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Knight and Mist-interlude-オーセンティックサイド

書斎のような部屋に独り坐し、深峰戒は深くため息をついた。

「なんなんだこのクズな世界は!」

力任せに棚を殴り、上に置いてあるものを薙ぎ払う。物が落ちてガシャンガシャン、と音が鳴った。

「私は私の役割を果たしているはずだ! なぜあんな小僧ごときに笑われなければならない……!」

ドサッと椅子に座る戒ことオーセンティック。

その前にすうっと何者かが姿を現した。

「《冥王|《ヘルマスター》》」

出てきたのは下半身が蛇の女だった。

「お前は混乱しているね。もう何が何だか分からない。あのとき死にたいと願い、しかし一人では死ねぬと言い、それを叶えれば今度は名を残して死にたいと言い、それを叶えれば今度は偉大になりたいと言ったな、オーセンティック。特別なモノになりたいと。大した尊大さだ。さすが人間」

淡々と言われ、苦笑しかできないオーセンティック。彼にも、彼女が気まぐれに手をサッと振るだけで彼を殺してしまえる能力があるのは知っている。だが恐怖はなかった。彼に魔族という特権的権能を渡してくれたのは他ならぬ彼女だ。

目的は分からないが、それで十分だった。畏怖するには及ばす。今や自分は魔族なのだ。

オーセンティックは《冥王ヘルマスター》と呼ばれる高位魔族に対し、恭しく頭を下げた。

「異端審問院は、モンド家に連なる筋の家が監視することとなりました。解体までは持っていけなかった」

「本当には悪いとは思っていないのだろう?」

何を言ってるんだこのババアは、そう考える気持ちを押し殺し、不気味に微笑う。彼の知る悪役がそうするように。

そしてタバコを取り出し、ライターで火をつけた。これもまた、彼の知る泰然自若たる悪役がそうするかのごとく。

それを彼女は興味深げに見ていた。

「意味もないものを」

その言葉をかき消すように煙を吐く。

うるさい。今は邪魔されたくないんだ。

「ミカエルにずいぶん言われたようだね」

歩き回りながらーーいや、這いずりまわりながら、彼女は言った。

「ずいぶんと私の存在が気に食わないらしい」

オーセンティックが皮肉っぽく笑う。それを見て彼女もまた嗤う。

「魔族を全知全能だとでも思うたか?」

「いや、それはないでしょう」

「魔族になればすべてを知り得ると思うたか?」

「知ることに何の意味がある?」

「ではそのタバコと同じように無意味だな」

オーセンティックは煙を吐いた。ほとんどただの水蒸気だ。タバコを吸った経験がないから、どんなものなのか分からないのだ。

「ひとつだけ確かなことはある」

オーセンティックが言った。

「魔族というものは相手が『本当に知る必要がある』ことについてだけは必ず『無知』だ」

睨むオーセンティック。

「……お前にはまだ役目がある。帝国とスループレイナの北側の隣接地にクチルという国がある。北や西の魔導師の巡礼者は必ずそこを通る。そこに戦火は起きぬものか」

「クチルで戦争を起こしたいとお望みか。なんのために?」

オーセンティックの問いは無視された。

「帝国軍を引きずり出すだけで良い。貴様の力、今度は見せてもらおうぞ」

彼女は笑みを残してすうっと消えていった。

「ったく、クズな世界だ。秩序も何もない」

西日が部屋を赤く染めていたのだった。


つづき

https://note.com/hoshinahaluka/n/n0c38773490b5

前回
Knight and  Mist十章-9騎士と霧

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