

(引用)用語67 大天使的人間(Archangelic Man)
大天使的人間とは、大天使の階級に帰属するイデア(原型)の一つである。聖なるモナドの放射が大天使的人間イデアを通過すると大天使となり、次に天なる人間のイデア(人間のイデア)を通過すると、人間のとなる。この意味で、大天使は人間と兄弟関係にある。

「真理の言葉」334ページ

天なる人間(人間のイデア)

(引用)用語67 天なる人間(HEAVENLY MAN)
「人間のイデア」とも呼ばれる。私たちの3つの体は、原因の法則の中にある「天なる人間」の形態によって、つくられている。

「エソテリック・ティーチング」238ページ

自己認識-魂/魂

(引用)魂(SOUL)
魂は、「聖なるモナド」の光線が「天なる人間」の「イデア」を通過するときに形成される。魂は創造されるものではなく、スピリットから来る小さな真珠のようなもので、「自己・認識」を持つ魂として知られるようになる。魂はスピリットとして形のない状態にあり、そのまま形態を持たないでいる。神に戻るとき、それは「スピリット・エゴ・存在」と一緒になり、より完全、より豊かになる。

「クジラと泳ぐ」461ページ

(引用)用語47 自己認識-魂(Self-aware Soul)
聖なるモナドの一条の光が天なる人間のイデアを通過すると、一つのが形になる。「」(自己認識-魂)はつくられたものではなく、霊からもたらされた小さな「真珠」(新約、マタイによる福音書13:45-46)のようなもの。聖パウロが「霊の体」(新約、コリント1、15:44)と呼んだ不滅のは、霊として形のない状態だが、人間のイデアを保っている。そして、のもとへ戻る時、魂は花嫁が花婿と結婚するように(新約、マタイによる福音書25:1-10)超自己意識の状態にある「エゴ存在」と “結婚” すなわち一体化する。

「真理の言葉」326‐327ページ

(引用)すべての生命現象は絶対存在言葉のみによって創造されていますが、人間と、その他の永遠なる存在は例外とされています。人間は創造されたものでなく、絶対存在によって放射されたものです。

聖書には、神がご自身の唾液によってこねた土から人間の物質的な形態をつくったとありますが、彼は魂を持たない土の型にただ生きるように言ったのではありません。彼は、ご自身の命の息吹をその鼻に吹き入れたのです(旧約、創世記2‐7)。

ゆえに人間は創造物というより、むしろ神の御子と言わなくてはなりません。人間は神ご自身の最愛の子どもであり、善悪を経験し、そうすることで「物事を受け入れるべきか拒否すべきか」みずから判断できるように、あらかじめによって定められているのです。

ミクロコスモスとしての人間はマクロコスモスといわば完璧にそっくりな、絶対存在と相似・同質のものです。それは、ヘルメス文書(ヘルメス・トリスメギストスのエメラルド書冊)にも「天にあるように、地の上にも」と著されています。

「エソテリック・ティーチング」40ページ

聖なるモナド/聖なるモナドとしての自己

(引用)用語58 聖なるモナド聖なるモナドとしての自己(Holy Monad, Holy Monadic Self)
エゴ存在」としての私たちの本質であり、真のアイデンティティー、一つの「聖なるモナド」は、絶対存在の多重性自己充足性の内にある、無数の細胞の一つと考えられる。神聖なる愛絶対存在であるので、それは「聖なるモナド」の本質でもある。

「真理の言葉」330‐331ページ

内なる自己

(引用)用語7 内なる自己(Inner Self)
永遠のパーソナリティー」として投影されている「自己認識」を示している言葉。

「真理の言葉」312ページ

潜在意識

(引用)用語62 潜在意識(Subconscious)
真理の探究者は、「潜在意識」の特性としての三層構造を理解しなくてはならない。「潜在意識」の第一の部屋は、私たちのパーソナリティーを構成するすべてのエレメンタルの倉庫、第二の部屋は、生命力を与えるエーテルバイタリティーの倉庫、第三は最も価値のある、ロゴス聖霊の部屋。ロゴス聖霊は、「潜在意識」を通して、全なる愛全なる智恵全なる力を授けている。

「真理の言葉」332ページ

宇宙意識/宇宙メモリー

(引用)用語8 宇宙意識宇宙メモリー(Cosmic Consciousness, Cosmic Memory)
全宇宙の過去から現在に至るあらゆる出来事は、「宇宙意識」の中に記録・保存されており、永遠の今にいつも生きているエレメンタルによって構成されている。この「宇宙意識」の中に “アカシックレコード” と呼ばれる「宇宙メモリー」(または、宇宙の記憶)が含まれるが、これはすべての人間の印象、行動、思考、感情、欲求が記録された「天のアーカイブ」(記録保管所)のようなものである。神秘家は「宇宙意識」にアチューンメントすることで、自身の意識の発達レベルに応じた情報を受け取り学ぶことがえきる。

