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Knight & Mist第十一章-1 夜中の訪問者

ハルカは目が覚めた。
昨晩のことを思い出して赤面する。

昨日の夜、あのあと。

さまざまな楽しいことがあったあと、一行と別れセシルと二人で帰ってきた。
しばらく何か話していたような気がするが、そこは記憶が曖昧だ。

気づいたのは、夜中に戸を叩く音だった。
ハルカはいつの間にか長椅子で居眠りしていたらしく、ハッとして目を覚ました。

寝ている間にセシルが羽織ものをかぶせていてくれたらしい。安心するにおいがする。

セシルが戸のところでボソボソ話して、夜中の客人を部屋に通した。訪ねてきたのはキアラだった。

セシルははじめ食卓のほうでキアラと話していたが、なぜか思いたったようにハルカのとなりーー足側に座り、キアラが向いに座った。
セシルがお茶をいれ、それから二人の会話が聞こえるようになった。

セシルの話を要約するとこんな話だ。

ハルカはこんな自分のことも簡単に信用するし、流れに押し切られやすいから、魔導の件はもう少し考えさせたいと。

それに対してキアラが流れに押し切られやすいというところに疑問を持った。彼はハルカのことを評価しているようで、判断力もしっかりあると力説していた。
困ったような沈黙がつづいた。

押し切られた、というのは何件か思い当たるハルカは寝たふりを決め込んだ。それに、実際セシルの口から聞いてみたいという気持ちもあった。

キアラが、温泉であんな変なタオルを着せるのは不可解だと話した。キアラ、案外するどい。

「それは、その、えーっと……保護者として、不適切な格好はさせられませんから」
セシルが言う。

「いや、ハルカちゃんが最初着ようとしてたカッコは標準的なものだったぞ!? お前どうしちゃったんだよ、らしくねえなあ」

「らしくないって、どこがですか?」

「いやだってさ、普段なら『それ僕に関係あります?』みたいな態度じゃねえか。こんなにまで何から何まで首つっこんでくるのは初めて見たぞオレは」

「あ〜……」セシルがうめく。
「それはまあ、事情がありまして……」

「あとな、ハルカちゃんの保護者はレティシア嬢だ。あそこはスループレイナの領地ではないんだから、国際問題になるから保護者を名乗るのやめろって言われてたぞ」

セシルが盛大にため息をついた。

「どーせアザナルさんのいつもの取り越し苦労でしょ。言うなれば共同親権のようなものです」

キッパリ言うセシルに「意味がわからねえ」と頭を抱えるキアラ。

「ともかくっ! この子は僕が探し続けたひとなので、何を言われようとも絶対手放したりしませんからね」

「まあ、お前がなんか探し続けてたのは知ってるけどよ〜。なんていうか予想外すぎるんだよなあ」

「不思議なことはひとつもないと思いますけどね。こう言いたいんでしょう? 僕はまったく女性どころか他人に興味を持ってこなかった。なのに突然どうした、と」

「うん」

「しかし逆なんですよ。僕にとって人間で女性なのは彼女だけなんです」

キッパリ言っているが何を言っているのか分からない。キアラがはあ、と気の抜けた返事をして飲み物をすすった。

「えーと、一般人のオレに理解できるように言い換えると……お前にとって唯一無二の女性で、女性として好き?」

どストレートな問いにハルカはギクっとして固まった。そういえばそんなこと、温泉でも聞いたような……あの場は冗談で流したが、結局どうなのだろう。
ドキドキしていると、なだめるように、布の上からセシルがポンポンとハルカをたたいた。

(起きてるの、気づかれてる……)

それでもハルカは寝たフリを続けた。
セシルがどう言うのか気になって、耳をすませた。あー、そうですねえ、とセシルは言ってお茶を一口。

「他の男がちょっかい出したら殺します♡というぐらいには……それを人は好きというのかはちょっと僕は知らないです……少なくとも、彼女が見つかっていれば、僕は魔王も起こしませんでしたし、悪いことは何もしなかったと思いますよ。彼女にちょっかいかけるやつがいない限り」

「それ、サラッと今からでもちょっかいかける輩がいたら世界巻き込むレベルのことを平気でやるって言ってるよな!?」

「だから言ってるでしょう。僕を怒らせないほうがいいですよ、と」

セシルがハルカを好きなのかどうかイマイチ分からない返答だったが、とりあえず相当な執着だというのは、ハルカもキアラも理解したのであった。

(セシルは優しいが、セシルのままだ……)

