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【童話】山梨レストランの夏・上

広い運動公園のはじっこの、大きなツツジの影にかくれて、浩太はひざをかかえてしゃがんでいました。さっきから、20分以上、身動きひとつせずにじっとしているので、だいぶ足がしびれてきました。

(けんちゃん、まだ見つけてくれないのかなあ)

今日は、小学校のクラスメイトの五人で、かくれんぼをしているのでした。鬼となったけんちゃんは、ちょっとのんびりした性格の子で、浩太を見つけるのにも時間がかかっているようです。

(公園が広いからって、こんなにわかりにくいところに隠れなきゃよかった)

浩太はそっとひざにうずめていた顔をあげ、ゆっくりとあたりを見回しました。ツツジの影から見えるものは、小さな水飲み場とゴミ箱だけでした。

(けんちゃんも、みんなも、僕が一緒に遊んでること忘れちゃってるんじゃないのかな? もうほかのメンバーは全員見つかって、今度は鬼ごっこでもしてるのかも)

浩太はだんだん後悔してきて、いっそのこと自分から「僕はここだよう」と出て行こうかと思ってきました。だけど、そうするのは、ちょっとかっこわるいような気もして、なかなか行動に移せないのでした。

迷ったあげくに、浩太が、そっとツツジの藪から顔を出したとたんに、かん高い声が、

「見いつけた!」

と耳のすぐそばで聞こえました。浩太はほっとして、ぱっと振り向いたのですが、そこにいたのは、けんちゃんではありませんでした。

長い耳をぴんとたてて、やわらかそうな毛並みをした真っ白なうさぎが、真っ赤な蝶ネクタイをしてそこにいたのです。浩太はそれはそれは驚いて、うさぎに尋ねました。

「きみ…喋れるの」

うさぎは得意そうに鼻をちょっと前足でこすると、言いました。

「はい。私は何といっても、ここいらじゅうではちょっと名前の知れたうさぎですからね。山梨レストランのウェイターという、ちゃあんとした仕事をしているうさぎなのであります」

「やまなしレストラン?」

浩太が聞き返すと、うさぎは自慢げに鼻をぴくぴく動かしました。

「この公園の裏山の、ちょっと分け入ったところに立っているレストランなんですよ。味のほうは上々で、裏山に住んでいるきつねやら、くまやら、いろんな動物たちがそこでの一皿を求めて通ってくるわけです。それでですね、そのレストランが、今日で開店一周年の記念日なのです」

「はぁ」

浩太がわけがわからず聞き返すと、うさぎはどこから出したのか小さいチケットをとりだすと、浩太に手渡しました。

「そこで、お客様として、人間の子供を一人招待しましょうと、店主と、私とで話しあいまして、私は誰にしようかこの公園まで山から下りて探しにきていたところ、あなたを見つけたわけですよ」

浩太が渡された小さな紙切れのチケットを見ると、そこにはへたくそな字で「しょうたいじょう」と書かれていて、右端に赤い野いちごのスタンプがぺたりと押してありました。

「さあさあ、レストランはまもなく開店します。これからご案内しましょう」

うさぎがさも当然のようにそう言うので、浩太はあわてて声をかけました。

「僕、いまかくれんぼの途中なんだよ。僕が急にいなくなったら、みんながびっくりしちゃうじゃないか」

うさぎは首をかしげて言いました。

「かくれんぼの途中ってったって、誰もあなたを探しにこなかったじゃないですか。あなたが、15分も、20分も、一人っきりでそのツツジの影に座っていたから、私は連れて行ってもかまわないと思って、声をかけたんです。なあに、大丈夫。食事を終えるまで、たいして時間はとらせません。夕方までには、またこの公園に戻ってこれますよ」

うさぎに説得されているうちに、浩太はだんだん「それなら行ってみてもいいか」という気持ちになってきました。ほんとうは、うさぎの話を聞いてわくわくし始めていたのです。なんといっても、浩太はたいへんな食いしん坊なのです。どんなごちそうが出てくるかと思うだけで、どきどきしてしまうではありませんか。

「じゃあ、行ってもいいよ。でも、夕方までには、ちゃんとここまで帰してよ」

浩太の言葉に、うさぎはちょっとたれてきた耳をぴんとたて直すと「もちろんです」と言いました。
こうして、浩太は、山梨レストランにはじめて行くことになったのです。 

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