「キリストのたとえ話」251ページ

絶対存在、絶対無限の存在、神、全能の神、父なる神

(引用)絶対存在絶対無限の存在全能の神父なる神(Absolute Beingness. Absolute Infinite Beingness. God. The Almighty. The Father)
の本質を表す言葉で、すべてを意味する。唯一の永遠の存在。私たちが知ることのできるは、外面的あるいは内面的な証として、表現された投影物から知るのみである。生命は、絶対存在の本質である。全なる愛全なる知恵、そして全能性に帰属するものである。神の愛は、普遍的であり、止むことがなく、そして無条件である。天地創造の中心的な恩寵として表現されているのが、である。は、純粋で光り輝く超自己認識性である。永遠の命とは、永遠の運動であり、天地創造における発生と再生である。

絶対存在は、遍在性無限の力全知をもっている。その特徴は、多重性であり、自己充足性であり、そして天地創造としてご自身ご自身の中に顕している意志の喜びである。絶対存在は、ご自身をキリストロゴス聖霊として顕在化し、「これら3つは1つである」(新約、ヨハネの手紙1 5:7)。

「光界への門」120ページ

絶対存在(実在)性、絶対無限の存在(実在)性、無限なる実在

(引用)用語60 絶対存在性絶対無限の存在性(Absolute Be-ness/Absolute Infinite Be-ness)
 神の特質であり、それは人間や大天使の理解を超えたところにある。それは究極の源であり、神聖なる神の計り知れなく、筆舌に尽くしきれない深遠さを示している。さらに、それは表現を超えたものであり、新約聖書に「いまだかつて、神を見た者はいません」(新約、ヨハネの手紙1 4 :12)と著されている。

「真理の言葉」331ページ

(引用)用語62 絶対実在性絶対無限の実在性無限なる実在(Absolute Be-ness/Absolute Infinite Be-ness/Absolute Infinite Reality)

「飛翔の翼」501ページ

全なる愛、全なる智恵、全なる力

(引用)用語63 全なる愛全なる智恵全なる力(Total Love, Total Wisdomi, Total Power)
絶対存在とあらゆる永遠の存在の基本的特質。聖なる三角形(三位一体性)を形成し、それぞれの本質が正しく表現されるために、互いに助け合っている。

「真理の言葉」332‐333ページ

自己充足/自己充足性

(引用)用語45 自己充足自己充足性(Self-Sufficiency, Divine)
絶対存在の基本的な性質の一つ。完全なる豊かさ。至福。あらゆる必要性から完璧に自立した状態。

「真理の言葉」326ページ

自己無量性

(引用)用語48 自己無量性(Self-Abundance)
自己充足性、多重性、永遠性、遍在性などと同様に、生命である絶対存在の本質を表す言葉で、「有り余るほどある」、「量り知れないほど多い」の意。

「真理の言葉」327ページ

意志の喜び

(引用)用語4 意志の喜び(Will-Pleasure)
絶対存在は、天地創造としてご自身をご自身の中に表現している。ギリシャ語で「意志の喜び」を意味する “Ευαρεοχεια”(エバレスキア)という言葉は、「温かい寛大さと、豊かな源から惜しみなく与えることによって生じる喜び」という意味が含まれている。創造性における神の喜び。

「真理の言葉」311ページ

超知性

(引用)用語75 超知性(Super-Intelligence)
永遠なる生命である絶対無限の存在を表す言葉で、あらゆる知性を超越し、知らないことが全くない全知性を指す。

「真理の言葉」336ページ

多重性

(引用)用語69 多重性(Multiplicity / Plurality)
ご自身ご自身の中に多重的に顕している絶対存在の本質の一つ。新約聖書、エフェソの信徒への手紙、第1章23節に「すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場所です」と著されているように、生命のあらゆる多様性は、である絶対存在の中に存在している。

「真理の言葉」335ページ

神聖なる瞑想

(引用)用語41 神聖なる瞑想(DIVINE MEDITATION)
絶対絶対がご自身の中に表現する意志の喜びと密接につながっている。言葉で表現することは難しいが、「神聖なる瞑想」は絶対存在意志の喜びに先立って、表現を黙想している状態と考えられる。

