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怪作で傑作! 映画『さかなのこ』

こんな映画、観たことない!

当初、観るつもりなんてなかった。
だって、さかなクンに興味ないし。

甲高い声でギョギョギョギョ言ってるのはメディア向けのキャラだとしても、わりとキツイと感じるほうだし。

だけど、なにやらTwitterで褒めている人が多かったので気になって観に行くことにした。

のん(能年玲奈)がさかなクンを演じると言う。ジェジェジェからギョギョギョか。なんて思いつつ予告も見ずに近所のTOHOシネマズへ。

結構客が入っている!
普通に面白い。

時には声を出して笑った。

のんは可愛いし、同級生の不良連中なんかもチャーミングで好きになっちゃう。ドランクドラゴン鈴木さんも、かが屋の賀屋もいい味出してた。役者さんが全員素晴らしかった。上手い人ばっかりだ。

しかし、ただただ楽しい映画では終わらせてくれなかった。

映画館を出た後、ずっといろんなことを考えさせられるのだ。

この生き方は良かったのか、悪かったのか。

それがよく分からなくなるのである。


様々なメディアで脚光を浴びる、さかなクン。

日本においては相当な有名人である。新種の魚を発見して天皇陛下にまでその存在を認められている。大学の客員教授の肩書きもある。平々凡々に死んでいく人間が殆どのこの世界にあって、さかなクンは人生の成功者と言えるだろう。

しかし、その半生はなかなかキツかった。

なにしろ、彼の「無類の魚好き」のために家族が崩壊しているのだ。

だから、わからなくなる…

この生き方が良かったのか、悪かったのか。

メディアに出てくる有識者やらオピニオンリーダー達は青少年に対して「自分の好きを大事にしよう」とか「好きなことを好きなだけやろう」とか言ってきた。私自身も、何かをちゃんと好きなった方が人生楽しいと思っている。

しかし、強烈な「好き」を貫くにはそれに対する理解と応援が必要であること。そして、「好き」は理解されない拒絶を生むこともあり、「好き」によって犠牲が伴うこともあるとこの映画は突きつけてくる。

アスペルガーの例を出すまでもなく、人間なにかに秀でると必ず劣った部分も出てくるものだ。さかなクンも、人として何か大きな欠落を抱えている感じがある。映画の中では、水族館に職を得たものの仕事がろくにできない様子が描かれるのだが、見ていていたたまれなくなった。

彼は、彼の才能を認める母によって守られ、そして非常にあやういバランスの中で今の地位を築く。築いたのだと分かってくる。魚が好きなだけの社会不適合者、町を徘徊する不審者になる可能性もあったと十二分に思わせてくれる。

そんなさかなクンの人生にありえたかもしれない「町を徘徊する魚好きの不審者」が登場する。

不審者は少年時代のさかなクンの目の前に現れ、一緒にお絵描きに興じた結果、時間を忘れ、誘拐だと思われてパトカーで連行されるのだが、その不審者を演じているのがなんとさかなクン自身なのだ。

なんというメタ構造!!

なんというアイデア!!


どうしたらこんな展開を描けるのだろう。

それが凄い。

もし母が見放していたら。もし学生時代に酷いイジメを受けていたら。もしペットショップの店長が優しい人じゃなかったら。今のさかなクンは生まれず、ただの不審者になっていたかもしれない。本当にそう思えてくる。

後半、夏帆演じるシングルマザーとその子が登場する。これが重ためのパンチとなって胸を抉ってきた。理想の親子関係とは。家庭環境とは。いびつでも生きていかざるを得ないのが人間だが、それにしてもこの状況は何だ。

絶望ではないのだけれど、あまり希望もない。ただ画面は明るい。行われている事もはっきり分かる。軽く混乱を抱えたままそれを受け入れるしかない。私は今、何を見させられているんだろう。

この映画、めちゃくちゃ複雑じゃん!!

これだけ構造的にも用意周到な脚本があったら、私はのんが主演でなくても結構感動したと思う。普通に男の子が主演でも、それこそ岡山天音くん主演でもいい映画になったはずだ。

だが、のんで良かった。

性別を超えた「のん主演」の破壊力は凄まじいものがあった。のんは神話の世界から飛び出してきたようなところがある。性的な興味を抱かせない不思議なオーラを纏っている。ぱるるには演じられないだろう(余計なお世話だ)。

『あまちゃん』の時のまんま、天真爛漫を絵に描いたような存在感がさかなクンのキャラクターにぴったりハマっていた。

それが観る者の脳を余計に揺らすのである。

この人は能年玲奈(のん)って女優で、さかなクンを演じていて、さかなクンは現実にいるこの映画の原作者で、さかなクンが演じる不審者がいて、少年時代のさかなクンに後にトレードマークとなるハコふぐの帽子を授けて…。

まいった!

「さかなクンを知っている客が観に行く」を大前提として設定した上で、リアルとフィクション、時系列、伏線の回収、相似する関係性、原作者や俳優そのものに付随する様々な情報に至るまで考え抜かれて作られている。

映画『さかなのこ』は傑作である。


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