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Knight and Mist十章-9騎士と霧

「あなたの気持ちは分かりますが、これはそういうので引き受けるものではないですよ」

もう決定していることに異を唱えることは難しいのでは、そんなことを考えながら、ハルカはセシルを見た。

勇者だけが入れると噂のバー《キタフィー亭》にて。

目の前には鴨鍋が煮えていて良い香り。おだしといとこんとネギのハーモニー。

だがおあずけをくらって話題はハルカが魔導の力を得るかどうか。

そう、魔導師になれるのである。しかも正式な。

その代わり、七割の確率で魔導の神に殺されてしまう。

とはいえハルカがそうなると思っている人間はここにはいないらしく、モンドとセシルが心配してくれているだけである。

イーディスは自分に同じチャンスがあれば命を賭けると言う。

ハルカはこの世界にきてから、自分のために犠牲になった人を想い、引き受けようとしたーーら、止められたのだ。

「これは義務感で動けば必ず後悔します。魔導師とはある種の"定め"であり、その運命を持つかどうかが大切です。ですからもちろん、巫女のミルフィさんがその定めであると断言するのなら30%は100%になります。だからといって、みんながそう言ってるからとか、なんとか言って心からの同意でなければ、神の前で必ず後悔します。そんな綺麗事、誰も気にかけてなんてくれないんですよ」

セシルに真剣な顔で説得され、ハルカはうつむいた。

ーーそうだ、セシルに隠し事はできないんだった。

ハルカが考えていることは筒抜けなのである。だから、ハルカの心が置いていかれたまま、義務感とその場の雰囲気だけで承知しようとしたのを止めたのだろう。

自分ですら気づかないことにセシルは気づく。指摘されたことは恥ずかしいし悔しい。だが同時に、そんな深い理解者がいることを心強く思った。

そこにパンパン! と手を鳴らす音が響いた。

「まあとりあえずキタフィーちゃんお手製鍋をたんまり食べてからにしなさい!」

「待ってました!」

リキが嬉しそうに言い、杯をあげた。

鶴の一声でまた宴会モードが戻ってきた。緊迫した一面から一転、またガヤガヤとした和やかな会食に戻る。

キタフィーがハルカのところに冷たい緑茶を持ってきて言った。

「小難しいことは、満腹になってから考えればいいのよ。あの子たちは当然それぐらい待ってくれるわ。命を賭ける決断をするならなおのこと、目の前の美味しいものを楽しまなくっちゃね!」

ニッコリ言う姿に、思わず見惚れる。繁華街からも離れ、夜も更けたときにありながら、そこに太陽があるみたいだった。

「飲みたいものがあれば言ってね。なんでもあるから!」

「じゃあ、セシルにノニジュース」

つい、口をついて出る。

「ノニ?」

セシルが眉をひそめる。うむ。知らないらしいぞ。

キタフィーが笑った。

「オーケー。じゃあ鍋の後にね! 美味しいから、美味しく食べてほしいわ」

そこでふと見たら、イーディスが無言で鍋にがっついており、茶碗が人の背丈ぐらい積みあがっていた。リキといい勝負だ。

キアラは酔いがまわってきたらしく何やら愚痴っている。モンドはそもそもお酒が飲めないことを「この世の終わりだ!」とか愚痴っている。

だんだんハルカも楽しい気分になってきた。

魔導師だなんだ、の話のときはなんだか拒絶されたような気分になったけど、この場の一員なんだという実感がした。久しく感じたことのない気分だった。

セシルが鍋をよそってくれて、それから頭をポンポンと撫でられた。

レティシアが慈愛の笑みでハルカを見ている。

そして唐突に気づく。

この場にいる全員が、ハルカのことを心配してくれているのだ、と。

おそらく初対面のミルフィでさえーー

「中間管理職はもう嫌だー!!!!」

キアラの絶叫が聞こえ、スコッティをはじめみんなが笑う。アザナルがまたしも琴を要求して鳴らし始めた。それにリキがバンジョーみたいなもので加わる。

「いっぱんしょみんのーゆうしゃのーひめのこんやくしゃーおれだってつらいよー」

リキが下手くそな歌を歌い、アンディが心底嫌そうに耳を塞ぐ。モンドはカスタネットを手に、「んおさけがのぉみたい……ただそれだけぬぁんだ、をれのぉ、のぞみ、きぼうは……このよは苦にみちみちているぅ」とこちらは歌詞はろくでもないがやたらとイケメンボイスで歌う。スコッティまでリュートで参加し(楽器はみんなキタフィーからもらっていた)、残りは手拍子で参加している。

アンディだけがずっと不愉快な顔をしていたが、イーディスはずっとゲラゲラ笑っていて、ただただ楽しい時間が過ぎていった。


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