「エソテリック・ティーチング」234ページ

神聖なる慈悲/神聖なる恩寵

(引用)用語54 神聖なる慈悲神聖なる恩寵(Mercy and Grace, Divine)
この二つは、ほとんど知られていないが、天地創造の中で最も憐れみ深い力であり、いわゆる「原因と結果の法則」に対して例外となるような奇跡的なことを引き起こす “許しの力” である。私たちに “自由意志” という恵みが与えられていることは、まさに「神の恩寵」である。また、新約聖書、マタイによる福音書5章45節に「あなたがたの天の父の子となるためである、父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくれるからである」と示されているのは、「神の慈悲」である。さらに、ヤコブの手紙2章13節にも「憐れみは裁きに打ち勝つのです」と著されている。

「真理の言葉」329ページ

天地創造

(引用)天地創造(Creation)
絶対存在神聖なる計画に従って、最も高次の天国から現象の世界まで、宇宙としての御自身の中に御自身を顕わしている、あらゆる創造のこと。

「エソテリック・プラクティス」218ページ

存在の世界

(引用)用語64 存在の世界(the worlds of Existence, Manifestations)
絶対無限の存在であるの「意志の喜び」により表現が始まると、マインドを使って創造が始まり、法則とイデアによってさまざまな世界が現れてくる。「存在の世界」とは、絶対存在の「神聖なる意志」により創造されたすべてのものが存在する世界を指す。それは永遠に存在しながら、同時に一時的にも存在する部分も含む。たとえば、私たちの「霊-魂としての存在」(Spirit-Soul-Being)は、永遠の存在でありながら、人間として創造され、一時的に存在している部分(転生のごとに変わるパーソナリティー)も含まれる。

「真理の言葉」333ページ

7つの天国

ジョシュアは、あるいはアラハ生命であり、不滅の光であると言っています。このとは何でしょうか? それは私たちが水で満たされた二つの球体、すなわち眼球で見えるものとは異なります。何かそれ以上のものです。ジョシュア生命の光について語り、そしてすべての七つの天国、すなわちすべての 存在の世界 とその中にあるすべてのものが、聖なる基本元素の大天使たち によって創造されていると述べています。

不滅で神聖なる生命の光は、あらゆるレベルの光輝の拡散であると言えます。この輝度の格差が、天地創造の各部分、たとえば石や岩、水や海や大海などを私たちにもたらしています。他の輝度の違いにより、私たちに美しい植物界、木々や花々がもたらされます。また他の輝度のレベルにより、生命すなわち生命現象の中でも豊かな動物界がもたらされます。また別の光の輝度により、別の本質的なもの、すなわちエーテルサイキカル界がもたらされます。さらに他の輝度ノエティカル界とその中に存在するものをもたらします。このように、多様な明るさの輝度をもった生命の光が、七つの天国を創造しています。

「真理の言葉」176ページ、一部の太字化はNoelが実施

の放つ “生命の光”(意志の喜び)が、存在の世界 である7つの天国を創造している。

第1の天国:物質界(3次元)
第2の天国:物質界のエーテル・ダブル
第3の天国:サイキカル界(4次元)
第4の天国:サイキカル界のエーテル・ダブル
第5の天国:ノエティカル界(5次元)
第6の天国:ノエティカル界のエーテル・ダブル
第7の天国:非分離の次元(6~7次元)

ダニエル・ジョセフ著「クジラと泳ぐ」にある分類をNoelが要約

キリスト・ロゴス、聖霊

(引用)キリストロゴス(Christ Logos)
神聖なる共通の自己性であるロゴスは、絶対存在であり「超自己意識」として顕されている。ロゴスは “言葉” を意味するギリシャ語から訳された言葉である。新約聖書、ヨハネの福音書、第1章 1節に、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」とある。しかし、ダスカロスによるギリシャ語の聖書原典からの翻訳では、“初めに” と訳されているギリシャ語には “権威” という意味もあり、「ロゴスは権威の中にあった。ロゴスは神と共にあった。ロゴスは神であった」と訳すことを支持している。また、ヨハネの福音書、第1章9節に、「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」とあるように、ロゴスは “まことの光” である。キリストであるジョシュア・イマヌエルが、「わたしは神の子だ」(新約、マタイによる福音書27:43)という時はキリストロゴスとして話し、「わたしは人の子だ」(新約、マタイによる福音書18:11)という時、人間として話している。ジョシュアは、2000年以上前にパレスティナで、ロゴスからの直接的で純粋な光として、処女懐胎で肉体を与えられた。新約聖書に保存されている彼の神聖なる教えは、意識の進化に計り知れない導きを与え、私たちが生きる普遍的で永遠なる道で大切にされている。

