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Knight and Mist第十一章-3 朝食の味がしない

その後、疲れ切ったハルカはベッドに横になり、ぐーぐーとよく寝た。

翌朝目を覚ますと、陽光が眩しい。
午後の陽気、鳥の声がする。
ちょっと寝過ぎたようだ。

ベッドに倒れ込んでそのまま寝てしまった気がするが、起きた時にはちゃんと布団のなかにおさまっていたから、おそらくセシルが布団をかけてくれたんだろうと思った。

窓を開けたのもたぶんセシルだ。
こういうちょっとしたことが、本当はすごく嬉しいのだと、ぼんやりしながらハルカは考えた。

セシルの言う通り、今のまま安心していられたらどんなにかいいだろう。
だがセシルは絶対戦いに出てしまうし、不安のなか待つなんて嫌だ。やはりハルカは魔導が使えるようになりたいのだとあらためて思う。

(誰かに認めてもらうためじゃない。自分で自分の居場所を守れるようにーー)

思考を遮るかのように、声がした。

「起きましたー? ごはんだから降りておいでー?」

お腹が盛大に鳴る。簡単に身支度して、降りていくと、美味しそうなご飯が並べられていた。

「サティおばさんが作ってくれたものだから。今日はえーと、チキンの香草焼きと、ルッコラのサラダと、スープと……まあ、適当に食べて。お茶も入ってるよ」

この館は通いの使用人が管理しており、昼と夜はご飯も作ってもらえるという、貴族さまさまな生活を送っていたのだった。

ちなみに一度、都にあるセシルの家を見に行ったのだが、あそこは……家というより、廃墟だった。廃墟。
近所の子どもたちの肝試しスポットになっているらしく、清掃とかは諦めて、この館にお世話になることになったのだ。(ちなみにそのとき大家さんからセシルの退去勧告が出されたが、誤魔化して出てきた)

「とりあえず、魔導の件は納得しました。可能なかぎり僕のほうでバックアップします」

セシルがパンをちぎりながら言った。

「ただし、条件が一個、あります」

「ん? なに?」

「分かってると思うけど、俺はハルカを手放す気がないし、相手が神だろうとそれは変わらない。もしそいつがハルカを奪うんなら、神であろうと殺します」

朝食の席からだいぶ物騒な話をするセシル。

「とりあえずそれは理解しといてくださいね。ひょっとしたらあなたのせいで魔導が使えなくなる人が出てくるかもしれない、と」

ハルカは持っていたフォークを落とした。

「責任重すぎない!?」

「まあ、そのくらいの覚悟で臨んでください、ってこと」
セシルは事務的に言ってパクパクとサラダを口に運んだ。

「あとそのついでに、俺の気持ちから逃げるのはやめてください。ハルカが何言おうと俺の気持ちは変えられないから。もちろん、今のまま曖昧な感じでいてもいいけど、俺の気持ちはちゃんと分かってて」

「分かった。でも、あの、いろいろ言われて混乱してるんだけど、セシルの気持ち、もう一回聞かせて?」

セシルは食事をする手を止めずに、ハルカに微笑みかけた。

「嘘はひとつも言ってないんだけどなあ……まず、一生一緒にいよう。俺はハルカが好きだし、繰り返しになるけど、手放す気もない。同じ気持ちでいてくれてると俺は分かってるけど、オトナだからそこは急かさないよ♡」

あらためて言葉にされてたじろぐハルカ。

「あれから考えてたんだ……もうすごく長い年月探し彷徨い歩いたそのひとが目の前にいて、さすがの俺もちょっと焦りすぎたなって。異端審問院に捕まるなんてミスーーいや、そもそもハルカを魔霧で見失ったり、ブラックサイトに送り込まれたりそんなへっぽこなミスは俺らしくない。それはたぶん、大切な人ができたからついしてしまったミスだと思うんだけど、今後も同じでは困るよね。あと、その……」

セシルの表情が少しかげった、

「あんなふうに感情を押し付けたのも失敗だったと思う。正直、俺は誰かに愛されるに値しない人間だ。だから……あんな態度に出てしまったんだと思う。ハルカが昨日怒ってたのを見て、反省した。ハルカは俺のことが好きなんだね」

「……えっと、その、あの」

「あ、必ずしも性的な意味での好きってことじゃなくて……俺がいなくなったら悲しいんでしょ? ちゃんと回復したからよかったけど、この一週間、死ぬほど恐い思いをさせてしまったんでしょ? これはキアラさんから聞いたんだけど」

ひどい拷問によりセシルが死ぬかもしれない、本人の生命力に頼るしかないと、覚悟しておけと何度も言われ、祈った日々を思い出す。
『死ぬほど恐い思い』ーーたしかにそのとおりだったと思う。自分がどれだけピンチに陥っても、感じたことのないほどの恐怖だった。
ハルカは素直にうなずいた。
セシルはそれを見てホッとしたように笑った。

「俺はその気持ちだけでじゅうぶんだから。今は。ただ、俺以上は作ってほしくないけど……うーん、それは贅沢か。ともかく、俺の気持ちを受け止めた上で、一度だけ、魔導の件を考えて?」

ハルカはフォークを手に取り直し、食事を再開した。

つまりはこうだ。
ハルカと同じく、セシルも恐怖を感じるのだということ。失うかもしれない状況に自ら送り出すことが耐え難いストレスであろうこと。
ハルカはうなずいた。

「セシルの気持ちは分かった。……その、ごめんね。全然セシルの気持ち、分かってなかったみたい」

セシルが満足げにうなずいた。

「てわけで、今後のスケジュールですが!」
なぜか胡散臭い笑みに戻ってセシルが言った。

「魔導ライセンスがおりて、神の試練までもろもろの事務手続きにより、約一か月猶予があります。とりあえずその一か月間は準備にあてるということで……」

フフフ、とセシルが微笑う。

「今日から早速勉強です!」

パチっと指を鳴らすと、虚空から現れるどデカい書物の数々。それが何冊も現れーードサっとすごい音がして床に落ちた。
だいたい一人暮らしの引越し荷物ぐらいの量がある。

「僕が教えるんで安心してくださいねええええ〜」

このときハルカはたしかに嫌な予感がしていたが、それをはるかに上回る悪夢になるとは、このときは皆目見当もついていないのであった……


つづき
不定期更新中

前回
見つめ合うふたり

https://note.com/hoshinahaluka/n/n5200563562e7

最初から読む

https://note.com/hoshinahaluka/n/n14a17ce56f4e

目次

https://note.com/hoshinahaluka/n/n7c9adf6d61b6

登場人物

https://note.com/hoshinahaluka/n/nf4b6543b6e5f

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