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Knight & Mist第十一章-2 見つめ合うふたり
「もう遅いから寝ようよ」
沈黙に耐えかねて言い出したのはハルカのほうだった。
飲み会から帰ったあと、深夜の遅い時間。
キアラとセシルがいろいろと話し合った末、流れでセシルはハルカが好きだと打ち明ける。ハッキリ言ったわけではないが、そういう感じのことを言って、寝たふりを決め込んでいたハルカを起こし、返答を求めたのだった。
曖昧なままでいたいハルカは逃げ腰だ。
だが、どうもそうも言ってはいられないらしい。
いったん寝て仕切り直そうと言うハルカにセシルは首を横に振った。
セシルはカップを持ってきて、お茶の残りを入れ、ハルカに差し出した。
それから、ハルカの格好を一瞥し、無言で着ていた服をハルカにかぶせた。
お酒のせいなのか、体が冷えていたのでその心遣いはありがたかった。
それに、セシルが自分のことをどう見ていようと、それで何か変わるわけじゃないんだと少し分かってホッとしたのだ。
「ココアがいいなら作りますが」
欲しいという気持ちと、迷惑じゃないかという気持ちが瞬間的に交錯した。それを見たセシルは、ハルカが何か言う前にキッチンのほうへ行ってしまった。
ココアを作ってくれるのだろうと察したハルカは、お茶を飲んだ。喉もカラカラだった。
しばらくして、いい匂いのする湯気が立つカップを持ってセシルが戻ってきた。ハルカの前にココアのカップを起き、セシルはとなりに座る。
「同じだと思うんですよね」
ココアが熱そうだなと手に取るか考えているハルカに向かってセシルが言った。
「どうしてハルカがそうなのか俺には分からないけど……欲しいものがあっても、いつもさっきみたいな顔するだろ?」
「うーん、そうなのかな? 自分じゃよく分からないや……」
「望むものが答えられないのは、たぶん、理由があるんだろう。だから俺は今みたいにしていても全然いいんだ。もう、ハルカの前から一方的に消えたりもするつもりはないから、安心して甘えてほしい。ハルカが壁を作るのもムリはないよ。ここはハルカにとって、ハルカの世界じゃないし、俺を信用せざるを得ない状況だから俺を信用してるんだろう。だけど独りだなんて思わないで。何かを証明するために魔導のちからを手に入れる必要なんてないよ」
「私はじゅうぶん甘えちゃってると思う……」
「俺にとってはじゅうぶんじゃないかな」
ハルカは困ったようにセシルを見上げた。このままただ彼に甘えて、そのままでいたいーーそう思う一方で、それだけではいけないんじゃないかという、言葉にならないザワザワとした気持ちが這い上がってきた。
消えることのない、いつまでもつきまとう影のような感情だった。
(どんな理由でもいい、ここにいていい理由がほしい)
ハルカは強く願った。
セシルはなんでもできる。だから甘えていてはいずれ自分の存在理由はなくなる。自分はこの世界の住人じゃない。少なくとも今晩キタフィー亭に一緒にいたメンバーーー貴族王族勇者たちーーと肩を並べるには、ちからがどうしても必要である。それはセシルからは得られないものなのだ。
甘えていたいわけではない。並んで、戦いたいのだ。この居心地の良い場所を奪われないようにーー
(わたしは、ひとりだーー)
冷え冷えとした感情が沸き起こる。いつもは押し殺して気づかないふりをしている、感情。
仲間が欲しいと打ち明けたことによって、直面せざるをえなくなる感情。
どうしても拭えない、その何か。
「魔導の力を手に入れれば、それを拭えると思っているんだね?」
セシルが訊ねた。ハルカは首を傾げた。
「少なくとも、イーディスは、私がそうなんでしょって言ってたんだと思う。イーディスは私のそういうところ、理解しててくれてる気がする。だから命ぐらい賭けれるでしょって言ってたんだよ」
セシルが困った顔をした。