「光界への門」114ページ

(引用)聖霊(Holy Spirit)
絶対存在が全能であることを表現し、宇宙の創造と維持を可能にしている「非人格的な超意識」のこと。全なる智恵、全なる力としての絶対存在の動的な側面の顕われ。私たちは「聖霊」を、普遍的な智恵、ヒーリング・パワーとして経験している。

「エソテリック・プラクティス」214-215ページ

(引用)絶対存在は、存在する唯一にして真の“実在”です。それは真理であり、生命であり、全ての総計です。それは“ワンネス”の中にある自己充足性であり、多重性の中の自己充足性です。それは時空間を超越した唯一の神であり、キリストロゴスとして、また聖霊として絶え間なく生じ、そして表現されています。

キリストロゴスとして聖霊として、自己充足性多重性を持ち創造的表現を行う絶対存在として、が存在しない空間は存在しません。

絶対存在は全なる実在です。そして、私たちはその中に全なる愛を伴う全なる知恵全なる愛を伴う全なる力という、2つの本質を見分けることができます。それが、表現される以前の状態にある、キリストロゴス聖霊なのです。

「エソテリック・ティーチング」33~34ページ

キリストロゴスが始めるのではありません。キリストロゴスは行使し、管理している絶対存在であり、人間の中でのキリストロゴスの表現が自己認識であり、理性であり、愛なのです。

いっぽう、絶対存在神聖なる意志として現われる聖霊には、全なる愛全なる智恵全なる力が含まれています。聖霊は原因と結果の世界である、さまざまな宇宙の調和を保っています。微生物の世界から銀河系まで、さまざまな宇宙の秩序と調和は、絶対存在全なる智恵全なる力が含まれています。聖霊は原因と結果の世界である、さまざまな宇宙の調和を保っています。微生物の世界から銀河系まで、さまざまな宇宙の秩序と調和は、絶対存在全なる智恵全なる力の結果であり、キリストロゴス聖霊による完全なる共同作業の結果なのです。

つまりキリストロゴスとしての絶対存在と、聖霊としての絶対存在が宇宙を創造しているのですが、キリストロゴス聖霊も、絶対存在から完全に分けることはできません。分けることが可能であれば、3つの神が存在することになってしまいます。

現実生命真理も、一つのものです。新約聖書・ヨハネの手紙一、第5章7‐8節に、「証するのは三者で、霊と水と血です。この三者は一致しています」とあるのは、ロゴス聖霊は一つ、ということなのです。宇宙を構成している素材、超素材、物質、超物質と共に、宇宙そのものも唯一なる創造主による現実としての表現です。もちろん、空間・場所・時間の世界、そしてノエティカル界、サイキカル界、物質界に存在するものは何であれ、神聖なる意志が最も思慮深く定めた循環の中で動かされ、不変の法則によってコントロールされつつ、生命現象を表現しています。

宇宙は、キリストロゴス聖霊によって共同創造されています。しかし、宇宙が創造される以前、あらゆる種類の表現がなされる以前にも、万物は全て静止した、未だ表われていない状態で、神聖なる自己充足の中に存在していました。

結果として天地創造をもたらす神聖なる意志の喜びも、神聖なる自己充足の中に存在していました。かつてあった存在物も、これから表われるであろうあらゆる存在物も、全てがすでに、もともと “ある” のです。聖なる全ての中でも最も聖なるロゴスであるキリストロゴスはもちろんのこと、全てのロゴス的な聖なるモナドも、またプリンシパリティーズ、ドミニオンズ、オーバーロードシップなどの階級に属する大天使たちも、その表現に大小の違いがあっても、多重性における絶対存在であることは変わりません。

だから微細な表現であれ雄大な表現であれ、私たちはその中に同じような完璧さ、絶対性、完全性を見い出すのでしょう。私たちが宇宙全体にも、太陽や星雲の中にも、たった一つの細胞の中にさえ絶対存在キリストロゴス聖霊の、神聖なる「全なる智恵」を完璧かつ絶対的な形で見ることができるのは、そのためなのです。

私たち人間は、絶対存在に似せてつくられています。その本質は同じですが、数量的にはもちろん比べものになりません。このような理解は、大多数の人々の理解とはかなり異なるでしょう。それは、真理の探究者絶対存在本質を理解する方法が、大多数の人々のそれと異なるからです。

キリスト教には、これまでお話したような概念に関する、全ての答えが含まれています。ロゴスであるイエスは、人々の心を支配する暗闇を消し去り、真理生命に導く “” を教えるために、この世界に現れました。あの時代の人々は肉体の中に神がいましたが、絶対存在を理解することができず、また正しく気づきを理解することもできませんでした。人々には教えが必要でした。その教えを言葉と行ないで示して見せたのが、イエスだったのです。