呆れるハルカ。その脚を温めるように撫でるセシル。

「ま、まあ、お前にそういう感情があったっていうのはよかったよ。お前ときどき本当にこええからな」

「ともかく、これで分かったでしょう。僕が魔導に対して反対であるのは」

「んー、そうだけど。でもさ、彼女には彼女の意思があるじゃん? あの子はやりたいって言ってるわけだし……そもそもお前、言いにくいんだが、彼女から男として見られてなかったらどうするつもり?」

キアラが言うなり、セシルはガタッと机にうつ伏せになった。

「………………それは考えたくないです……」

「考えたくないんだ……」

「はい……」
大きくため息。

「それはたぶん好きって言うんだぜ……」

「察してはいましたが認めたくはないんです……この世でもっとも愚かな人間に成り下がった……」

「いやいや、人を愛することは愚かじゃねえよ」

「愚かですよ。僕の前に飛び出してきたりするんですから。死ぬって分かってるのに、誰かを守ろうとして……そういえば、ハルカも一度そんなバカなことをしていた……もう二度としてほしくない……はあ……」

「だからこの子はそういう性格なんだろ」

「誰にでもすぐ懐いて、誰のためでもすぐに命を投げ出すタイプに見えます。すごく嫌なんですが」

「だからこそ、身を守る方法として魔導を身につけてもらおうって話してんじゃん」

「いや、彼女はできることが増えれば増えるほど、危険に首を突っ込むタイプです。だから魔導は使えないほうがいいと思うんです。スループレイナとして彼女を認められないなら、この国から出るだけですから。保護責任者はレティシアさん、つまりスループレイナは下手に彼女に手出しはできないでしょう?」

「だからそれをお前が決めるなって。せめて彼女に聞いてみろよ。お前が強く言ったら、彼女だって従うしかないだろ。そんな関係でいいのか?」

「……………………」

「心配は分かるぜ。オレだってさ、アザナルには危険なことしてほしくねーよ。だけどさあ、それがあいつなんだから、そばで守ってやるしかできねーんだよ」

「そんなだからいつまで経ってもプロポーズできなくて喧嘩するんですよ」

「うるせえっ!! 今その話はナシだ!! ともかく! 心配することと、過干渉になることは別だ! 今日のお前は明らかに過干渉だったぜ。そんなだと嫌われるぞ」

ギョッとしたーー感覚が、ハルカに流れ込んできた。薄目で見てみると、セシルの顔から血の気が引いている。

「お前それでまだ好きとか分かりませーんって言ってるの? 嫌われたら嫌なんだったらもう、それ、好きじゃん」

「今日の僕、嫌われてたんでしょーか……」

「だいぶ戸惑ってはいたみたいだけど。まあ、お前の言うどっかニブイというか、鈍感っぽいところはたしかにあるな。だから嫌われてはないと思うぞ。ただ続けるとウザがられるんじゃないか」

セシルが机に突っ伏し、駄々をこねるように頭を左右に振った。

「それだけは嫌ですっーー!!」

キアラが身を乗り出してセシルの肩に手をかける。

「嫌われたくないんだろ? てか好かれたいんだろ? 『パパ、私好きな人ができたの! 紹介するね!』ってどこの馬の骨とも知れないやつを紹介される日が来たら嫌だろ?」

大きく頷くセシル。

「だったら保護者とか言うのやめろよな。保護者ってそういうことだからな」

「なぜだか想像できすぎて辛いです……うっ、うっ。一生男なんかつくらないでほしい……」

「あー、分かった。本当に本当に冗談抜きで、お前そういうの初めてなのか。あーそーかそーか。なんでもできるセシル様にもそんな弱点があったとは!」

「だから最も愚かな人間に成り下がったと言ったでしょうが……」
机に突っ伏したままうめくセシル。

「いや、だから人を愛することは愚かなことじゃないって!」

「愛とか言わないでくださいまだ心の準備ができてないので……」
弱々しくセシルが言った。
「どーせ僕はキアラさんたちとは違うので……」

「まあ、オレ個人としては、お前が人間的に成長したみたいで嬉しいよ。お前のことサイコパスだって言うやつもいたけど、オレは違うって思ってたしな。むしろそっちのお前が本来のお前なんだろ?」

