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2015年10月の記事一覧
【小説】君を待つあかり(下)
「はい、これ。食べて食べて」
実家から大学のある街へ戻ってきた僕は、開店前の時間にバイト先の書店の奥の事務室で、店長と真菜佳、あとほかのバイトスタッフにりんごパイの箱を一つずつ配った。店長は奥さんと食べることにするよと喜び、真菜佳は少し笑って、
「笹谷さんって気の利くお母さんみたいですね」
と言った。
「それって、ほめ言葉かよ」
「ありがとうございまーす、今夜の夕ご飯にします」
菓子を夕飯に
【小説】君を待つあかり(上)
仕事終わりの帰り道、川沿いにある小さな公園で僕はベンチに座り缶コーヒーで一休みする。時刻はいつも夜の十時すぎだ。季節は六月で、梅雨の晴れ間の夜空には、爪の先ほどの小さな月がかかっていた。東京という大都市に住み、こうして夜出歩くと、街じゅうにあるマンションのあかりが目に入る。
そのひとつひとつに住居者がいて、それぞれの暮らしをいとなんでいると思うと、なんだかいつも途方もない気持ちになる。あの小さな
【童話】山梨レストランの夏・下
最後のひとさじを食べてしまうと、浩太はふーっと息をつきました。なんだか、食べている間中、夢の中にいるような気分でした。
そばに立っていたうさぎが、浩太に声をかけました。
「いかがでしたか?」
「うん…、すごく、すごく、おいしかった」
「それはよかった。店主もお喜びになります」
浩太はふと思い立って、うさぎに声をかけました。
「あの…店主さんに、山姫様に、お礼が言いたいんだけど……」
うさ
【童話】山梨レストランの夏・中
裏山の中腹にあるという山梨レストランに行くには、草木が生い茂る山の中の道をのぼっていかなくてはなりませんでした。どこもかしこも草いきれの匂いに満ちた、初夏の山道は、さまざまな色の緑であふれています。枯葉やごろごろした石を踏み分け、うさぎの後についてえっちらおっちら坂道をのぼっていた浩太は、前を歩くうさぎに声をかけました。
「ねえ…まだ着かないの」
「もう少しです」
うさぎは振り返ってそう言うと
【童話】山梨レストランの夏・上
広い運動公園のはじっこの、大きなツツジの影にかくれて、浩太はひざをかかえてしゃがんでいました。さっきから、20分以上、身動きひとつせずにじっとしているので、だいぶ足がしびれてきました。
(けんちゃん、まだ見つけてくれないのかなあ)
今日は、小学校のクラスメイトの五人で、かくれんぼをしているのでした。鬼となったけんちゃんは、ちょっとのんびりした性格の子で、浩太を見つけるのにも時間がかかっているよ