「エソテリック・ティーチング」36‐38ページ

キリストロゴスという表現に抵抗感を持つ方もあるだろう……が、ダスカロスとキリストとの繋がりは深く、聖ヨハネ(ヨハナン)のガイダンスを享けていることなどもあり、ダスカロスの教えはキリスト教えが主軸となっている。

どの「道」を通っても同じのもとに還ることに変わりはないが、「」であるキリストの手を取り、キリストに支えながら歩く道はもっとも明るく、最善なものと確信するゆえ、わたしはクリスチャンとして生きることを選んだ。

エゴとエゴイズム

(引用)エゴとエゴイズム(Ego and Egoism)
本書ではこれら2つの用語を、現代の心理学用語とは異なった意味で使っている。「エゴ」とは永遠の存在、すなわち「自己認識」としての私たちの本質であり、理性と愛に満ちたパーソナリティーを通して現れる。「エゴ」という本質は、愛、憐れみ、理性的思考と行動を私たちにもたらす。

一方、私たちが利己的な感情、敵意、妬みなどによって利己的欲望を生み出す時、「エゴイズム」はマインドを誤った目的に使っている。「エゴイズム」とは野放しになっているエレメンタルの総計であり、一人ひとりのパーソナリティーから国家に至る世界中の混乱や病気の根源といえる。

「飛翔の翼」489ページ

エゴ化:エゴとはラテン語で「本質的な自己」を表す。このエゴとは「永遠の存在」、すなわち「自己認識-魂」としての私たちの本質であり、理性と愛に満ちたパーソナリティーを通して現れる。エゴ化とは、聖なるモナドが人間のイデアを通過して「霊-魂としての自己」となり、さらに分離の世界に投影され人間となる自己性の個別化のプロセスを言う。用語37「個別化された自己性」も参照のこと。

「シンボル・オブ・ライフ」53ページ

辞書的な意味でのエゴ(ギリシャ語で“εγώ”、ラテン語で“ego”)は、「認識、意欲、行動などの主体として、他と区別される自分。自己。自我」など。

大天使/天使

(引用)大天使天使(Archangels. Angels)
大天使たちは、ロゴス的かつ聖霊的な存在として、あらゆる世界の創造と維持と恩寵を担っている。絶対存在の中に大天使の階級があり、それぞれの階級は、同種の無数の永遠の存在であふれている。私たちは12の階級があることを知っている。それらは、トロウンズ、オーソリティーズ、ドミニオンズプリンシパリティーズ、オーバーローズ、セラフィムセルビム、そしてその他名のあるもの、名のないものを含む。全なる知恵、全なる愛、全なる力、そして絶対的な自己認識性を有している。また、天使は大天使のエレメンタルである。

「光界への門」120‐121ページ

基本元素(エレメント)の大天使

(引用)用語26 基本元素エレメントの大天使(the Archangels of the elements)
私たちの人生で日頃最も接している大天使たちで、火・水・土・気という基本元素(エレメント)を支配している。彼らはあらゆる波動領域でマインドを使って世界や宇宙を創造し、イデアと形態を表現している。もちろん、人間のあらゆる体を創造し維持している。光と火を支配するミカエル、水とあらゆる液体を支配するガブリエル、エーテル・バイタリティーと呼ばれる電磁生命エネルギーを支配するラファエル、秩序と調和の普遍法則を司るウリエル、大地のエレメントを支配する天使シャマエルが、私たちのすべての体で休むことなく働いている。土の天使シャマエルは、大天使ルシファーのエレメンタルで天使である。

「真理の言葉」318ページ

4元素性(テトラクティース)

(引用)用語65 4元素性(TETRACTYS)
エジプト語で「tet-ruk-tees(テト・ラク・ティース)と読み、4つの元素から成り立つグループの意味。一つのテトラクティースは、4つの元素(エレメント)である土・空気・火・水から構成されている。

「エソテリック・ティーチング」241ページ

原因/イデア/原理

(引用)用語21 原因イデア原理(CAUSES,IDEAS and PRINCIPLES)
絶対存在意志の喜びは大いなる源であり、すべてにおける最も根源的な「原因」である。天地創造を引き起こしている絶対存在意志の喜びから、あらゆる従属的な「原因」が湧き出ている。そして、原因が原型としての「イデア」を生じさせ、大天使たちがそれを通して創造し、それぞれの存在形態に全なる智恵を適用している。それぞれの「イデア」には、これから形態として現れるための実現性の循環と、将来起こるかもしれない蓋然性の循環も備わっている。このように、「原因」から派生する結果を、空間・場所・時間という条件下において支配しているのが「原理」である。