「サイコパス…………」

「あー、ショック受けんなって! サイコパスっぽくても彼女はお前のこと受け入れてくれてるんだろ?」

「だから心配なんでしょ……俺なんかをすんなり受け入れるのはどう考えてもおかしい。ハルカはどこかおかしい」

さすがに聞き捨てならないが、会話に割ってはいることもできないので、ハルカは薄目を開けたまま寝たふりを続けた。

「この世のサイコパスすべてを受け入れるんじゃないか……?」
セシルがおかしなことを呟いている。
「俺じゃなくて、誰でもいいんじゃないか……?」

「そういうふうになるのが普通なんだよ」

力説するキアラ。
もちろんハルカとしては誰でもいいわけではない。流された部分が多少はあるもののーー

ふ、と気がつくとセシルがジーッと見つめていた。ボーッとしていたせいで寝たフリが甘くなっていたらしい。バッチリ目があってしまった。

「ーーで。全部聞いていたんでしょ」

「え、えっと?」
とりあえず半身を起こし、キョロキョロするハルカ。それをジト目で見続けるセシル。

「あれ、起こしちまったか。悪いな、夜中に」

「い、いえ。それは大丈夫」

セシルは机に肘をついて、なおもハルカをジーッと見ている。

「この子は最初から起きてましたよ。ね?」

真顔で問われると怖い。
ハルカはビビり上がりながら、コクコクと頷いた。

「え、俺、まずかったか?」

キアラがセシルとハルカを交互に見て気まずそうに言った。友だちを恋バナで茶化していたら、当人が全部聞いていたのだ。そりゃ気まずい。

「いや、いい機会だから聞いてもらおーと思いまして」

セシルが憮然としたまま言った。つまり、聞かせたい話をした、ということらしい。キアラは頭がこんがらがりつつも、いつものセシルらしいムーブなので黙っておくことにした。
一方でハルカはボケっとしたまま、何を聞かせたかったのかを一生懸命考えた。

「つまり、いかに魔導について反対かを」

「違う」
すかさずセシルが口をはさむ。

「え、え〜?」

汗を吹き出しながらキョドキョドするハルカを見かねて、キアラが助け舟を出した。

「たぶんだが、ヤツが言いたいのは、お嬢ちゃんのことが、男として好きだっていうーー間接的な告白?」

助け舟になっていない! とハルカは心のなかで叫んだ。
ハルカにとってセシルとの関係は居心地がよかった。だから、曖昧なままで甘えていたいのが本音だ。

(ここまで言うってことは、セシルは関係をハッキリさせたいのかな?)

曖昧なままでいたいのはお互いさまだと思っていたハルカはたじろいだ。

(いや、まだ一応、間接的に聞かされただけだ……私にどうしろとー!? ていうかこの状況、中学生か!?)

セシルは依然真顔でハルカを見つめたままである。蛇に睨まれた蛙状態のハルカを見かねてか、キアラがさらに口を出す。

「とりあえず、それを聞いて嬉しいか嬉しくないかだけでも答えてやってくれないか?」

そう言うキアラはひたすらに気まずそうである。

「とりあえず、聞きたいのは」ハルカは勇気を出してセシルのほうを見た。
「泣き言を言ってたのは、演技?」

「いや、心から嫌ってほしくないです」

「この状況、嫌いな子は嫌いだと思うよ?」

「…………」

「泣きそうな顔で俺を見ても困るぞ!? お前がはじめたことだろ!?」

セシルが無言でキアラを見つめ、キアラが怯んだように言った。

「よし、ここは俺は帰るから。2人でよく話し合え。なっ? 人を介して話してもロクなことになんねーと俺は思うぜ」

そう言って席を立つ。キアラの言うことはもっともである。

果たして、キアラが出て行ったあと、ハルカとセシルはお互い長椅子に隣同士座って、見つめ合ったのだった。


つづき
見つめ合うふたり

https://note.com/hoshinahaluka/n/n5200563562e7

前回

Knight and  Mist-interude-オーセンティックサイド
https://note.com/hoshinahaluka/n/n3f592743bc82

最初から読む

https://note.com/hoshinahaluka/n/n14a17ce56f4e

目次

https://note.com/hoshinahaluka/n/n7c9adf6d61b6

登場人物

https://note.com/hoshinahaluka/n/nf4b6543b6e5f

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