「俺は、ハルカがそんなことをしなくても、心地よくいてくれたらと思う。どうしたら俺に甘えてくれる? どういう俺だったら、安心してくれるの?」
セシルはなおも言った。
「それとも、キアラさんだったらいいの? まだそんなに顔合わせてないけど、ずいぶん心ゆるしてるよね」
「え?」
そういうはなしになるとは思わず、ついセシルを二度見する。
「異端審問院に囚われたのが俺じゃなくても、あんたは助けに行ったんだろ? それがあんただ。俺の一番嫌いなタイプの人間だ。善良で、なんの見返りも求めず、疑問すら感じずに、正義をもとに行動できるーー」
そう言うセシルがひどく辛そうな表情だったのがハルカには印象的だった。
「ーーそういう、当たり前のように正しいことができる、正しい人間」
「それはかいかぶりすぎだよ」
ハルカは手をパタパタ振って否定した。
「わたしはそんな立派な人間じゃない。たしかに、ヒーローにはなりたいかも? でもそれは、弱いのが、嫌なだけ。誰の記憶にも残らず消えてしまうのが、怖いだけ……」
「これだけ俺にいろんな印象残して、記憶に残らないはないと思いますが」
「でもそう思うのっ! だって……」
ハルカは何かを言いかけ、口をつぐむ。
「だって?」
セシルがつづきを待っているようなので、勇気を出して言う。
「だって、いなくならないでほしいのに、勝手に死にかけるし、しかもそれ私のせいだし……そのことに対して、なんの相談もしてくれないし。だから私のこと、記憶にあるって思えなくて」
「魔族と取引してたはなし、ですかーー全部、ハルカを生かそうとしてやったことだったんだけど……」
「でも私の気持ちはっーー」
ーー考えてくれてないじゃない。
言いかけて口をつぐむ。なぜかこれだけは言いたくなかった。
セシルにはなんの義務はないのだから。
「だから、もう一方的に消えるつもりはないから……」
セシルが困ったような顔をした。
「……傷つけたなら、ごめん」
「そういうことじゃないの。助けてくれたのはありがたいし、あのときはああするしかなかったかもしれないけど」
ハルカははあ、とため息をついた。
「怒ってるんだよ、わたしは。あんな状況のときに、せめて魔導が使えたらって思うのも当然でしょ?」
セシルは照れたように頭をかいた。
「それは心配をかけた、のかな。正直に言うと、少し嬉しい……あのとき、いや、喜ぶのは違うって分かってるけど」
「私は怒ってるんですが」
「怒ってくれてることそのものが嬉しいんだよ……ふふっ、他の人だとわずらわしいとしか思わないのにね。不思議だな」
ハルカは呆れて肩を落とした。セシルはクスクス笑っている。
「怒ってる顔も可愛いな。リスみたい」
「すごく雑魚っぽい……!! こっちは真剣なのに〜」
「まあ、俺とあんたの実力差だと、俺がドラゴンだとしたら、ハルカはミミズだから」
「土壌を良くしてますぅ!? ……って、好きな女の子をミミズ呼ばわりするか普通!? 私は怒っても、土掘ってるだけにしか見えないと!?」
「ね、可愛いでしょう?」
「可愛さの基準が分からん……」
ガックリ肩を落とし、首を振る。
「ともかく、せめてミミズから蛇くらいには進化したいので、魔導の力が欲しいの……こう言えば伝わる?」
ああ、とセシルはポンと手を打った。
「それならたしかにリスクを取るしかないですよね。イーディスさんの言っていたことが、ようやく理解できた気がします」
「そんな理解のされ方して今頃イーディスも泣いてるよきっと……」
サイコパス呼ばわりされるのは自業自得だな、とハルカは思ったのであった。
https://note.com/hoshinahaluka/n/n2ea7bdb65f01
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真夜中の訪問者
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登場人物
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