「エソテリック・ティーチング」227~228ページ

(引用)原因とイデア(Causes and Ideas)
絶対存在性は、原初の「原因」である。そして、絶対存在意志の喜びは、天地創造の「原因」であり、その他あらゆる「従属的な原因」も生み出している。「原因」が、原型としての「イデア」を生じさせ、それが次にノエティック形態を生み出す。大天使は「イデア」を通じて創造し、それぞれの形態に全なる智恵を適用している。それぞれの「イデア」は、これから形態として現れるための原理実現性の循環蓋然性の循環とを備えている。

「光界への門」114ページ

実現性の循環

(引用)用語49 実現性の循環(Circle of Possibilities)
一時的な存在はその形態に、「実現性の循環」として知られる原理を内包している。この原理は「全なる智恵」の具現化であり、すべての生命現象という表現を正確に描く。あらゆる形態は、種から木へと、あるいは子供から大人へと絶えず成長を重ねる。生命は必ず動き、変化し、そうした循環の中でさまざまな経験を得る。一つひとつの生命現象は違っても、その本質に変わりはない。永遠の今において、形態には「実現性の循環」が備わっている。どのような形態であれ、この原理から逃れることはできない。つまり、人間は常に人間として転生するのであって、一つの形態が別の形態に転生することはあり得ない。

「真理の言葉」327ページ

蓋然性の循環

(引用)用語22 蓋然性の循環(Circle of Porobabilities)
 「実現性の循環」は完璧かつ逃れられない成長の循環だが、「蓋然性の循環」という原理は、あらゆる出来事を可能としている。なぜなら、人間は自分の人生の道を選ぶ自由が与えられている。種は発芽しないこともあれば、若木が病気で枯れることもある。一つひとつの「実現性の循環」の中には、数知れない「蓋然性」が見出される。

「真理の言葉」317ページ

蓋然性とは、元の用語の “probability” を訳したものである。あまり日常的に使われる言葉ではないため、概念を把握しづらい。

形態と原型

(引用)用語30 形態と原型(Forms and Archetypes)
何であれ存在するためには、「形態」が必要となる。あらゆる生命現象の源は、コーザルステートにあるイデアにあり、ノエティック形態にならって形態化される。存在の世界には数え切れないほどの原型的な形態が反映されている。各々の形態は、その独特な「実現性の循環」という原理を内包し、それが他の存在から明確に区別している。聖霊の管理の下、大天使たちは生命現象を創造し維持するために、形態を通して働いている。

「真理の言葉」320ページ

神聖なる原理/神聖なる法則

(引用)神聖なる原理神聖なる法則(Principles and Laws, Divine)
神聖なる原理法則は、時間・場所・空間におけるすべての表現を支配している。それらは「神聖なる計画」の基本的な仕組みであり、すべての世界や宇宙の秩序と調和を保っている。私たちがこれらの法則(たとえば原因と結果、調和、秩序、成長、愛の法則など)や原理(たとえば、実現性の循環、蓋然性の循環などの原理)を理解して、自分と一致させると、霊的に進化することができる。用語「原因とイデア」を参照のこと。

「光界への門」118ページ

神聖なる計画

(引用)神聖なる計画(Divine Plan)
天地創造」の青写真のようなもの。それは完全にして、完璧な青写真であり、森羅万象、あらゆる出来事の原因となっている。この最も賢明なる絶対存在の「神聖なる計画」に、私たちの思考・行動を調和させていくことが、私たちの存在の目的である。

「光界への門」118ページ

原因と結果の法則

(引用)用語22 原因と結果の法則(LAW of CAUSE and EFFECT)
「原因と結果の法則」は神秘主義者だけでなく、科学者にも認知されている法則。この成長・調和・バランスをもたらす神聖なる法則は、作用(原因)に対して、必ず何らかの反作用(結果)を引き起こす。つまり、あらゆる行い・思考・感情は、良かれ悪しかれ何らかの結果として戻ってくる、ということだ。東洋で知られる「カルマ」という言葉は、こうした「結果」の総計を意味する。ただし、東洋の宗教ではしばしば「カルマ」という言葉を使い、この法則を決定論的な観点で教えているが、私たちは他の人の “借り” を引き受けることも、あるいは悔い改めや償いによって超越することも可能だと信じている。この指導的な法則は短い期間だけでなく、3次元の物質界を超えて、いくつもの転生にわたって作用し続ける。

「エソテリック・ティーチング」228ページ

神聖なる慈悲/神聖なる恩寵

(引用)用語54 神聖なる慈悲/神聖なる恩寵(Mercy and Grace, Divine)
この二つは、ほとんど知られていないが、天地創造の中で最も憐れみ深い力であり、いわゆる「原因と結果の法則」に対して例外となるような奇跡的なことを引き起こす “許しの力” である。私たちに “自由意志” という恵みが与えられていることは、まさに「神の恩寵」である。また、新約聖書、マタイによる福音書5章45節に「あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくれるからである」と示されているのは、「神の慈悲」である。さらに、ヤコブの手紙2章13節にも「憐れみは裁きに打ち勝つのです」と著されている。

「真理の言葉」329ページ

アチューンメント

(引用)アチューンメント(Attunement)
対象物の本質を学び、観察できるようになればなるほど、永遠の存在から一時的な存在まで、私たちはあらゆる対象物の振動数に自分の波動を調整し、合わせられるようになる。こうして自らの波動を調整し、対象物と合わせる「アチューンメント」は、一体化に到達する前の段階。

「エソテリック・プラクティス」198ページ

観察/観察力

(引用)用語25 観察観察力(Observation)
観察は、私たちの「神聖なる本質」の一部である。それは、緊張のない意識であり、完全な集中力である。詳細な観察力と観察したものを思い起こす能力は、生命の理解のために不可欠である。

「真理の言葉」318ページ

エクスタシー

(引用)用語10 エクスタシー(ECSTASY)
意識の拡張、アチューンメント、そして神との一体化(テオーシス)を通して天の王国に入ること。つまり「エクスタシー」とは、あらゆる概念的思考を超越した心の状態といえる。

「エソテリック・ティーチング」222ページ

信仰

(引用)用語51 信仰(Faith)
さまざまな宗教の教義上の真理を、個人的に、また理論的に信仰するだけでは足りない。絶対存在に対する愛と理解、包括的な結びつきがあってこそ「信仰」といえる。こうした真の「信仰」に至るには、私たちの現在のパーソナリティーを完全に変容させる必要がある。そうすることによって、私たち人間はへと戻っていくプロセスに入り、やがて “テオーシス”(神との一体化)を体験することができる。つまり「信仰」とは、このように実践してこそ生きる行いなのである。新約聖書、ヤコブの手紙2章 26節に「魂のない肉体が死んだものであるように、行いを伴わない信仰は死んだものです」と書かれているのは、このことをさす。

「真理の言葉」328ページ

内省

(引用)内省(Introspection)
私たちの言動を引き起こしている源に遡る “内なる探究” のこと。その源が、私たちのパーソナリティーや潜在意識の自意識的な形成を決定づけている。内省の目的は、新約聖書ヘブライ人への手紙、9章14節に「私たちの良心を死んだ業から清めて・・・」と示されているように、自己をエゴイズムの呪縛から開放することである。日々の内省は、“Looking within”(内観、あるいは、内在するものを観る)とも著され、“自分自身を知る” ための内なる探究であり、自己診断プロセスのことである。これは、あらゆる真理の探究者、自己実現を目指す人々にとって中心的なプラクティスである。

「光界への門」122ページ

(引用)エクササイズ20
日々の内省は毎晩、眠りにつく前の、潜在意識に入りやすいタイミングで行ないます。ベッドに座ってもいいし、眠ってしまわなければ、横になって行っても構いません。完全にリラックスして、4:4のパターンド・ブリージングを始めましょう。

まず、朝起きた時から順を追って、今日一日にあったことをすべて思い出します。一つひとつの出会い、出来事をもう一度見つめ直してください。この時、自分自身や誰かを責めることなく、客観的な第三者の目で見つめることが大切です。そして、慈悲と寛大なる心を持って、自分自身に次のように質問します。

*思ったり感じたりすべきでなかったことで、思ったり感じたりしてしまったことは何か?
*思ったり感じたりすべきだったことで、思ったり感じたりしなかったことは何か?
*言うべきでなかったことで、言ってしまったことは何か?
*言うべきだったことで、言わなかったことは何か?
*すべきではなかったことで、してしまったことは何か?
*すべきだったことで、しなかったことは何か?

内省の目的は、自分自身や他の人々を責めることではなく(ましてや賞賛することではなく)、ただ公平な目で、自らの思考や行動を観察することにあります。その上で、気づいた点から自らの言動を改めるように努力しましょう。こうして内省を続けていくと、だんだんと自分自身を観察することに熟達していきます。そしてやがて、道徳面においても、霊的、神秘的な人生の側面においても、成長を加速していることに気づくはずです。

「エソテリック・プラクティス」150‐151ページ

瞑想

(引用)瞑想(Meditation)
内省による内的な到達は、瞑想により意識をより拡張された領域へと運ぶ。その探究は、現在のパーソナリティーの個人的な経験を超えて、不変性と永遠性の領域に向けて、無限に広がる “マインドの海” に自己だけで乗り出していくことである。

「シンボル・オブ・ライフ」457ページ

ヨハナン

(引用)ヨハナン(Yohannan)
キリストの 12人の使徒 の一人であり、福音書の著者であり、またダスカロスの霊的なガイドであった 聖ヨハネ のこと。ダスカロスは アラム語 でヨハナンと呼んでいた。

「真理の言葉」47ページ

パターンド・ブリージング(基本の呼吸法)

ダスカロスの推奨している呼吸法に、ヨーガの呼吸法を加えてアレンジした。もとの呼吸法を知りたい方は、「エソテリック・プラクティス」を参照のこと。

《呼吸法を行うに当たって留意すること》
、呼吸法は多々あり、優れたものも有害なものもある。呼吸法は人間の生理機能、精神面に与える影響力が強いので、実施には細心の注意を払う。
、エーテルのエネルギー・センターに性急な刺激を与えると、神経系統に機能障害をもたらすことがあるので注意する。
、パターンド・ブリージングは、エクササイズや瞑想の前に行うと効果的。
、呼吸法に慣れてくると、エクササイズや瞑想のときに限らず、自然とこの呼吸法ができるようになる。規則正しい呼吸ができるようになると、エーテル・バイタリティーがより多く蓄えられるので、じぶんの健康のためにも、それを必要とする他の人々のためにも活用できるようになる。

《呼吸法のやり方》
、思考と感情を穏やかにし、すべての活動から精神と肉体を解放してリラックスする。舌先を 口蓋 前部に軽くつけ、顔の筋肉は緩める。
、最初に大きく1回で息を吸い込み、1回で大きく息を吐き出す。
、心臓の鼓動に合わせ、3つ数えながら鼻から息を吸い込む。最初の「1」で横隔膜を下げ(緊張させ)て腹部と腰部に息を入れる。「2」で肋骨を広げて胸に入れ、「3」で胸の上部(鎖骨まで)いっぱいに吸い込む。
、続けて3つ数えつつ、鼻から息を吐く。吐くときは横隔膜を緩め、腹部と腰部→胸部→胸上部の順番で、息を完全に吐いてゆく。
、この「3つ吸って、3つ吐く呼吸法」が自然にできるようになるまで、毎日数分続ける。

3-3カウントの呼吸法に慣れたら、次は4-4カウントの呼吸法を試す。胴体を4つのパートに分け、吸うときも吐くときも、常に腹部から始め、鎖骨部を最後にする。これに慣れてきたら、6-6カウント、もっと慣れてきたら7-7や8-8も試してみる。やがて、誰もがそれぞれ「じぶんに合ったカウント」があることに気づく。ただし、カウントの呼吸法は精神的にマイナスの影響を与えるので避けること。

5-5カウントの呼吸法が良くない理由として、という数字が持つ形態物質性)への閉塞性や防衛力 が考えられる。5は「物質性」を不必要に強め、霊性を高める目的にはそぐわない影響を持つのであろう。

ダスカロスの呼吸法はで吸って、から吐く方式だが、吸って吐いてをすべてで行なっても構わない。どちらでも、じぶんが自然にできるほうを選べばよいと思う。口から吐くことのメリットは、力づよくしっかり吐き切ることでき、濁ったエネルギーの排出を促してエネルギッシュになれることだと思う。

瞑想集中力を高めるときは、呼気も吸気も鼻で行うのが適切に思われる。鼻の奥を通る空気を感じ、そこから脳の中心部を意識すると瞑想に入りやすい。この状態から、ブルース・モーエン式の「ハートの知性に質問するワーク」(詳細はモーエン氏の「死後探索マニュアル」で)を行うと、スムーズに回答がみつかったりする。

呼吸筋(横隔膜・肋間筋・内外肋間筋・胸鎖乳突筋・斜角筋・腹直筋・腹斜筋など)や、体幹を安定させる 腸腰筋 などを鍛えるエクササイズをするとよい。「深い呼吸」は体幹筋を強化する。

呼吸法を行う際は、会陰下腹のインナーマッスル(腸腰筋など)を軽く締めた状態をキープしつつ、横隔膜の上下(吸うと縮み、吐くと緩む呼吸筋)を意識して胸式呼吸を行うと体軸がブレにくい。吸気のときは肋間を広げ、までしっかり空気を入れるイメージで行い、呼気のときは腹筋(みぞおち下)を締め、肺の中の残った空気を追い出す。とはいえ無理はせず、自然にできる範囲で構わない。

☆彡☆彡☆彡

ダスカロス教えに関しては著書が出ている。興味を持たれた方はそちらを参照ください。

(3)につづく